教育方針
その河合家老の斜め後で柔太郎は苦笑いをしていた。
表情を変えぬように下唇を軽く咬み、声が出ぬように堪えている柔太郎に、赤松弘が声をかける。
「ご家老様はへぇともかくとして、だ。柔太郎よ、なんでまた我が家へ来ようなんて思いついたのだ?」
芦田柔太郎は背筋を正し、真面目な顔を弘に向けた。
「実は私は、昨日当家においでになった折の赤松家のご嫡男どのの口ぶりから、どうやら当家と御家との間に組まれていた縁談が壊れたらしいと察しました。
されば、当家の家長が帰宅する前に、ご嫡男どのにさらに事情を聞き、詳しく確認せねばならないと思い至った次第です」
妙に堅苦しい物言いだった。
直接的に、養子の口を逃す可能性がある弟が心配だとは言わない。不祥事がくり返された赤松家の事が気がかりだとは言えない。名のみであっても元は婚約者であった人物の事が気になるとは口に出せない。
柔太郎は清次郎に視線を移した。
「何分、昨日来、なぜか耳やら頭やらが酷く痛うございますれば」
河合家老と赤松弘が同時に小首を傾げ、同時に一人の若者の顔を見た。
「ほほう?」
異口同音の疑問の声が清次郎に浴びせられる。
兄が口にのぼせなかった事情など知りもしない清次郎は、うつむき加減に、
「それほどに具合がお悪いようでしたら、外出などなさらなければよろしいのに」
モゴモゴとくぐもった声で言った。
内心は、
『愚兄め、余分なことを言わなんでくれ。面倒なことになる』
だった。
河合家老が小さく笑って、赤松弘を見やる。
「さても仲の良い兄弟である事よ」
「兄弟姉妹の仲のよい事は良い物でありますな」
弘も国家老を前にしては口ぶりも穏やかとなり、国訛りも引っ込ませようと努めるらしい。
しかしその穏やかな口ぶりは少々淋しげでもあった。
『我が家の兄妹も仲は悪くは無かった』
まだ若かった長男の善斎は、生まれたばかりの鷹女を良くあやしていた。
五,六歳になった鷹女が前庭で短い竹刀を振り回して、善斎と追いかけっこをしていた。
善斎が立てた茶を、少女の鷹女は苦い顔で飲んでいた。
親目には普通の子ども達だった。
しかし成長した子ども達は、二人とも親の想いを裏切って、親の目の届かない所に行ってしまった。
『わしが親として、弥一郎よりも数段劣っとる、ということか』
否定したい結論だ。だが目の前の柔太郎・清次郎兄弟をみると、その父親の教育方法には一目も二目も置かざるを得ない。
だからといって、赤松弘の育て方が極端に悪かったということではない。
そして芦田勘兵衛の育て方が弘と比べて格段に良かったということでもない。
子ども達は各々目指す物を目指した。
善斎は茶の湯を。
鷹女は剣の道を。
柔太郎は儒教を。
清次郎は算学を。
そして今がある。
ただそれだけのことだ。




