↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜頭――柔太郎と清次郎――  作者: 神光寺かをり
清次郎と柔太郎

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
79/79

足を洗う

 (じゅう)()(ろう)の声は(かわ)()()()()(ゆう)の大声とは反対に静かであったが、良く通った。

 清次郎は低く身を起こした。刀を拾い上げ、懐紙で(ぬぐ)い、(さや)に収める。

 刀を身体の右側に置き、改めて身を正して深く礼をした。()(けん)がヒリヒリする。


(おもて)を上げよ、清次郎。お前の()()(おや)と話をしたい。通せ」


「承知いたしました。……しかし、恐れながらご家老、その前に一つお(うかが)いしてよろしいでしょうか?」


 深く頭を下げたまま清次郎が言うのに、五郎太夫はクスリと笑って応じる。


「相変わらずお前という奴は無駄に度胸があるな。わしはこれでも藩の重役で、お前にとっては剣術の師匠じゃぞ」


 言葉は厳しいものであったが、国家老は寛大にも清次郎の希望を入れたのである。


「恐れ入ります。実はご家老にではなく、兄……()()()()()殿()に、訊ねたいことがありまして」


「随分と他人行儀な物言いじゃな」


 五郎太夫はチラリと柔太郎に目をやった。

 柔太郎は軽く()(しゃく)を返した後、清次郎の方に目を落とす。

 兄の視線を感じ取った清次郎が、少しばかり頭を上げて、


「石を投げたのは、兄上ですよね?」


「なぜそう思った?」


「河合(せん)(せい)ならもっと容赦なくぶつけてくると思いましたんで。こう、額が割れて血が噴き出す程度には」


「ぶはははは!」


 笑ったのは河合(せん)(せい)だ。()()として大笑する。

 河合家の家人達は顔を背けて笑いを(こらえ)えている。

 芦田柔太郎は苦虫を噛んだような顔をした。


 (ひと)(しき)り笑い尽くしたらしい河合五郎太夫は、顔を藩の重役らしい真面目顔に整えて、


「さあ清次郎。赤松弘の元へ()(ない)を頼む」


「はっ」


 深く頭を下げ直した清次郎は中腰で起ち上がり、そのまま後ろ歩きに前庭から勝手口方向へ進む。

 そこには様子をうかがっていた秀助とお直がいる。清次郎は小声で命じた。


「お直、急ぎで濯桶(すすぎ)(ふたっ)つ用意しておくれ」


 土や砂利、あるいは(いし)(だたみ)()(そう)()であっても、(ぞう)()草鞋(わらじ)で歩いたなら、足は(ほこり)まみれになる。たとえ()()()いていても、細かい(つち)(ぼこり)は防ぎきれない。

 だから屋内に入るときには、(おけ)()んだ水で玄関や土間で足を洗う。これが濯桶(すすぎ)だ。


「お二つで、よろしいんで?」


 お直はチラリと前庭の方を覗き込んだ。

 四人分の人影が見える。


「家の中まで上がるのは、多分二人までだろうからね。いや、もしかしたら内に入るのはご家老だけかも知れない。

 そしてご家老のご家中の方は玄関前で待機することになる。だからその二人にはお茶か()()をお出ししておくれ」


 すると今度は秀助が前庭に目をやって、


「家ン中に入るのがご家老さまだけだったとして、お一人はご家来の方と一緒に残ることになるんじゃねぇですかね。

 そうしたら先生。お茶は、お飲みになるかどうかは別として、三つは準備しておいた方がよろしいんじゃありませんか?」


 不安そうな視線を受けて、清次郎はニタリと笑った。


「あ、残り一人にゃお茶なんか要りゃしないんだよ。

 濯桶(すすぎ)を出すのも、相手の足をキレイにしようっていうより、()()()のよごれた足で家ン中を汚させないためなんだ。

 なにしろここンところは晴天(おてんき)続きでほこりっぽいからね」


 声は小さかった。お直と秀助にだけ聞こえれば充分の言葉だからだ。

 それなのに、なぜか、


「聞こえているぞ、愚弟!」


 というよく通る声が、玄関前から聞こえた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。