第9話 英雄の素質
「罪人……? 何のこと言ってるか知らねえけど、せっかくのデートを邪魔した罪に関してはどうしてくれるんだ?」
男が放った罪人という言葉に対し、クルードは訳も分からず首を傾げる。
今回の外出に裏があることは分かっていた。恐らく、自分の身が誰かに狙われているのだろうということも。
だが。
「減らず口を。それを自覚しているのは貴様であろう」
「悪いけど、本気で何のことを言っているか分からないんだが?」
これだけの人数が、それなりの覚悟を以て行動に当たっている。その事実にクルードは違和感を覚えた。
素人の僻みにしてはあまりにも洗練された集団の動き。
しかし、クルードには自分がなぜ狙われているのか理解できていない。そして、男もまたその様子に驚きを隠せずにいた。
「……どういうことだ? 何故、貴様自身がソレを自覚していない?」
男は顎に手を当て、静かに顔を伏せる。波のようにうねる髪の毛が瞼にかかるも、男は一切微動だにしない。
そして、ブツブツと独り言を呟き始める。
「まさか無自覚? いや、有り得ない。戦士の片鱗は確かにあの衆人環視の中で確認されている。だが、もしもそんなことが起こり得るとするならば、我々は何か大事なものを見落として――――」
「デネットさん。そんなことはどうでもいいでしょ」
男の独り言を遮るように、集団の中から一歩踏み出す人影。その言葉に対し、デネットと呼ばれた男はチラリとそちらへ視線を向ける。
軽薄そうな表情を浮かべながら剣の柄に手を置いているその人物は、全身から自信に満ち溢れた所作を醸し出していた。
「こんなガキ一人、痛めつけてから色々情報を聞き出せばいい」
「……甘く見るな。この男は紛れもなく、英雄の一人なのだぞ」
「はっ! デネットさんは慎重すぎなんすよ」
デネットの忠告に聞く耳を持たず、男は悠々とクルードの方へ踏み出していく。そして、侮蔑の感情がこもった言葉を吐き出した。
「こんなガキが英雄ぅ? うちの団長が常々口にしてる、『今の英雄は欠陥だらけ』って論もあながち間違いじゃないかもな」
「おい、むやみな事を口にするな!」
「だってそうでしょう? 俺はつい最近まで地方に飛ばされてたんで知らなかったけどお前、英雄エレガスの弟だってな? 完全なる贔屓じゃねえか」
ニヤニヤと底意地お悪い笑みを浮かべながら、男はゆっくりと腰から剣を抜き放った。
太陽の光をキラリと反射する銀色の肌。間違いない。あの剣は、何の加工も施されていない正真正銘、人を殺めるための真剣である。
「こんなガキが英雄になれるなら、俺だって英雄になれんだろ」
男の発言に対し、クルードは深く息を吸った。
そして。
「で、言いたいことはそれだけか?」
「…………んだと?」
額に青筋を浮かべる男。そんな姿を見て、クルードは静かに笑う。
ああ。昔だったら確かに、今の発言に腹を立てていたのかもしれない。以前までの自分は、英雄の端の席にしがみついていた、哀れで卑しい子供そのものだったのがから。
だが、今は違う。
七雄騎将の端で満足なんかしてられない。いつかの約束を果たすために、俺は立ち止まる訳にはいかない。
だから。
「だったら試してみろよ。お前に、英雄の素質があるのかどうか」
「……ッ、このクソガキィ!」
男は顔を真っ赤に染めながら、剣を天高く振り上げる。怒りのボルテージは限界まで高まり、もはや男の思考から冷静さは失われていた。
「待て! 早まるなッ!」
デネットが叫ぶ。
だが、既に剣は振り下ろされていた。豪ッと風を斬り、唸りを上げながら加速する一撃がクルードの頭部に迫る。
しかし。
「――――教えといてやる」
クルードにその攻撃が通用するはずも無い。
何故ならば。
「英雄じゃなくたって、お前より強い奴は山ほどいる。聖キャバリス学院の生徒を舐めんなよ?」
毎日のようにガレッソと特訓を繰り返しているクルードにとって、今の男の一撃は些事に等しいのだから。
どれだけ殺傷能力の高い剣を有していようと、刃に込められた破壊力、殺意はガレッソの握る木剣の足元にも及ばない。
故に、クルードは当然のように認識することが出来た。
否。それだけではない。
「……ば、かな!?」
男の瞳が限界まで開かれる。視線の先で、自らが振り下ろした刃を見つめた。
鋼の剣は、空中でその動きを停止させていた。
両側から抑え込まれた、クルードの掌によって。
「白刃取りッ!?」
「まぁ流石にこの人数とやり合うんだ。俺の木剣じゃあ役不足だよな」
そう言って、クルードは間髪入れず膝を男の腹に叩き込んだ。
「ごほッ!?」
呻き声を上げ、体勢を崩す男の隙をクルードは見逃さない。
肩を潜り込ませ、刃から即座に掌を離しながら流れるように腕と胸ぐらを掴む。
そして。
「どっせいッ!」
思いっきり男を地面に叩きつける。
背負い投げ。
騎士にあるまじき行動であると誰かは言うかもしれない。だが、クルードはそんな言葉に耳を貸さない。
自分には才能が無いのだから、勝ち方にこだわっていても意味が無い。
絶対に勝つ。それがクルードの唯一のこだわりである。
「て、め…………ッ」
「そうそう、この真剣は借りてくぜ。代わりに――――」
叩きつけられた衝撃で言葉を出すこともままならない男に対し、クルードは淡々と言葉を告げる。
男の持っていた剣は既にクルードの手の中に。では、木剣はどうするのか。
「これはお前にやる、よッ!」
「ぐぶッ……!?」
正解は、仰向けに倒れている男の鳩尾に剣先を叩きこむ、である。
男は呻き声と共に泡を口から吹き出し、白目を剥いて気絶した。
「さーて」
クルードは真剣を軽く振り回し感触を確かめる。
なるほど、やはり質は悪くない。
「で、どうする? これでもまだやる?」
「……なるほど」
軽い口調で問いかけるクルードに対し、デネットは静かに目を細める。
誤解していた。英雄の一人であるからと、自らは部下に対して忠告した。だが、それだけでは足りなかったのだ。
以前ならばいざ知らず、今のクルードという青年はモノが違う。
英雄の素質には、様々な要因が関係しているというのはデネットの持論である。
才能、実力、略歴、地位。これら全ては英雄の素質そのものであり、英雄たる所以の一部でしかない。
では、その本質は何か?
答えは、華だ。
「認識を改めよう。君は罪人の前に、一人の強者であると」
学生?
子供?
否、それは彼の一部分の要素にすぎない。
クルードという男はまごう事無き強者であり、文字通り英雄の一人に違いないのだから。
「……女。さっさとここから去ね」
「ひっ!?」
デネットの冷ややかな視線と言葉に、女生徒は短く悲鳴を上げる。
そして、床に散らばった硬貨をかき集めると一目散にその場から走り去っていった。
だが、クルードもデネットもその背中に興味は無い。
「あんたが親玉? もう薄々感付いてるけどさ、一応名乗ってくれといてもいいんじゃない?」
「……ふふ、実に面白い。では、その豪胆さに敬意を表して」
そう言って、デネットはおもむろに外套を脱ぎ捨てた。
現れた純白の鎧と、胸部に刻まれた太陽のシンボルが嫌味なほどに存在感を放つ。波打つ髪の毛を手で払いのけながら、デネットは不敵に笑う。
「王立騎士団、副団長デネットだ。貴様に対する個人的興味は尽きないが、今は仕事をこなすとしよう」




