第十章「エルタニア決戦」#4
「私は隣のビルを伝って最上階経由。副団長は団員を連れて地上からエレベーターで。目標は執務室または大会議室にいると推測。アンシェル確保を最優先とし、公衆での魔術行使を許可します」
歩弓の号令と共に作戦が展開。上からと下からの侵攻で逃げ場を封じる。
ワイヤーフックにて最上階の一室に到着後、執務室まで非常階段で降る。H&K USPコンパクト片手に散策するも妙であった。
「誰もいない」
時刻は18時10分。終業時刻をむかえたとしても人気がまるでないことに違和感を覚える。
「こっちの動きを悟って、人払いを済ませた」
執務室にアンシェルの姿はなく。部屋は綺麗に片付けられており、デスク周りにはデータ端末一つ落ちてはいない。
「シルバート騎士団長から逃走を図った旨の報告は届いてない。なら大会議室……ペリーナのあの言い淀みよう、間違いなく今日に動きがある」
踵を返し、4フロア下の大会議室に向かうべく頑強な扉を押し開け、フロアに出る。
「まるで誘われてるみたいね」
夕闇に染まる長い廊下には点々と血が垂れ落ちており、最奥の両扉までそれは続いていた。
途切れている血溜まりを見て確信した歩弓は、聖剣の現出に移りながら開け放った。
「っ!?」
楕円状の大きなテーブルの一番奥。背もたれに腰掛ける少女が一人とその傍ら、姿勢よく後ろで手を組みながら起立している男が一人。
「アンシェル!」
聖剣の柄を掴むも、瞬き一つしないうちに右と左の腕は地面に落下していた。
「……っ!!」
激痛に耐えながらも術式の詠唱に切り替える歩弓だったが、今度は喉元から血飛沫が散る。
「訊きたいこともあるし、殺しちゃだめ」
両腕からの出血がひどくなり、目眩を起こす。そこへアンシェルが気配なく近づき、半転化させた尾の先端部に振動を以って熱を籠もらせていく。
すると、照りつけるほどの高温に達した先端部を思い切り切断面に当てがった。
苦痛と共に皮膚が焼け焦げる臭いが充満していく。
「油断したわけではないの。だからといって対策を講じるほどでもなかったわ」
目の前に鮮血が染み出たファーストフード店の紙袋が転がった。
「援軍なら来ないよ。何人かは生かしてあるけど、それは君の拷問のため。自分の命に寛容な人間も、他人の命の前には揺らぐもの」
「答えてもらおう。聖堂騎士団は我々のどこまでを知っている?」
歩弓が尋問にあっている同時刻。ヘスペリデス製薬本社ビルに到着したペリーナは、歩弓の援護に急ぐもエントランスの光景に息を呑んだ。
築かれた死体の山。白のタイルに流れ出た血が海のように外まで広がっている。
団員は皆一様にして頸動脈を斬られており、出血量は激しく、一人に至っては首から上を切断されていた。
屍を越え、一心不乱に血液でスタンプされた15階のボタンを押し、ペリーナは過去を変える覚悟を決める。
「やはりこのままがいいとは思えない……」
大会議室まで音を立てず忍び寄ると、アンシェルと藤澤砂夜の声がドア越しに飛んできた。
「加減はした。物理的に話せないということはないだろう?」
鳩尾を蹴りながらアンシェルが問う。
「さぁ、話せ。貴様らの組織構成と、拠点。各人の得意術式は?」
今度は歩弓の左眼球に先端部を深く突き刺す。
「っああ……!!」
掠れた呻き声を聞き、いよいよペリーナがドアノブに手をかけた。その時。
「行ってはなりません」
手首を強く握ったのは、この時間軸において未だ発現していないはずのジャンヌだった。
「この頃の私にはまだ使えなかったのに、どうして?」
「術式自体は生得的なもの。発動とは別に元々貴方の中には既にあったものです」
「だとしたら、余計に止めないで下さい。ジャンヌとならば歩弓さんを救えます!」
「私が出来ることは極端に限られていて、こうして頭の中で会話するのがせいぜい。そもそもが戦闘に特化した術式でないのは、ペリーナが一番に理解しているはず」
「だとしても!」
「今出て行って何になると言うのですか!」
その一言はペリーナの次の動きを止めた。
「見習いの身で魔術はろくに使えず、相手は殺人に特化した未知数の転化能力を持っている。なにか手があるのですか?」
「なら私が過去に来た意味は……」
「それこそが、過去に殺されるということ。自らは手を下せないのか、過去の藤澤砂夜にペリーナを殺させることが術中であり目的なのです。敵の真意を見誤ってはなりません!」
「耐えるしか、ないと……」
「はい」
こうしている間にも歩弓の悲痛なる叫び声が絶えず空気を震わせている。
「見殺しにするしか、ないと……」
「はい」
扉を一枚隔てて拷問を受ける歩弓に対し、無力さと惨めさを噛み締めながら、項垂れるペリーナ。
「ごめんなさい……リツカさん……総騎士長」
ドアノブから手が離れていく。
「騎士団長は全員この感応での精神支配に対してギアスを結ぶことで対抗してる。もし頭の中に入られた時、その精神体と自我を縛りつけて心中する呪法。考えたね」
「ここまで来たことは褒美に値する。教えてやる。我々が砂夜様の感応の御力をより発揮して頂くため開発した新薬の実験台は皆、非生産的な人間。選定したのは我々ではない。政府だ」
アンシェルからもたらされた事実をペリーナは知らされておらず、瞳孔が開く。
「これは政府公認の殺人。地域住民の反対。医療費の負担。あの者たちは非生産的どころか社会のお荷物というわけだ。実に世知辛いな」
自分を押し殺し耐え忍ぶペリーナ。今すぐにでも飛び掛かりたかった。同じ土俵に上がれるまでの力があればと願うその掌に、小さな輝きが灯った。
「これは……」
「驚きました……考えられる可能性は一つ」
過去への干渉がペリーナに与えた影響はジャンヌの想像をも上回った。
「変わったのです。貴方と出逢うのが、本来の未来よりも、ずっと早くなった」
「ならば……この力」
「ええ。使い方はよく知っているはずです」
「藤澤砂夜をここで討つ」
右手に宿る光を胸にあて、高らかに誓う。
「叫ぶのです! 全ての痛みから解放をもたらす豊穣の弁を!」
「『ドンレミ・ラ・ピュセル!!』」




