たとえそれが葬式饅頭であっても
秀助は四寸ばかりの呉須染の皿を三枚、同じほどの鉄絵の皿を三つ、合わせて六枚の空の皿を一つ膳に乗せて居間に戻ってくると、清次郎の脇に置いた。
「先生、どんな風に取り分けやすか? 先生がお箸をおとりになりやすか?」
清次郎の顔に秀助の顔がぐいと寄ってきた。目がキラキラと輝いている。
秀助は清次郎が答えに窮していると、
「それともおいらが分けましょうか?」
言って、生唾を飲み込んだ。
『どうやら秀助は甘党のようだ』
清次郎は自分自身のことを高い高い棚の上に放り上げた。自分も大の甘党であるにも拘わらず、男が甘い物を好むことをほんの少し貶んでいる。ただし、噯にも出さぬようにして。
清次郎が仔犬を見下ろすような目で、餌を待つ仔犬のような目をした秀助を眺めていたとき、襖の向こうから小さな声がした。
「旦那様、清次郎殿、よろしゅうございましょうか?」
赤松弘の妻・きぬ女だ。か細い声音だが、はっきりとしていた。
「応、御新造さまよ、起きれたか。なによりだ。飯は食えそうか? へぇ、食えなさそうでもいい。こっちへ来い」
弘の声は明るい。精一杯の空元気を振り絞り出している。
襖がするすると開いた。きぬ女は下女の直に支えられて正座している。
きぬ女が浅く下げていた頭をゆらゆらと上げると、青白い顔には硬い笑みが浮かんでいた。作り笑いであることは誰の目にも明らかだったが、誰もそのことを咎めも指摘もせずにいる。
自分自身の顔も、作り物の平静や微笑であるからだ。
『いや、秀助のニヤけ顔はだけは本物に違いない』
本当の甘党なら、たとえ春日饅頭でも眼前にすればふやけた笑顔を――あるいは頬の内側を噛んで笑顔を押し殺した、歪んだ神妙顔を――満面に浮かべるに違いないのだ。
自分ですら兄の前でおはぎの誘惑に抗う事が出来なかったではないか。
清次郎は「おはぎ取り分け」という楽しくも重要な仕事を秀助に任せようと決めた。その決意が口から出る前に、きぬ女が言葉を発した。
「清次郎殿、おはぎは私が取り分けましょう」
「え? 義母上が?」
「奥様が?」
清次郎と秀助が声を上げた。きぬ女は幽かな笑みを浮かべた。お直に支えられて立ち上がり、ふわふわと歩いて清次郎に近づいた。
「秀助さん……」
「いけません奥様。おいらみたいな下男風情の名前ぇの尻ッペタに、『さん』なんてこそばゆいもんをくっつけちゃぁ。とんでもねぇ、ごめん被りますよ」
慌てて秀助が否定をする。ぶんぶんと頭を横に振った。首が千切れるのではないかと、清次郎が不安になるほどの否定振りだった。
すると今度は弘が
「だれぇ、十石三人扶持の田舎の下っ端侍なんざ、頭の出来が悪い分、お江戸の学者さま以下だらず」
秀助の頭が更に強く横に振られる。
「旦那様、おいらは学者なんかじゃありません。学者の家の下男で……」
「だが、清の弟子だらず?」
秀助の首の百八十度反復横運動が止まった。
ちらりと清次郎に目を向ける。
「弟子……というか」
清次郎も秀助に目を向けた。




