第10話 王立騎士団
「副団長、ね。想像以上の大物だな」
デネットの言葉を耳にした時、クルードは内心冷や汗を流していた。
王立騎士団であるかもしれないとは、先程までの男たちの会話を耳にしてなんとなく予想はしていた。
だが、まさか副団長が直々にお出ましとは。
「罪を犯していない一般市民に対して刃を向ける。そこに対しての罪の意識は無いんですかね?」
「その点については大変気の毒に思うよ。だが上は、貴様の存在自体が有罪であるとお考えだ」
そう言って、デネットは右手を緩やかに天へ掲げる。
「総員、抜剣」
宣言と同時に、周囲の男たちが一斉に剣を構える。
一糸乱れぬ統率力に、洗練された動き。その様はまさに軍隊そのものであり、個ではなく群としての生命のようであった。
すぐそこに倒れ伏している男とは違う、物言わぬ意志なき人形。
これが、王立騎士団。
「王の敵を討て」
そして、クルードを囲む輪が一斉に距離を詰める。
「つッ!?」
クルードが素早く身を屈めた次の瞬間、後頭部を掠めるように刃が通り過ぎる。
危ない。そう思ったのも束の間、矢継ぎ早に乱撃の嵐がクルードを襲う。
「ちょちょちょっ!」
避ける、躱す、翻す。
一発でも当たれば致命傷になる攻撃を、クルードは薄皮一枚で見極めていた。
「第二波」
しかし。
「弓構え」
嵐は終わらない。
クルードを襲っている男たちから僅かに離れ、少数の隊列が静かに弓を構えだす。
「マジ、かよ!?」
思わずクルードは苦悶の言葉を漏らす。
一個人に対して過剰とも言える戦力の投入を、デネットは平然と口にした。
「戦士に余裕を与えるな。奴らは時間をかけるほど手に負えなくなるぞ」
「応」
デネットの言葉に応えるように男たちは弓を番える。狙うはもちろん、クルード一人。
そして。
「がッ」
短い悲鳴と共に、人間が首から血を吹き出し地面に倒れふす。
それはクルードでは無い。
仲間であるはずの、王立騎士団の団員。
「ば……!?」
馬鹿な。
飛来した矢を慌てて躱し、クルードは目の前の光景に信じられないと目を見開く。
「何をやってるんだ!? 仲間だろ!?」
「共に苦楽を乗り越えた、かけがえのない仲間だ」
「ならどうして――――」
「ならばこそ、だ」
表情一つ変えることなく、デネットは口を開く。
「王命に対し、命を賭して任務を遂行する。それが我ら、王立騎士団の本懐なれば」
その言葉をクルードが耳にした、次の瞬間であった。
「……ふざけんなよ」
クルードを囲んでいた男の一人が、音もなく倒れる。
ザワリと、それまで物言わぬ人形であった男たちが騒ぎ出し、一斉にクルードから距離を取った。
「……安心しろ。殺してない」
冷ややかに告げられたクルードの言葉と、その手に逆さで握られた剣を見てデネットは瞬時に状況を察する。
「面で打ったか」
クルードの高速で振るわれた剣は、相手を殺すためではなく無力化するために振るわれたもの。
刃を用いず、面で強く頭を叩かれた男は声を発することなく気絶したのだ。
だが、真に驚くべきはそこでは無い。
「……不可視の斬撃、か」
ポツリと呟きながら、デネットは小さく苦笑する。
それではまるで、あの男のようではないか。
「あんたたちがそのつもりなら、こっちにも考えがある」
クルードから冷淡に発せられる言葉の節々に、怒りが滲んでいる。
来るか。
デネットは自らも剣を抜き、一挙手一投足を見極めんと目を細めた。
「そっちが死ぬ気で来るなら――――」
そして、クルードは動き出した。
「俺は死ぬ気で逃げてやるよッ!」
それは、この場の誰も予想していなかった動き。
クルードはデネットに背を向けて、輪の反対側へと駆け出した。
「え?」
「邪魔!」
「ぐえっ!?」
突然駆け寄ってきたクルードの動きに、男の一人は間抜けな声をあげる。
そのまま為す術なくクルードによって打ち払われ、再び間抜けな声をあげて背中から転がっていった。
「あばよ! ハハハッ!」
高らかな笑い声を上げながららクルードは一目散に走り去っていく。
そんな様子を呆然と眺めていたデネットは、慌てて我に返り仲間たちに声をかける。
「…………お、追えェェェッ!」
「お、応!」
仲間たちと共にクルードの背中を追いかけるデネット。全速力で走りながら、デネットの心の内は困惑に埋めつくされていた。
クルードがその気なら、数人斬り捨ててこちらの戦力を削ぐことだって出来たはずだ。
あの不可視の斬撃。あれは、間違いない。
クルードの実兄、エレガスが得意としていた剣技そのもの。
「どれだけ舐められようと、やはり血は争えぬということか……」
デネットの脳裏によぎる苦い記憶。それはかつて、遠くに捨て去った仄暗い感情。
その斬撃を見て、背筋の凍らない人間など同世代に存在しない。
我々は知ったのだ。世界には、真に英雄になるべき定めを背負った人間がいるのだという事を。
未だに色褪せぬ、黄金の世代。
歴史上の中でも稀に見ぬ、紛れも無き神域に至る者たちの時代に、間違って生まれてしまった。
『君は何で、剣を握ってるんだ?』
記憶の片隅に沈み続け、今でも反芻し続ける言葉。自分はそれに対して、何も答えることが出来なかった。
それが、デネットの後悔。
そして、夢を諦めた瞬間でもあった。
あなたの応援が、この物語を続ける力になります。
面白いと少しでも感じたら、ぜひ リアクション・ブクマ・感想 をいただけると嬉しいです。




