塩味の効いたおはぎ
その皿を当たり前に秀助の左手に渡したきぬ女は、代わりに秀助の右手から鉄絵皿を一枚取り上げた。
取った方に小豆餡のおはぎをのせ、秀助の手に残る一つに胡桃餡のおはぎを載せた。
「さあお直、権太、好きな方を取りなさいな」
きぬ女が二枚の皿を示すと、お直が秀助の手の中のお皿に目を注ぎ、権太がそのお直の顔を見た。
「権太小父さん、あたし、胡桃の方をもらっていいかね?」
お直の頬がほんの少し紅くなったのを、権太は見逃さなかった。
「そういやぁお前さんは確か塩田の前山村の出だったな。前山寺さんのある所だったかの。あっちは胡桃が名物だ。
なるほど、ほー、そうすると、胡桃おはぎは里の味だということか。
いいだろう。食い物のことでお前さんと喧嘩するつもりは、オラにはねぇど」
「小父さん、ありがとう」
お直は胡桃おはぎの皿を取り、残った小豆おはぎが権太の手に渡った。
「さて、これで皆に行き渡ったかな? 権太と直もこっちへ膳を持って来い。皆で夕飯を食おう」
「へえ、へえ」
「あい」
下男の権太と下女のお直は深く頭を下げた。
武家において、主人と家来の間には、越えようにも越え得ない深い隔たりがある。
主人と膳を並べて食事をするということは、彼らにとってはたいへんな名誉なことだ。
それは秀助にとっても同様だった。
彼が下男として仕えている算学家・内田弥太郎の本来は御家人だ。
領地を持たない蔵米取ではあるが、幕府直参であるから身分は陪臣――大名家である藤井松平の家臣である赤松家よりも上だ。俸禄も赤松家より幾分良いらしい。
江戸での秀助は、瑪得瑪弟加塾の建物の板間の隅に寝起きしている。
主人から何事か言い付けられたか、あるいは掃除をするような用事がなければ、畳や敷物のある部屋に立ち入ることはできない。
一緒に食事を摂るなど、もってのほかだ。
内田先生に呼ばれて、客の残り物の茶菓子を分けてもらう幸運に恵まれたときも、その場で食べることもない。
懐紙に包んだ茶菓子を足取りも軽く板間の自分に与えられた小さな居処に戻り、白湯を碗に汲んで――ニタニタ笑いを精一杯隠しながら――喫するのが当たり前だった。
「先生、おいらも一緒に……?」
秀助は小声で清次郎に問いかける。
「お前もその辺に膳を置くといいさ」
清次郎は自分の後ろの畳を指し示す。
秀助は尾を振る仔犬のような顔をして、指された場所へ座った。
それを確認した弘が、大きく首を縦に振る。
「さて皆々席に着いたな。早速食べよう」
「はい、いただきましょう」
きぬ女が合掌して瞑目した。微笑んでいるような目蓋の間から、涙がじわりとにじみ出ている。
「頂戴いたします」
清次郎が軽く頭を下げた。
権太もお直も秀助も同じく頭をさげ、
「いただきます」
洟水をすすり上げた。




