獅子舞
お直が桶を手に勝手口から井戸端へ出ようとしたとき、前庭から、
『聞いたおぼえがあるような……』
音が聞こえた。
鋭い風切音だ。
二度三度、四度五度、と繰り返し鳴る音を聞くうちに、ようやくお直は思い至った。
それが昨日まで鷹女お嬢様が前庭で立てていた音だ、と。
鷹女はもともと剣術狂だったが、河合家老屋敷の奥向きに詰め切らなくなってからことさら、剣術に打ち込んでいると、お直には見て取れた。
まだ日も昇らぬ明七つごろには起き出してきて、前庭で素振り稽古をするのを日課にしていた。
晴れても雨が降っても、冬も春も夏も秋も、毎日、毎朝、くり返していた。
無言で剣を振ることもあれば、気合声や、猿叫と言ってもよい大声を上げることもあった。
振るのは本身であるときもあり、木刀や竹刀であることもあった。
お直には剣術の心得などありもしないから、風切音からだけではその時に鷹女がどんな柄物を使っているかなどは区別しようがない。
無言であることと声を出すことの意味の違いもわからない。
ましてや、その一振り、その瞬間の、鷹女の心情を察するなどという芸当はできない。
ただ風を切る音がしたなら、あるいは気合声がしたなら、前庭にお嬢様がおられるのだということは解る。
お直は桶を投げ捨てた。
「鷹女お嬢様!」
足が縺れた。それでもお直は駆け出した。もう一歩で家の外壁を回り込んで、あと一歩で前庭にたどり着く。
と、お直の視野を遮る者が現れた。
「あぶねぇよお直さん」
低く抑えた声は、秀助のものだった。
秀助は腕を伸ばしてお直を制して、
「先生はいま剣術にずっぽり入り込んでいらっしゃる。こういう時は周りが見えねぇから、不意にお刀の届く所まで近づいちまったら、悪気もなにもなく斬られかねねぇ」
「え? 先生って?」
お直は自分の行く手を塞いでいる秀助の腕越しに、前庭を覗き込んだ。
清次郎がいた。
白刃を引き抜いて「型稽古」をしている。
お直が知る剣術の稽古とは、鷹女がする素振りのことだった。
赤松弘は自宅では剣術の稽古をしない。
赤松家の家督相続から外された長男の茶坊主・善斎は元々剣術に興味は無かったから刀を抜くことすらしなかった。
そして鷹女の素振りはと言うと、刀を大上段にかまえ、鷹女は真っ直ぐ振り下ろした。振り下ろす度に、足は前に後ろにと、これも一定の直線的な動作をくり返す。
お直はだから剣術の稽古というのは、真っ直ぐなものなのだと理解していた。
そのしゃきりとした様子が、
『なんともお嬢様らしい』
と感じた。
真っ直ぐな気性の鷹女が、真っ直ぐな剣術を好むのは当然だと思った。
ところが今、清次郎が真剣を振るっている様子は、お直が知る――つまり鷹女が行っていた――稽古とは違っていた。
清次郎は、上に下に、右に左に、あるいは斜めに、あるいは弧を描くように、縦横無尽に刀を振り、前に後ろに足を踏んでいた。
お直は、故郷の塩田前山の神社で見慣れた、
「獅子舞みてぇだねぇ」
と、素直に口にした。
上田で獅子舞というと、一人立ちで三人一組の獅子舞をさすことが多い。
他所の地域では三匹獅子舞であるとかささら獅子と呼ばれているというが、上田藩領の各地では三頭獅子、あるいは上田獅子など称している。
お直の生まれた塩田前山村の塩野神社のそれは、七月の祇園祭に奉納されるのだが、獅子頭の飾りが派手やかで、舞が激しい。
そんなお直の感嘆の声など、型稽古に集中している清次郎の耳には入るはずが無い。




