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新訳 太閤記 ~ 転生 豊臣秀吉、未来を識る僕は史実の道を静かに歩む 〜  作者: 条文小説


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1-4 四カ国の風、泥の草履

挿絵(By みてみん)


太閤記たいこうき』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。出典:Wikipedia

 寺の静謐せいひつから切り離され、住み慣れたはずの父のもとへ返されたとき、僕の胸にはまだ、あの規則正しい木魚の余韻が冷たく残っていた。


 それと同時に、あの日、冷たいアスファルトの上で僕を引きちぎっていった現代の夜風が、今も記憶の片隅でかすかに吹き抜けている。

 

 日吉丸――それが、この世界における僕の名だ。

 

 しかし、感傷に浸る時間は僕には与えられなかった。父の家を包む貧困は、容赦なく僕の小さな背中を押し出す。十歳にも満たない年端もいかぬ身でありながら、僕は生きるために、他人の家へ奉公に出されることとなった。


 「奉公」という言葉はどこか響きが良いけれど、その実態は「奴婢ぬひ」、すなわち泥まみれの使用人に過ぎない。

 

 尾張を出て、三河、遠江、そして美濃へ。国境くにざかいという名前のみの境界線を越え、僕は四カ国の間を漂うように流れていった。どこへ行っても、春桜の盛りを見届ける頃には既に旅支度を整え、雪の便りを聞く頃にはまた別の土地にいた。同じ空の下で年を越すことすら稀だった。


 一つの場所に腰を落ち着ける前に、僕を取り巻く環境が、あるいは僕自身の内にある「異質さ」が、僕を次の場所へと押し流してしまう。

 

 朝は、露に濡れた藁草履が足床を擦る不快な音で始まる。夜は、硬い藁座布団の節が小さな骨に障る痛みをこらえながら眠りにつく。


 手はいつも泥とすすに汚れ、爪の間には黒い土が詰まっていた。現代の僕であれば、その不衛生さと理不尽さに、一日と持たずに涙を流して逃げ出していただろう。

 

 けれど、変な話だが、僕はそれほど嫌ではなかった。泥をね、重い荷を運び、身体を酷使するたびに、胸の奥にあるあの「日輪の光」が、小さな心臓の鼓動に合わせて静かにうずくのだ。

 

(僕は、まだ生きている)

 

 その確かな拍動を確かめるように、僕はいつも、うつむきがちな奉公人たちの中でただ一人、まっすぐ前を向いて歩いていた。


 流浪の身となった僕が宛がわれる仕事は、どれも単純で、誰にでもできる雑用ばかりだった。ある屋敷では台所の火の番をさせられ、ある家では馬の手入れを命じられた。またある時は、広大な桑畑での果てしない草取りや、魚屋での凍えるような荷運び。

 

 けれど、ただ言われた通りに手を動かすだけでは、僕の脳が退屈に耐えかねてしまう。僕はいつの間にか、それらの単純作業を「どうやれば最も無駄がないか」という、現代的な最適化の視点で観察するようになっていた。

 

 薪を組むとき、ただ乱雑に重ねるのではなく、空気の対流を考えてわずかな隙間を作る。それだけで、次の朝の火のつき方が劇的に変わる。子供たちに食事を配るとき、箸を渡す角度や器を置く位置をほんの少し工夫する。すると、不思議なほど子供たちの食べっぷりが良くなり、こぼす量が減る。

 

 誰に教わったわけでもない。ただ、頭の中にある未来の断片と、寺で培った「世界を静かに見る力」が、僕の指先を自然と動かしていた。

 

「お前、本当に妙な手の動かし方をするな」

 

 ある奉公先で、二人の若衆が馬の手綱の扱いに頭を悩ませていた。馬がどうにも落ち着かず、くらを嫌がっているのだ。僕はそっと近づき、彼らの手元を見つめながら、ぽつりと言葉を落とした。


「鞍の腹革を、あと指二本分だけ余らせて締め直してみてください。そうすれば、馬の胸式呼吸を妨げず、より楽に走れるはずですから」

 

 若衆たちは「なんだ、このガキは」と鼻で笑った。けれど、僕の淀みのない物言いに圧されたのか、半信半疑で腹革を緩めてみた。すると、それまで荒かった馬の息づかいが、目に見えて穏やかなものへと変わっていった。

 

「……おい、木下」

 

 その様子を後ろから見ていた年長の番頭が、馬の背にまたがりながら、真顔で僕を見下ろした。


「やるなら手厳しくやれ。坊主の子じゃあるまいし、泣く暇があれば声を出して騒ぎを抑えろ。その知恵、悪くはない」

 

 褒められたのか、それとも釘を刺されたのか、僕にはよく分からなかった。けれど、その言葉を受けた瞬間、胸の奥の光がほんの少しだけ、誇らしげに熱を帯びた。

 

 また別の奉公先では、屋敷の隅でひたすら縫い物をする老女がいた。彼女は長年の勘で、布地の糸目を完璧に見抜いて針を運んでいた。僕はその手元をじっと見つめ、現代の物理的な視点から、彼女の手首にかかる負担を和らげるための持ち方を指摘した。


 老女は驚いたように手を止め、僕の泥だらけの顔を見て、かすかな、けれど温かい笑みを浮かべた。そのとき、僕は気づいた。


 僕が持っているこの「未来の記憶」や「知恵」という名の才能は、自分の偉大さを誇るためのものじゃない。こうして、目の前の誰かの役に立ち、その営みを少しだけ楽にするためにこそ、価値があるのだと。


 天下を獲るだの、歴史に名を残すだの、そんな大きなことはどうでもいい。僕はただ、この知恵を使って、今日という日を誰よりも確実に生き延びたかった。


 しかし、僕がどれほど身を低くし、大らかに振る舞おうとしても、周囲の目は次第に僕を「異物」として捉え始める。奴婢の身分でありながら、僕の目は決して死ななかった。どれほど過酷な労働を課されようと、どれほど理不尽に叱責されようと、魂までおとしめられることはなかった。


 何事も寛大に、まるで遠い空から自分を見下ろしているかのように、すべてを大らかに受け流してしまう。その「寛仁大度かんじんたいど」とも言える態度が、かえって周囲の反発を招いた。

 

「あいつ、どこか大人びていて気味が悪い」


「ただの子供のくせに、すべてを見透かしたような目をしやがって」

 

 同年代の子供たちは、露骨に僕を避けるようになった。遊びの輪に僕が近づくと、それだけで楽しげな空気が凍りつく。大人たちもまた、夜に集まって酒を飲む席で、僕のことを遠巻きに見ながら囁き合っていた。

 

「あれは……ただの幼児ではないな。『大物の幼児』だ」


「あるいは、世に言う『渥淫あくいんの麒麟児』か。度量が世間に勝りすぎている」

 

 それは、半分は驚嘆であり、もう半分は明確な「警戒」と「嘲り」だった。人は、自分たちの理解の範疇はんちゅうを超える存在を恐れる。ましてや、それが最底辺の奴隷の身分であるならば、その度量の大きさは彼らのプライドを微かに、けれど確実に脅かす毒となる。だからこそ、僕はどこの奉公先でも長続きせず、四カ国を転々と流浪せざるを得なかった。

 

 それでも、僕は卑屈にはならなかった。誰にどう見られようと、僕の胸の中にはいつも、あの快適だった現代の自尊心と、寺で磨いた「世界を静かに見る力」が同居していた。

 

(笑いたければ、笑えばいい)

 

 彼らが僕を「大物の幼児」と呼んで距離を置くのなら、僕はその言葉を、密やかな褒め言葉として受け取ることにした。彼らの言う通り、僕は彼らとは違う。けれど、それは僕が偉いからではなく、背負わされた記憶の重さが違うからだ。


 魂まで奴隷の手に恥しめられることなど、決してない。僕は僕の信じるやり方で、ただひたすらに、目の前の泥を払い、手を動かし続けるだけだ。


 ある晩、僕は粗末な藁布団の上に寝転がり、雨漏りのする天井をぼんやりと見上げていた。目を閉じると、今でも時折、現代の断片が脳裏をかすめる。


 夜の高速道路を流れるヘッドライトの列。色鮮やかなネオンサイン。深夜のコンビニの自動ドアが、チリンと軽い音を立てて開く瞬間。

 

 それらの風景は、今や遠い前世の幻のようだ。なぜ、普通の高校生だった僕が、この戦国という飢えと裏切りの時代に放り出されたのか。その答えは、どれだけ考えても出ない。


 母の見た「日輪が懐に入る夢」というのも、現代科学の視点から見れば、ただの偶然の符合に過ぎないのかもしれない。

 

 けれど、もし。もし人が、何かの理由を持ってこの世に生をけるのだとしたら。この胸の奥で今も温かく脈打つ光は、僕がこの時代で「正しく生きろ」と羅針盤の役割を果たしているのではないか。そう思えてならなかった。

 

 奉公を転々とするこの流浪の旅は、僕にとって最高の修行だった。各地の異なる風習を肌で知り、国ごとに微妙に異なる言葉のニュアンスを覚え、誰にでも、どんな場所でも使える「生きた技術」を身につけていく。


 ある家では、米の栄養を損なわない研ぎ方を。ある村では、地層から水脈を言い当てる井戸の掘り方を。またある戦場に近い宿場では、馬のひづめを傷めない手入れの仕方を。

 

 それらの知恵は、決して帳面に書き残せるものではなかったけれど、僕の小さな身体の細胞一つひとつに、確かな記憶として染み込んでいった。頭が忘れても、指先が、呼吸が、その感覚を覚えている。

 

 そんなある日、美濃の街道沿いにある寂れた酒場で、僕はふと、地元の男たちが漏らした言葉を耳にした。

 

「あの流浪の小僧、物の見方が普通の手合いとはまるで違う。あれはいつか、とんでもない出世をするぞ」

 

 誰が言ったのかは分からない。ただの酔客の戯言ざれごとだったのかもしれない。けれど、安酒の匂いと紫煙の立ち込めるざわめきの中で、その言葉だけが、僕の冷え切った胸をじんわりと温めた。

 

 貧しくても構わない。流浪の身であっても構わない。奴隷のように扱われ、誰かに蔑まれたとしても、僕の心まで縛ることは誰にもできない。

 

 僕は、僕自身の道を作る。この胸の光が、本当に太陽の欠片なのか、それとも僕の脳が見せる哀しい幻覚なのか、その答えはまだずっと先にある。

 

 それでも、僕は歩みを止めない。いつか、この曇天の空を突き破って高く羽ばたくその日のために――。


 今の僕はただ、泥濘(泥沼)の中で静かに、自分の濡れた羽を乾かすように、知恵を蓄え、時を待つ。

 

 東の空から、また新しい朝の光が差し込んできた。僕は小さく息を吸い込み、汚れきった道具を手に取って、今日という戦場へ、再び静かに足を踏み出した。




【太閤記 小瀬甫菴道喜輯録 近藤出版部 大正8年】




秀吉公素生 四


父本より家貧しけれは、十歳の比より人の奴婢たらむ事を要とし、方々流牢の身と成、遠三尾濃四箇国の間を経廻すと云共、始終春秋を一所にくらす事なかりしは、ひとへに気象人にこへ、度量世に勝れたる人なれは、まことに奴隷の手に恥しめられさるも理なり、何事も寛仁大度にして、物ことと大やうなれは、渥淫の麒麟児の如しと世に諷しけるも亦不宜乎、

〜参考文献〜

太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource

https://share.google/AxQqE2xRgf0LcmxAN

絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編

夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700


〜舞台背景〜

 秀吉はん書いとったら、なんや無性にたこ焼き食いたなってもうてな。せやけど……まだ舞台、名古屋だがやw

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