第八章「チェイス・ジェイル・ボックス」#1
「おい着いたぞ、ルビア」
「うぅ……そんな頃合いかしら……」
沖縄にいた真中らは、聖堂騎士団のはからいにより、ヒロを残して那覇空港から飛び立ち、羽田、ロサンゼルスでトランジット。ペリーナ騎士団長と落ち合う予定であるラスベガス、ハリー・リード国際空港へと到着した。
所要時間にして約丸一日の長距離移動。その間、ルビアは機内食にも一切手をつけず死んだように眠り続けていた。不可解だったのはいつもの寝言やいびきの類が無かったことだったが、ヒロの容体ばかりを考える真中にその異変を察知出来るわけもなく。
「ううっ……痛み止め、なんて持ってるわけないわよね」
珍しく寝覚めが悪く、天地が返る程の酷い頭痛に見舞われる。
「それ大丈夫なのかよ」
「藤澤砂夜にもう一度手が届くところまで来たのよ。寝てなんていられない」
未だ眠気残る身体を無理矢理起こし、シートベルトを外した。
「全部、そいつを倒せば終わるんだ。ヒロにはカントクとライタも付いてる。だから俺は俺のすべきことをしよう」
「そうね。全部終わらせて沖縄の皆んなに報告よ」
荷物棚から手提げカバンを取り、降機する真中とルビア、蒼生とアルとリツカの五人は警戒しつつ、到着ロビーでペリーナ騎士団長を待った。
一帯にはバニラ薫る香水の様な甘ったるい匂いが漂っていた。
「日護騎士団長の方が早く到着したようですね」
待たせてはいけないと、到着の連絡を受けたペリーナはキャリーケースを引きながら気持ち早足で広いラウンジを闊歩していた。
リツカを探す道中ですれ違う、トレンチコートにハットのみで手ぶらという旅行者らしからぬ風貌の男。
直後、甘い香りが鼻をついた。
「テんカ・逢魔縫合ーー」
「っ!?」
その科白にハッと振り返るペリーナだったが、突然身体が軽くなり、視界がぐるぐると回り視点も下がっていった。
地面に叩きつけられ鈍痛が襲う。高い天井を見上げるだけで身動きも取れない中、やがてペリーナは先の男に持ち上げられる。
「やア。騎士団長サn。待ってイたヨ」
腐敗した喉から絞り出される、まるでゾンビみたくしゃがれた声で囁かれる。
「貴方は……」
「今、想像シタとオり。ワたしハ、十眷王、第六眷王ジョンドゥ」
見るとその男の顔面は抉り抜かれ、中に青いリンゴが埋没されているというなんとも奇妙な容貌であった。
「転化能力ハ……ミテもらッた方ガ早iカナ?」
抱え上げられたペリーナの身体をロビー全体が見渡せる様に向けるジョン。
忙しなく行き交う人の波は引き、先まで往来していた客やCAに至るまで、その場全ての人間が2頭身のぬいぐるみに変えられ、捨て置かれていた。
「それでは、私も……」
ペリーナの理解が追いついた矢先、男が身体に縫い合わせられているペリーナの右腕を引きちぎった。
「ううっああっ!」
出てくる赤い綿と共に、気が触れそうになる程の激痛が走る。
「君ラは痛めツケて、持って来ルだけノ命令。天動真中ト、京蒼生ト、ホムンクルスは、殺ス」
「……も、目的は黄金櫃。ルビアさんが生かされる理由はない、はずです」
痛みに耐えながら訊くペリーナも彼ら同様、ぬいぐるみに変えられており、されるがまま。聖剣はおろか、ペンの一つも持てない身体に変えられてしまっていた。
「アレ、特別。黄金櫃開ケルと必要になr。さァ、行こうカ」
視界に映るぬいぐるみと化したルビアたち一行。一様に行動不能。完全に術中に嵌った結果だった。
「三人ノ首、モグ。それd終わり。赤子の首捻ル言葉知ってル。それ以下で死ヌ」
男は先ず、真中のぬいぐるみを拾い上げると、胴体と首を繋ぎ止めるくびれた部分に爪を立てて、じわじわと裂き始めた。
「こiつ、不死身。バラバラにシテ、トイレ流す」
真中の首元から赤い綿が少しずつ顔を見せた瞬間。ペリーナが不敵に呟いた。
「特例として自身がこの世に生み出した魔術を行使するのに詠唱は不要。相手が悪かったですね、名無しさん」
「ン?」
首を傾げる男。ペリーナが術式を発動する。
「来て! ドンレミ=ラ=ピュセル!!」
まるで水面に絵の具を垂らした様に、色とりどりの波紋があらゆる箇所で起き、現実世界を塗り替えていった。
「ケッカイ術、カな?」
数分かからず、空港のロビーは幾つか教会が建つ中世の村に早変わった。
「ドコココ?」
ペリーナに訊くも答えは向かうからやって来た。
「その子を離しなさい! そして皆も術から解放するのです!」
「君ハ……?」
純白のワンピースの上に鈍色の甲冑。丘陵に立ち、羽織るマントと共に金色の髪を靡かせる姿は気高くもあり。
「我が名はジャンヌ! 信仰と自由を穢す悪鬼蛮行を敷くもの、ジャンヌ・ダルク!」
彼女ことジャンヌは高らかに謳い上げた。




