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竜頭――柔太郎と清次郎――  作者: 神光寺かをり
清次郎と柔太郎

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それぞれの夜

 甘塩っぱい夜はゆらゆらと暮れた。

 赤松家ではほとんどの灯火は早々に消され、人々はそれぞれの夜具に潜り込む。


 赤松弘は天井を睨んでいる。眠らねばならないとは思っているが、眠気が湧いてこない。目を閉じることすらできない。


『善太も鷹も、わしが家(おらち)の子供(だれ)()()()()そろいもそろって碌でなし(ごったく)(そろ)いなのか』


 ごろりと寝返りを打つ。目は閉じられない。

 振り顧みて、過去の己が「仕事熱心な武士」であったという信念はある。が、「良い親であった」という記憶はない。そもそも子供のことは全て妻任せだった。長男のことは前妻に、長女のことは後妻に、全て任せ切りにしていた。

 同僚の中には子供を背負って宿直(とのい)につく者もいたというのに。


『こんなわしの子供だからこそ、わしのいうことを聞かぬのか、な』


 弘はもう一度寝返りを打った。


『わしが子供であった頃は、どう育ったか。いや、どう育てられたか』


 脳裏に赤松巨助の渋皮色の顔が思い浮かんだ。

 義父は愛想良く笑っている。


(おや)()殿(どの)は優れた人物であった。尊敬できる素晴らしい人物であった。

 だがあの人は、わしにとって良い父親であったろうか』


 わからない。頭が回らない。考えがまとまらない。

 弘は眠れなかった。



 赤松きぬ女は()()を頭の上まで引きかぶっていた。


『もう涙も涸れ果てたと思うていたのに』


 鼻の奥がツンとする。上下の目蓋が腫れ上がり、目を閉じるのも開けるのもつらい。

 つい先ほどまでは、家族の手前、気丈に振る舞いはしていたが、人目のない布団の中では堪えきれない。

 我が腹を痛めて産んだ娘が自分を置いて出て行ってしまったことが悲しい。自分の勝手に生きようと決めた事が恨めしい。

 悔しくて眠ることなどできない。



 下女・お直は女主の(かたわ)らにいた。(かい)(まき)を着込み、きぬ女の布団の横に、ほとんど綿が入っていないような(せん)(べい)()(とん)を敷いて、ぺたんと座っている。しょぼしょぼとした目で、小刻みに震えるきぬ女の夜着を眺めている。

 ()(とこ)(んば)(わが)(まま)鷹女(お嬢様)のせいで、こんなお優しい奥様がつらい思いをしているのが〝お可哀想〟でならない。

 それはそれとして、


(まつ)()みたいに胡桃を大きく砕いたような餡もいいけれども、やっぱりあたし(おれ)は村のお寺みてぇに、もっと細かく(あた)った胡桃の方が好み()()


 笑みが浮かんでしまった。



 下男・権太は板間に敷いた()()の上に寝転んでいる。ご城下を駆け回り、歩き回り、鷹女お嬢様を捜し回った彼は、疲れ切っている。そのまま泥のように眠ってしまってもおかしくはない。

 だのに彼の目は冴えている。

 頭の奥に、放逐された「若旦那様」の青々とした坊主頭が浮かぶ。

 産着にくるまってびぃびぃと泣いていた頃の「お嬢様」の顔が浮かぶ。


『お二方が小さかった頃は、毎日抱いたり負ぶったりしたものだ。若も嬢様も(おら)の事を「爺や、爺や」と呼んで、なついてくだすった』


 その頃の懐かしい思い出が次々と浮かんでは消える。思考が止められない。眠ることができない。



 赤松清次郎と秀助は客間にいた。

 (がわ)()()()ぎだらけだが綿(なかみ)は充分に入った布団と、継ぎの当たっていない布団が、(つい)(たて)を挟んで並んでいる。

 前者の上には秀助があぐらをかいており、後者は空っぽだった。


「秀助、おれのことなどかまわずに横になるといい。今日は疲れただろう」


 清次郎の声は極々小さかった。

 彼は寝床に背を向けて、小さな文机に向かっている。赤松家で唯一、この部屋にだけ灯が(とも)っていた。

 といっても(あり)(あけ)(あん)(どん)だ。火は小さく、暗い。


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