第八章「マイ・ラストワーズ」#7
「その眠気ね。等間隔でやってくる睡眠期の兆候なんだよ」
「睡眠期? 聞いたことがないわ」
「わたしが命名したから当然。わたしの場合、定期的に人を食べてたから期間自体は短くて、動物に例えるなら冬眠。冬を越す程度。でも人を食べてこなかったお姉様は……」
「含みのある言い方をするわね。だからって何よ!」
「ふふっ。これはね、わたしたち始祖吸血体にしかない習性で、食事を拒み続けたお姉様の睡眠期はどれだけのものになるか想像がつかないの」
「ただの寝不足。何時間飛行機の中にいたと思ってるのよ!」
「そう? 信じるかどうかは自分で決めればいい。きっと時間の経過が答えを連れてきてくれるから。さて。こっちはそろそろ決め手を伝えないと」
砂夜はふらつくルビアを無視して感応に入った。
瓦礫の上に乗った四人が間も無く地面をむかえる。
「ピュセルを展開! 全員を結界の中に!! 今なら未来を読めるこっちに分がある!」
将子からの指示に手を合わせるペリーナ。
「ドンレミ・ラ……」
「させると思うか。完全転化・爻號獣」
恰幅の良いスーツ姿の紳士が異形へと変わる。深く青い体色に岩のような皮膚感。金色の背鰭から続き尾が新たに生え、先端はレイピアのように長く鋭い。手足も肥え、獣の爪を持つ。しかしどの百獣よりも雄々しく、恐竜よりも殺傷能力に長けた形態であった。
「これは一個人の手には余る」
高まる緊張感。元師匠の変わり果てた姿は未来で見た姿よりもずっと鮮烈で苛烈だった。
左右の骨翼が段階を踏んで節ごとに延長していく。すると、同調するように、牙が生え揃う口腔部に光が溜まる。
「結界を急いでくれ、ペリーナ騎士団長!!」
全員を一直線上に捉えたアンシェルは溜め込んだ熱エネルギーを一気に吐き出した。
「転化能力を無力化出来るお前が一番めんどうなんだよ」
ブラウニックは指示通りアンシェルをペリーナの眼前へと空間移動させる。
「くっ……」
思いもよらなかった事態に逡巡するペリーナの元へ将子の声が飛ぶ。
「自分の身が優先で構わない! ピュセルで撤退を!」
閃光一線。大地はクレバスのようにひび割れ、熱で空気が歪曲する。放たれた光線は延長線上にある全ての瓦礫を灰燼に帰して、砂漠を煌々と照らしていった。
足場が崩れる中で、将子が気づく。
「真中の姿がない……ルビアもか。してやられたな、これは」
「大技は目眩し。真の狙い、求めるはわたしとお姉様の心臓、お姉様の肉体よ」
空間の裂け目に消えていくアンシェルとブラウニック。砂夜は間借りしていた日護歩弓騎士団長の肉体を手放し、エルタニアへと帰還した。
ーー*ーー
「どこだ、ここ……ハイウェイじゃない」
「真中も、ってことは」
ルビアが見ると真中の手には、先ほど身体から引き抜かれた自身の心臓部があった。
暗がりの大部屋に飛ばされた二人が辺りを伺う。
だだっ広い空間に10人掛けのテーブルと同質の椅子が並び、距離を空けてまた一脚の椅子。窓は一つもなく、自然光が全く入ってこない作りに異様さを感じる。
「この世で最も行きたくないところに連れてこられちゃったってワケね」
「エルタニア、だな。それより頭の痛みは大丈夫なのか?」
「わたしの心配なんて2万年早い! って言いたいところだけど、気を緩めればきっとわたしはすぐにでも眠りにつくわ」
「寝るのか? 敵の本丸で?」
「それだけ長生きし過ぎた、ってことなのかしらね」
「なんか婆くさい科白だな」
「誰がババアよ。話し込んでる場合じゃないわ。さっさと逃げるわよ、こんな辛気臭いところ」
逃走を図るも、奥の両扉が開き、ぞろぞろと九人の信徒が入室してくる。ほどなくして一つの空席を残して着席する十眷王の前にティーカップが置かれた。
転化を解いたアンシェルが起立する。
「諸君らにとって初めましてになる者が大勢いることだろう。この場を借りて自己紹介させて貰おう。私が第一眷王のアンシェル・リガルドハイヴクラウンだ」
白雪伽耶乃の肉体を借りた藤澤砂夜が続く。
「これで全員揃ったね。ジョンは十分わたしのために働いてくれた。ブラウニックもお疲れ様。で、肝心な成果だけど」
十眷王の視線の全てが、ルビアと真中に集中する中、その隣に封殺されたジョンの肉体が無造作に置かれた。
「ここには封殺鍵って術式が組まれた宝鍵が刺さってる。死なないわたしたちへの唯一の対抗策。これを今からアンシェルに解析させる。無力化できればわたしたちの有利性が保たれる。さぁ、みんな。聖堂騎士団を討ち滅ぼすための話し合いを、お茶でもしながら始めよっか」




