まあ、飯でも喰いながら
部屋には安物の香の匂いが満ちていた。
弘は仏壇の前に座っていた。手を合わせ、口の中で念仏を唱えている。
しばらくして清次郎の方へ振り返った弘の目玉が赤く血走り、目蓋は腫れ上がっていた。目の下には黒々とした隈ができていた。
一目見て、
『全うに寝ていない』
とわかる顔だ。
「お休みになられませなんだか?」
清次郎の問いかけに、弘は自虐の混じった笑顔で応じる。
「わしもこれで肝っ玉が小さいらしい。さすがに疲れたわい。じゃがお前はさすがに胆が太い。一寸は寝たようだな」
「はい、子の正刻が過ぎた頃合いでしたか、丑の刻ごろだったか……その辺りから、先ほどまでうつらうつらと」
真夜中過ぎに眠りについた、という時刻だけは正直に言った清次郎の笑顔にも、いくぶんか自虐めいた色が含まれている。
義理の親子が互いに薄く笑い合い、会話が途切れた頃合いを見計らうようにして、
「旦那様……清次郎殿もお早いお目覚めでございますね」
そっと入ってきたきぬの声は弱々しかった。顔色も悪い。
「おぬしもな。それで少しは休めたか?」
きぬの口元に微笑みが浮かぶ。
「おかげさまをもちまして……。ときに朝餉の用意ができましたが、すぐに膳を運ばせましょうか?」
弘は妻の問いにうなずきを返すと、清次郎へ向き直った。
「では清よ、今日これからの予定は飯を食いながらしよう」
「畏まりました」
清次郎が頭を下げるのを確認して、きぬが控えていたお直に声をかけた。
軽い足音が台所へ向かう。
折り返しに、三つの足音が戻って来た。
それぞれの手に一つずつの膳を掲げ持っている。
老僕・権太は赤松弘の前に、お直はきぬの前に、秀助は清次郎の前に膳を置いた。
「麦飯に汁物は蕪菜。それと沢庵に梅漬けか。よしよし、蕪菜は好物だ」
弘は手を打って笑って見せた。作り笑顔ではない。疲れてはいるが、自然な表情だった。
弘が麦飯に箸をつけるのを待って、きぬと清次郎も食事を始めた。
「それでな、清次郎殿よ」
あらかじめ種が抜かれていた梅漬けを口の中に放り込み、眉間と口元に寄った皺が元に戻った後、弘は改まった口調で清次郎に呼びかけた。
「はい?」
「わしに課せられる罰は、おそらくは慎か閉門あたりであろう」
「お叱では済みませぬか?」
「うむ。わしには『長男が粗相した』という前歴があるでな」
弘が真面目顔でいるため、清次郎はどのような顔で応えるべきなのかわからなくなった。
「あー、えーっと、はい」
うなづいたまま、しばらく下を向いていた。
「ま、それでも蟄居までは行かんと思う。これでわしも、藩のためにそこそこの働きをしてきたからのう。一寸お目溢しがあるじゃろう」
清次郎が顔を上げると、弘はニヤリと笑っていた。奇妙な自信に満ちている。




