シンデレラと公爵令嬢
公爵家に着くと、継母はいつものように裏口から入っておはようございますと優雅に挨拶をしました。
エラも続いておはようございますと挨拶をします。
「おはようございます」
久しぶりに聞いた声の持ち主は、メイド長。
相変わらず何を考えているのか読み取れない表情です。
継母はよろしくお願いしますとだけ言ってすぐにその場から離れてしまいました。
少しの間2人に沈黙の時間が生まれます。
エラはその沈黙に耐えられず、思わず口を開いてしまいました。
「お久しぶりです、メイド長」
「お久しぶりです」
沈黙の間を破ったものの、再び沈黙の時間が戻ってしまいました。
エラはこの沈黙に耐えられず何か言おうとしましたが、言葉を発することが出来ません。
暫くするとメイド長が口を開きました。
「そんなに硬い表情しなくて大丈夫ですよ。私からは何も言うこともありませんから」
メイド長の顔を見ると、今までに見たことのないとても柔らかい表情で笑みを浮かべていました。
その表情にエラは驚きを隠せません。
「何かやらかして呼ばれたのでは?」
「あなたはいつも完璧にしてくれたものですから、文句なんてありませんよ。寧ろ辞められて惜しいと思うぐらいです」
てっきり怒られるのかと思っていたのにも関わらず、逆に褒められエラは嬉しく思いつつも戸惑ってしまいます。
「呼び出したのはリリアーヌお嬢様です。お嬢様はまだ眠っておられますので、もうしばしお待ちを」
まさかここで公爵令嬢の名前が出るとは思わず、エラは驚きを隠すことが出来ません。
全くもって彼女に呼ばれた理由が分からないからです。
しかし、彼女はまだ起きておりませんし、また暫くの間起きないことも分かっていたので、エラはメイド長に1つ頼みをしました。
「少し掃除をしても良いですか? 久しぶりに体を動かしたくて」
「何だかあなたらしいですね。別に構いませんよ」
メイド長はエラの頼みに笑いながらも、あっさりと許可をだしました。
エラは久しぶりの掃除に腕が鳴ります。
早速いつも掃除していた場所に移動し、バケツに水を入れて雑巾をしっかりと絞って細かい汚れを見つけて掃除をすることにしました。
といっても、前よりも細かいところが綺麗になっているので、より磨きをかけるという方向で掃除をしました。
蜜柑の皮も使用して、より磨きをかけます。
久しぶりの掃除に楽しみを覚えながら、あっと言う間に時間は過ぎていきました。
掃除を終えてそろそろ戻ろうとした時、後ろから声がかかりました。
「スカーレットから聞いたけど、本当に掃除しているとは思わなかったわ。それも凄く生き生きしてるし」
「リリアーヌお嬢様! あっ……お久しぶりです」
エラは突如公爵令嬢から話しかけられ思わず名前を呼んでしまいましたが、そのあと慌てて何とかカーテシーを取り挨拶をします。
「そんなのでは駄目よ。淑女は常に冷静に優雅に振る舞わなくては」
彼女は微笑みながらも、エラに駄目だしをします。
エラは何のことかよく分からず戸惑うばかりです。
「ヴィオルお兄様と結婚するのでしょ。話は聞いているわ」
エラはヴィオルの名前が急に出てきて胸がドキッとしてしまいました。
好きな人の名前を久しぶりに聞けた喜びとこの後何が起きるか分からない恐怖で入り混じっているのです。
まさか公爵令嬢がそのことを知っていることに驚きはしたものの、アナスタシアが王宮内で噂になっていると言っていたことを思い出し、王族と親密であるランカスター公爵家の耳に届いているのも納得しました。
しかし、まだ決定事項ではないので、そこは否定しておこうときっぱりと事実を伝えました。
「確かに求婚を受けてお互いに約束はしたものの、まだ結婚の段取りどころか婚約すらしておりません」
「それなら結婚すると言っても過言ではないわね」
確かに渡された婚約届にも前公爵のサインが入っているので、問題はないのだろうと思いつつも、今庶民の自分が周りに好意的に受け入れられるのかどうかということにエラは不安を拭えずにいました。
しかし、そんな不安を覆すかのことを公爵令嬢は言ったのです。
「本当にお似合いよね。戦場で活躍した2人が結婚なんて」
エラはそんな風に思われていたことが耳を疑いたくなりますが、公爵令嬢の話はさらに加速し熱弁まで至ってしまいます。
「それも身分差を乗り越えての恋だなんて。戦場のヒロインとなって誰もが納得のいく形というのも素敵だし、あとお互いが初恋相手だなんて素敵だわ。まるでおとぎ話みたい」
公爵令嬢は羨ましそうにうっとりとして乙女の目になっています。
エラは自分がヒロインと言われていたとのも驚きましたし、そんな風に憧れの的になっていたことも驚き、気が落ち着きませんでした。
「だからこそ恥じない程度には作法を身に着けましょう!」
「作法!……えっと……今すぐする必要はないのでは? まだ戦争のことは片付いてませんし、それになによりリリアーヌお嬢様から教えていただくには申し訳ないというか……」
「善は急げと言うし、早くするのに越したことはないわ。それに今回は方が早く付きそうですし。私はまだ子どもですが、それでも作法はバッチリですから任せてくださいませ! あ……言葉使いも改めなくては。エラお姉様頑張りましょう」
「え? お姉様?」
「はい。ヴィオルお兄様の妻になられるお方ですもの。エラお姉様ですわ」
エラは公爵令嬢がヴィオルや王子と仲が良く、兄のように慕っていることは知っていましたが、まさかその尊敬対象に自分が入るなんて受け入れがたく、とてもではありませんが慣れそうな気配はないため、ただ戸惑うばかりです。
「リリアーヌお嬢様……」
「その呼び方も改めましょう。是非リリアーヌとお呼びくださいませ。それにこれから作法だけだなく、接し方や礼儀もお教えしますので私について来てください!」
この状態になったらもう止められないタイプであるのは、普段いつも振り回しているエラが1番よく分かりました。
いずれしなくてはならないことだとは理解していたので、エラは折角ならここでやらせてもらうと受け入れることにしました。
それにしても、格上である公爵令嬢で、また5歳年下の11歳の少女から教わることになるとは夢にも思わず、エラは勿論のこと、後で知った継母も驚愕したのでした。




