ハワード公爵を訪ねて
ヴィオルは分かったと首を縦に振って返事をしてそのまま風の魔法を使って箒に乗りました。
妃候補が決まるまでに残された時間は3週間。
思った以上に短いです。
早くなんとかしなくてはと思いながらも、やはり準備はしておかなくてはと、すぐにヴィオルの兄である公爵の元へ向かいました。
しかし、現在は出張中と言うことで会うことは出来ませんでした。
そのため父親であるハワード前公爵の元へ箒に乗って向かいました。
現在前公爵が住んでいる場所であるハワード領は王都から反対方向にあり、まともに馬車で行ったら10日程かかります。
そのためヴィオルの魔法でも3日はかかるのです。
ようやく3日かけて到着したハワード領。
そこは多くの人が暮らしており大変賑わっています。
ヴィオルは市場などには立ち寄らずに、そのままハワード家に向かいました。
ハワード家に辿り着くとまず迎えたのはそこの侍女長であるマイリー。
彼女はヴィオルが生まれた時から知っている者であり、ヴィオルの教育係の1人でした。
普通なら侍女長である彼女が出迎えることはないでしょうが、今回は前持って公爵家に行くと言う手紙を送っていたため迎えたのだろうと思いました。
「お坊ちゃま、お帰りなさいませ」
彼女はとても嬉しそうに笑顔を向けました。
家では旦那様と呼ばれているため、お坊っちゃまと言う呼び方は久しぶりであり何だかこそばゆい気持ちになります。
「マイリー、父さんはいるか?」
マイリーはいらっしゃいますよとヴィオルを前公爵の元へ案内します。
マイリーは優しく戸を叩きます。
「旦那様、ヴィオルお坊っちゃまが只今いらっしゃいました」
「すぐ通せ」
前公爵はマイリーの言葉に間を全く置かず、とても嬉しそうな声で返事をしたのでした。
マイリーが扉を開けると前公爵はヴィオルを抱きしめました。
「寂しかったぞ」
「父さん…………一体どうしたの」
ヴィオルは急な前公爵の謎行動に戸惑ってしまいました。
理由を尋ねると子供達と離れて寂しくなり、その上現在、妻である前公爵夫人は他の国へ手助けをしに出かけているため更に寂しさが増し、この状態が1ヶ月以上続いているため寂しさはMAXだったのこと。
そのため息子であるヴィオルが訪ねに来てくれて大変嬉しいのでした。
前公爵が臣下する前は弟達と基本側に居て、結婚してからは妻や息子達と基本側に居ると言う、誰か側に居ないと嫌なタイプだと言うことをヴィオルはすっかり忘れていました。
前公爵は、去年までは妻が居なくても息子達が居たので大丈夫でしたが、今は妻しかいないため妻が居なくなると凄く寂しくなります。
おまけにヴィオルは祖父に懐いていたため、よく相手していたのは兄であり、尚更忘れていたのでした。
「王都に戻りたい」
去年はヴィオルの兄が結婚するため彼に爵位を渡して隠居することになった時、前公爵はハワード家には行かないと駄々こねていました。
その理由は王都には友人も多くいますが、ハワード領は基本年に数回ぐらいしか行かないため、友人もおらず、妻はよく出かけるため寂しい期間が多くあるのが目に見えていたからでした。
そんな前公爵をヴィオルの兄は親の介入無しで妻と過ごたい、ここにいたら邪魔になるから出て言ってくれと強く突き飛ばしてハワード公爵家へ行かせたのでした。
因みにヴィオルも追い出され、今住んでいる家には執事とメイドを1人ずつ据えて王都で過ごしているのでした。
友人も妻も息子もいない現在の前公爵はとても王都が恋しいのでした。
このままだと愚痴をどれだけ聞かされるか分かりません。
そのため前公爵をソファーに座らせました。
「父さん、お願いがあります」
ヴィオルは姿勢を改め、前公爵を見つめます。
「マリエッタは渡さないぞ」
「そんなこと頼むわけないでしょ!」
マリエッタとは前公爵の妻でヴィオル達の母親のことです。
ヴィオルは前公爵の間を開けない返答に呆れて姿勢が崩れてしまいます。
いつも前公爵に頼む度に、このようなやり取りをしていたこともすっかり忘れておりました。
どうやらマイリーの話によると、昔ヴィオルが幼い時、母と結婚したいと言ったことがあるらしくそれから毎回言うようになったとか。
ヴィオルはそんなことを言ったことを全く覚えていませんし、何より母と結婚したいとは思った記憶が全くないためこのセリフにはとてもウンザリしていました。
溺愛アピールは良い加減にして欲しいと今回も思ったのでした。
「婚約したい相手がいるのです」
前公爵はその発言に驚いてしまいました。
そしてどんな子だとかどうやって知り合ったのかとかいつ告白したのかとか質問攻めです。
ヴィオルはエラのことを可愛くて目が離せない人であり、舞踏会のエスコートのために出会い、それからはまだ会っていないと説明しました。
「たった一夜で恋に落ちたのか。やっぱり俺の息子だ。俺もマリエッタとは一瞬で恋に落ちたよ」
前公爵は息子の恋が自分の恋と似ていると大変嬉しそうでした。
厳密に言うと2度恋しているので違うのですが、面倒くさいためにヴィオルはそれ以上は説明しませんでした。
「父さん、それで俺が頼みたいのはこの婚約書にサインをして欲しいのです」
「何故婚約者の名前がないのだ!」
ヴィオルが見せたのはヴィオルの名前しか記入されていない婚約書。
婚約書は普通、当事者同士の名前が記入されて後に家族の名前を入れるので驚くのは当然でした。
「これから、婚約しに行くのでまだ書いてもらってはいません」
「お前は馬鹿か!」
驚かれるのは予想していませんでしたが、馬鹿扱いされるとは思わず、少しショックを受けました。
「彼女を安心させるためです。家族の同意が無いと絶対に受け入れてはくれないと思うので。素敵な人なので大丈夫ですよ。お願いします」
ヴィオルは前公爵に必死に頼み頭を下げました。
「ヴィオル、分かったよ。お前の目は狂いはないと信じている。だからこの婚約書を無駄にするなよ」
前公爵はペンを取り、アルバート・アーサー・チャールズ・ハワードと記入しました。
ヴィオルは必ずと言い残して公爵家の玄関まで向かいました。
前公爵はもう少しここにおらんのか、せめてマリエッタが帰ってくるまでと言いました。
しかし、この頼みを受け入れるといつまでここに居なくてはならないのか全く目処が経ちませんし、何より時間があまりないためその頼みを無視をして箒に乗ります。
前公爵はとても悲しそうな顔をするのですぐに訪ねに来ますよ、婚約者を連れてねと自分の願望も交えたことを言い残して3日をかけて王都に戻って行ったのでした。




