第八章「マイ・ラストワーズ」#8
空の玉座を前に無言で砂夜が命令を下す。
それを受けたアンシェルはその場を動かずして半転化にて尾を生やし、器用にも先端部で真中の腕を切り落とした。
「っ!?」
真中の反射神経をもってしても尾の動きは読みきれず、抵抗する間も無く心臓部は砂夜の手に堕ちる。
「これはお姉様のもの」
「待ちなさい! 勝手なこと……っ!!」
「あるべき場所に帰るだけ、でしょ」
握る心臓を腕ごとルビアの胸の中に突き入れていく。
「ぐっ……ああっ……」
煮えたぎるような高熱が身体中を駆け巡る。全身からの異常な発汗にルビアは肩で息をした。
無抵抗な状態にあるルビアに笑みを浮かべる砂夜。そこへ真中がルビアの襟元を掴み、自身の後ろへ下がらせる。
「ルビアにはなにもさせない……」
「すてきな騎士道精神ね」
「この状況でおしゃべりに意味はないだろ? 転化・死感……」
「そうでもないかも。その力。わたしのために使わない?」
「何?」
絶対有利な立場にいる砂夜だからこそ吐けた科白に戸惑いをみせる。真中はたった今、砂夜にスカウトされた。
「知ってのとおり、十眷王に一人欠員が出たの。きみの転化能力はわたしと同じで相乗効果が見込める。それに……」
砂夜は真中とルビアの周りをぐるぐると歩き始めた。
「どうしてきみはそもそも聖堂騎士団に味方するの?」
「味方した覚えはない。敵が共通してたってだけだ」
「そうね。わたしは敵。ではここで希嶋ヒロにした非礼を詫びさせてもらうわ」
立ち止まり、地に膝をつけて頭を下げる砂夜に真中は目を丸くする。
「あなたをアメリカに来させるためとはいえ、大切な人を傷つけてしまったことは許されない。本当にごめんなさい」
「……」
ここで初めて真中の意思は揺らぎを見せた。
「きみはきみの平和な日常を歩めばいい。希嶋ヒロも快方に向かってるわ。もうこんな血生臭い戦いなんてしなくていいのよ。それを運命の放棄だなんて思わない」
「だめだ。お前は関係ない人間を数千万人殺した。ここで食い止めないとその平和な日常なんて帰ってくるわけない!」
「自分で言っているけど、関係ない人間って。それってきみにも当てはまるよね。もしかして正義感に目覚めた、とか? それは戦争を繰り返す歴史の意味を知らなすぎるよ」
頭を上げた砂夜から、アイスピックで突き刺すような鋭利な視線が真中に向けられた。
「聞く耳をもってはダメよ真中……」
ルビアが声を振り絞る。
「上手く調略しようなんて無駄よ……しょせんあんたが作る社会なんて、自分の都合を優先しただけの、自分たちだけが何をしても許されるためのディストピアでしかないんだから……」
「お姉様を殺そうと思えば、伽耶乃に命令すればできた。それをしなかったのはあなたが傍観者で居続けてくれたから。今まで通り無関心でいてくれればよかったのに」
「うう……っ」
高熱は治ったものの、時を置かず強烈な眠気が襲いかかる。
「これが最後の交渉よ。聖堂騎士団に混ざりわたしたちと殺し合うか。全てを忘れて平凡な日常に戻るか」
右手を差し出す砂夜。そしてーー。
「ルビアがいなかったら、俺は俺自身と向き合うこともせずに、ずっとこの身体に疑問を持ち続けていただろう。もしかすれば何かの拍子で転化して誰かを傷つけてたかもしれない」
「なにがいいたいのかな」
「そこにルビアの命が勘定に入ってない以上、俺はお前たちと戦う! 俺にとってのルビアがなんなのかははっきりしてる!」
真中は思い切り、砂夜の手をはたいた。
「ルビアがいたから今の俺がいる。心はルビアと同じところにある!!」
「そう」
とだけ言うと砂夜はブラウニックに命令する。それは真中にも聞こえるよう声に出して。
「心臓を引き抜いた彼はもう用済みよ。反抗されても困るから、一生戻ってこれないように、宇宙空間にでも放り投げておいて」
「はい」
ブラウニックは完全転化を果たし、空間の裂け目を作った。そこにルビアの一声が飛ぶ。
「この身体を差し出すわ! 抵抗は一切しない。精神世界でもよ」
真中を救う代わりに自分の全てを差し出すと、ルビアが躍り出る。
「良い献身ね」
「だめだルビア、それじゃあお前の意志はどうなるんだよ!」
「映画も撮った。ショッピングもした。学校にも行った。一人ぼっちじゃなかった。真中がいたからぜんぶ、ぜーんぶ、楽しかった。この思い出だけでこの先も生きていける」
ルビアが目を閉じる。
「やめろ……やめろ!!」
真っ白い空間にて対峙するルビアと、本来の藤澤砂夜。
振り下ろされる斬血。間際にルビアは最後の言葉を送った。
「さよなら、真中」




