第八章「チェイス・ジェイル・ボックス」#3
グルーム・レイク空軍基地の秘匿性は高く、ラスベガスから北西に130km、未舗装の砂漠の道なき道をただひたすらに走る必要があった。
第八騎士団が事前に魔力探知にて異常確認を済ませたシルバーのオフロードSUVに乗り込んだ一行は、リツカの運転で走り出した。
直後、聖堂騎士団組の元にメッセージが入る。送信元を確認すると〝シルバート〟とある。
「警告:アメリカの地にて騎士団長一名死亡す」
リツカらにとっては凶兆でしかなく。
「『砂漠をひた走るわけだから当然だけど逃げ場は全くない。何より未来視を持つシルバート騎士団長からってのが嫌な感じがする……』」
安全確保の為、最後尾に座るペリーナもまたそのメッセージに緊張の糸が張り詰める。
「『彼らハルモニアシィアの意図する所、恐らくはルビアさんも頭数に含まれている。逆を言えば黄金櫃開封に関係の無い、戦力足り得る京副団長と天動真中さん、アルさんが標的になる可能性は高い』」
蒼生が文面をルビア達に共有し、決して安全な旅路でないことを改めて知らせる。
「砂夜の言うわたしの使いみちは一つね。心臓部を取り戻した時、もう一度受肉するための器として利用する」
「黄金櫃とやらを開ける算段がついたからってことか?」
「わたしの心臓は今、真中の中にある。手間も省けて都合が良いんでしょ」
真中の問いかけにルビアは自身の空の左胸に手を当て返答した。
ペリーナが注視し、リツカがひたすらに砂漠を走らせていると、その路肩に段ボールの切れ端を掲げた男を遠巻きに発見する。敵でないことを祈りながら通り過ぎていく。
「『ヒッチハイカーか……本当のガス欠ならごめんだけど、安全を確保出来ない今は構ってられない』」
しかしリツカはその雑に切り取られた段ボールに〝GO HELL〟と書かれているのを決して見逃さなかった。
「っ!!?」
車内でペリーナが叫ぶ。
「真中さん!」
突然座席から消失した真中。次に蒼生、続けてアルが一言も発する間も無く、消えて居なくなった。
「これはなにが……」
困惑するペリーナの隣、日護歩弓元第八騎士団長が現れ、深々とシートへ着席した。
「時に逸る愚者も必要なんだって。お陰であなたの得意で特異な術式も識れた。わたしに使っても無駄だよ。わたしという意思はなにものにも囚われてはいない」
「真中になにをしたのっ!」
掴みかかる勢いで迫るルビアに砂夜は冷たく言い放つ。
「この旅のふりだしに戻ってもらった。今はまだ交わる時じゃない」
ルームミラーでリツカが睨みつけ、ペリーナが臨戦態勢に入る。
「みんな怖い顔して。目的地は遠いのにそんなだと疲れちゃうよ。ドライブは始まったばかりなんだからさ」
ーー*ーー
気がつけばそこは滑走路の真上だった。唖然とする真中、蒼生、アルの前には白のフーデットコートを着る信徒が一人。
「この能力は便利でな。長距離間の移動も一瞬。移動手段の一つとして重宝されてるんだ」
「ここに連れて来たのはお前の転化能力か?」
「一番厄介なのは俺達と同じ吸血体であるお前さんだな」
「兄さんっ!?」
両の掌で擦り潰す動作をする男。直後、真中の首から上が空間ごと抉り取られた。
大量の鮮血を噴き出しながら真中が卒倒する。
「手品のトリックが分かっちまう前に、初手で殺り合いたくないヤツを消すのが戦闘の定石」
「天動真中は不死身だ。今は京蒼生、あいつの能力を把握することだけに徹しろ。空間を捻じ曲げる類の能力なのは明らか。恐らくは発動に何らかのルーティンが必要だ」
「ホムンクルスは動じないな。さすがだ。今のは小手先だけの転化能力。その気になれば、この空港ごとマリアナ海溝に沈めてやるよ」
「まさか……」
「お前さん達の退路を絶って、出来る限りの時間を稼ぐこと。まぁ他にも理由は様々だ。騎士団長の援軍とかな。誰にも砂夜様は追わせねぇよ」
自己紹介もなしに次に男は上顎と下顎を模した掌の構えを取る。
音もなく、向こうの見えない次元の裂け目が飲み込まんとして上空より口を開けた。
大きさにすると正に男が口にした空港を丸ごと覆うほどのスケール。それが徐々に降下して来る。
「転化・暗夜行路不義ノ往道」
蒼生とアルが同時に攻撃に転じるも、届く間も無く亜空間は全てを喰らい尽くした。
だだっ広い荒野にその男だけが一人ぽつんと居残る。
「合流するにはまだ早いな。マッカランも潰しておくか」
「なるほど。これが貴様の視た未来の形か」
次の最寄りの空港を目指す男にふと声が掛かる。たちまち世界は暗転。瞬きを一つすれば、元の滑走路の上に立ち戻っていた。
眼前には無傷な真中に蒼生とアルの姿が。
「何だ今のは? 幻覚か?」
「魔術は秘匿が原則。派手に動かれては後処理に困る。加えてその空間移動能力。足を削げばこちらの利となる」
風に流れる金の髪に、相手を見透かす様な虹色の虹彩を持つ眼。ゆっくりと男に向かい歩みを進める。
「藤澤砂夜は精神世界で殺すしか方法がない。ならば天動真中がどんな効果であれ、カードとして残しておきたい、というのが聖堂騎士団の見解だ」
「面倒なのがまだ居たのか、この地に」
「理想的な結末を見せ、術者に共有する〝幻惑の魔眼〟。貴様の能力は識った。今時分を以て人類史存続の名目にて斬り捨てることとする」
「今は相手をしてやれなくてな。再会することがあるとするならエルタニア。まぁこっちは微塵も逢いたかないが……」
分が悪いとみた男は転化能力にて自身を次元移動させた。
「合流したか。では取り敢えず着替えの入った鞄を預けてある。取りに行くとしようか」
ゆるりと方向転換するシルバートに真中が声を上げる。
「追わなくていいんすか! リツカさんもペリーナさんもきっと何かしら襲撃を受けてる! ルビアも助けに行かないと!」
「違う」
「っ?」
「今すべきことは加勢ではない。先んじて、黄金櫃を破壊することだ」
シルバートは両の手に、輝いていると言うよりも光そのもので形成された様な聖剣を現出させ、胸ポケットから三つの宝鍵を取り出した。
「詠唱誓約申請特許掟項・ディストーション」
何もない空間に剣先を突き刺し、宝鍵を差し替える。
「詠唱誓約申請特許掟項・エターナライズ」
空間の裂け目を拡張。
「詠唱誓約申請特許掟項・ペンデュラム」
最後に使用した宝鍵の効果により、移送用の門は完成され、くぐるシルバートが向こう側に足を踏み入れる。
「ここから先は私と天動真中だけで行く。感応の力を使われては日護リツカとペリーナを囮に使った意味がないからな」
「ちょっと待てよ! あの二人が囮ってどういう……」
「俺の未来視には二つある。一つは確定未来視。もう一つは推定未来視。前者はどうやっても変更はきかないが、後者ならまだ変えられる余地がある。時間がない。来るのか、来ないのか」
急かすシルバートに頭を抱える真中。そこへ蒼生が背中を押した。
「最悪の事態を回避出来る可能性が残されているなら、その役目を果たすのは日護騎士団長でもペリーナ騎士団長でもルビアさんでもアルさんでも私でもなく、兄さんなんです! それぞれのやるべきことをやるべき場所で成すだけです。違いますか?」
「いや、違わない。藤澤砂夜がルビアも狙ってるならシナリオ通りにいかせてたまるか!」
「決まりだな。ならばさっさと来い」
見送る二人を置いて、シルバートに続く真中。いよいよ黄金櫃が保管されているエリア51倉庫内部へと侵入を果たした。




