This is Sparta!
「確かにこの十日ばかりの間、俺は秀助から強制的に師匠にさせられておりました。そういった意味では秀助はおれの弟子であることに間違いありません。
そしてこのおれが秀助に算学の初歩を学ばせたことによって、今のこの秀助が学徒の末席を汚す身になったことにも、間違いはありません」
「赤松先生!」
秀助の顔が明るくなった。おはぎに向けたニヤけ笑みとは違う方向性の笑顔だ。
その顔に、清次郎は優しく笑い返した。そして弘に顔を向けて、きっぱりと言った。
「ただ、秀助は学者ではありません。学問に方足の小指の爪の先を突っ込んだだけですからね。雛どころか卵にすらなっていない。もっといえば、未産卵ですらない」
清次郎は弘の方に顔を向けた状態で、秀助の頭に手を置いた。
秀助は恐ろしく小さな声で「ひでぇなぁ」とつぶやいたが、すぐにしゃっきりとした顔になった。
「わかってます、先生。たった十日ぐれぇ本を読んだぐれぇじゃぁ、ちっとも足りねぇ」
「では、お前はその足りない穴を埋め立てて、そこに築山がそびえるほどに学問をしたいかね?」
清次郎は秀助の方を見た。眼が細くなっている。口元は笑っているが、細い眼の光は鋭い。
秀助の背筋がビシッと伸びた。
「へい」
「だったら、おれなんかよりも教え方の巧い先生に就いて、基本からしっかりと学んで、学んで、学びつくさなければならない。
その先生の脳の中身を全部吸い尽すほどに、学んで、学んで、学ぶ必要がある。
その学びつくした知識を肥料にして、その上でさらに学び、学び、学んで、自分の学問を作り上げ、生涯を終えねばならない」
秀助が唾を飲み込んだ。
「何の道も、ほぉ、難しいもんだなぁ」
しみじみとした声で、弘が言う。
「儂の養父殿は馬術の匠だった」
赤松家の先代・巨助は生前、一時期ではあるが、江戸屋敷で江戸詰の藩士達の馬術教練を担当していた。
「今時の侍共は、情けねぇことに馬の扱いが下手で、乗るどころじゃねくて口取りも全然できねぇと来ている。養父殿の頃だって似たり寄ったりだ。
だから馬術の手腕家だった養父殿が、わざわざ江戸へ呼ばれたというわけだで」
赤松巨助は所謂馬術、つまり「馬に乗ること、歩かせること、走らせること」のみならず、馬上での槍・刀・弓の扱い方も教授した。
それこそが本来の「武士にとっての馬術」であるからだ。
巨助は、身分の上下に拘らず、そうとうに苛烈な教練を課していた。
そのことが今も古老達の脳裏と身体に深く刻まれていたために、孫養子の清次郎が「学者」であることが驚愕を持って迎えられたというわけだった。
ただ巨助は実際の指導を始める前に、江戸詰・定府の藩士たち一人一人の手練を調べ上げていた。その上で授業計画を組み、生徒達を確実に上達させるのに適した苛烈さで教練をした。
だから生徒達は師に良く従った。修業は厳しいが、それに耐えれば自分が徐々に上達することがよく判ったからだ。
落馬して打ち所が悪かった者や、武器の取り扱いによって大怪我をした者以外は、巨助の帰藩まで脱落することなく学び抜いた。




