第七章「神の島」#6
アイドルフェス当日をむかえた二人は、ピンチヒッターとなるグループの楽屋に赴いていた。
「ルビア・アンヌマリーよ。今日は来られなかった子たちの分まで全力でパフォーマンスさせてもらうわ!」
「同じく京蒼生です。一所懸命、持てる限りの力を尽くす所存です」
挨拶も終わり、足早に衣装の試着に向かう。二人に合わせて作られたものでは当然無い為、これから急拵えでリメイクされる。始まる採寸。現場はかなりばたついており、緊張する暇すらなかった。
会場となる美らSUNビーチには、屋根の付いたメインステージが設営され、全国各地から訪れたファンが整理番号片手に場所取りに専念していた。
「いいのか? 僕たちも観賞位置の確保をしなくても」
アルがビーチに並んだ屋台を吟味する真中に訊いた。
「おじさん、下足二本に、500円のやつ二本!」
当の真中は、注文してから目の前で焼かれるイカに目を輝かせながら、お祭りを朝から満喫していた。
「沖縄っぽくはないけど、これはこれで美味そうだぞ」
「質問の答えになっていない。まったく」
カントクとライタは工面してもらったチケットで既に入場を果たし、カメラの準備をしていた。
「本格的なものはNGらしいが、携帯ならオッケーなんて気前良いよな」
「普通ならライブで撮影は御法度だからね。少しでも話題になればって感じじゃないかな?」
「バンバン二人を撮って拡散して貰うぞ! 映画の宣伝にも繋がるしな!」
「でもヒロさんが言ってたリツカさんとの大事な話って何だろう」
「思うに真中に関連することだろ。この沖縄旅行が終われば真中とは暫く逢えなくなりそうだからな」
「それってどういう……」
開け放した窓から微かに件のアイドルフェスのアナウンスが聞こえる。
ヴィラに居残ったヒロがリツカの帰りを待った。
「ごめーん。道もフェスのせいか混んでてさ。遅くなっちゃった」
普段の調子で蜻蛉返りしてきたリツカが車のキーをテーブルに置いた。
「ありがとうございます。時間作って貰って」
「ルビアちゃんと、蒼生ちゃんのステージが見られないのはちょっと残念だけど、私にはヒロちゃんの質問に答える義務があるからさ」
視線がぶつかり合う。ヒロの表情は相変わらず浮かない。
「余計なことは訊きません。ただ一つだけ。どうして。どうして真中なんです……」
その切実な訴えに、リツカも本来は部外秘の事実含めて答えていった。
「両親は最初からその腹づもりだったみたい。息子には眷属の力が、娘には魔術師としての素養が色濃く遺伝した。それも全部、藤澤砂夜をこの世から抹消するため」
「ネットニュースで見ました。つい三日前、世界中の人が自殺させられた事件。あの犯人ですよね」
「藤澤砂夜には相手の思考を奪う感応って力があって。真中君にも、ルビアちゃんにも備わってる。言い換えれば、私たちが持てる唯一の対抗策なの。だから彼じゃないとダメ、になるのかな」
「そんなのそっちの都合じゃないですか! 対策が無いからってそんなの……っ」
リツカの身勝手な言い分に憤慨するヒロの声色が段々と変化を見せ、頭を抱えるとやがて意識までも消失。数秒ほど経つと、顔を伏せたまま冷たく切り付ける様な声で語りかけてきた。
「こんにちは。この肉体も悪くないかも」
彼女の放った、たったのその一言でリツカは激昂した。
「今すぐヒロちゃんの身体を返して!!」
敵意を剥き出しにするリツカにヒロの意識の乗っ取りに成功した砂夜は顔を上げ、にこやかに続ける。
「別に何をしようってわけじゃないの。お話しようってだけだってば、日護リツカさん」
「交渉の類は意味を成さない。私たちはハルモニアシィアと話し合うつもりは無い」
「そんなツンケンしないで。一聴の価値はあると思うよ」
ちょうど出番が回ってきたであろう、外からはルビアと蒼生がバックダンサーを務めるアイドルグループの曲が聴こえてきた。
「知ってると思うけど、わたしたちの次の狙いはエリア51に保管されている黄金櫃。わたしの心臓のある場所」
「…………」
「無言なんだ。だったらあなたにとっての吉報! あなたのお母さん。まだ生きてるよ!」
「どういうこと……?」
「あっ、やっと返事してくれた。その様子だと死んだって聞かされてたんでしょ? 違うよ。しっかりわたしのために生きてる」
「わたしの為?」
「本当ならあれだけ拷問すれば殺してくれって言い出しそうなものなのに、結構頑張ってたから」
「騎士団長に何をしたの……」
「実のお母さんなのに騎士団長呼びなのはどうして? 言葉で距離を置こうとするのは厭な想像を避けるため?」
「いいから答えて!」
「人一人がやっと立っていられる真っ暗闇の独房に閉じ込めてね、一時間ごとに同じ音楽をかけるの。そうそう、今外で鳴ってるような大音量で。だいたい一ヶ月くらいで頭がおかしくなるんだけど、やっぱり胆力が違うなって。だから、血分けしてあげたの」
血分けの意味するところは吸血体に、ひいては砂夜の眷属に成り変わるということである。じりじりと心理的に追い詰められていくリツカの有様に、ヒロの皮を被った砂夜は高揚した。
「主義とか思想とかが強い人って感応が効きにくいの。あなたのお母さん、日護歩弓さんもそうだった。だから自我を殺すのに苦労したな。食人欲にもよく耐えてたから、部下と同室にしてあげたっけ? 一年くらい? そしたら……」
「もういい!!」
リツカの怒号が木霊した。
「情報が武器なんじゃないの? べらべらお話しさせておいたほうが何か掴めるかもしれないよ」
「先代の騎士団長の話は過去のこと。私が知りたいのはハルモニアシィアが起こすこれからの話よ」
「だから、その自我が壊れた彼女の身体を今わたしが使ってるんだってば。十眷王も兼ねてて、黄金櫃を奪い出すのに同行しようと思ってる」
「っ!?」
「ほら。有益な〝今〟の話でしょ? 決行日は一週間後」
「どうしてそれを教えるの」
「だってアレ、名うての魔術師じゃないと開けられないんだもん」
そう言った砂夜は徐にキッチンまで移動し、棚から出刃包丁を取り出した。
「待って、何する気!」
「天動真中くんにも是非来て欲しいから、これは置き手紙代わりかな」
間借りしているヒロの首筋に刃をあてがい、そしてーー。
「やめて!!」
「じゃあ、皆んなアメリカ集合ね」
砂夜は思い切り刃を振り抜いた。




