第11話 黄金の時代に陰る記憶
大変お待たせいたしました。
「勝者、エレガス!」
会場に轟く歓声の嵐と、告げられた勝者の名前。
呆然と剣を握りしめながら、非常な現実の前に膝をつく。
何も出来なかった。
相手はただの学生。自分が負けるはずないと、そう思っていたはずなのに。
「ありがとうございました」
優しげな声が耳元に届く。
視線を上げると、そこには眉目秀麗な金髪の青年の姿があった。
傷一つなく、汗をかくことなく優雅に青年は佇んでいる。
何故だ。こちらは満身創痍。余裕など欠片も残さなかったというのに。
「……敬語はやめてくれ。歳も近い上、私は君に敬われるほどの素養は無い」
「そう、か」
「君は強いな。まったく、これが学生だというのだから末恐ろしい」
苦笑を浮かべながら、心の中の暗澹とした感情を抑え込む。
意識しなければ、張り裂けてしまいそうだから。
「……俺は――――」
そんな様子を静かに眺めていた青年が、ゆっくり口を開こうとしたその時。
「ちょ、馬鹿ッ!」
「何やってんだっ!?」
観客席の一部から、歓声とは異なる騒ぎ声が響いた。
そして。
「やったな金ピカ!」
「おい、なんでお前がここにいるんだよ」
「まーまー、細かいことは気にすんなって!」
親しげに繰り広げられる会話に、二人の関係がどことなく予想できる。
カラスの巣のような、癖毛の黒髪が特徴的な青年。
嗚呼、そうか。彼が、あの有名な――――
「デネットさ……、デネット」
唐突にかけられた声に、思わず顔を上げる。
金ぴかと呼ばれた青年、エレガスは黒髪の青年を手で押さえつけながら真剣な表情を浮かべていた。
「何だい?」
「……どうして、そんな顔をしているんだ?」
「…………は?」
呆然とした言葉が口から飛び出す。
一体何を言っているのか、理解できなかったからである。
しかし、次にかけられた言葉によって、思考は完全に止まることとなった。
「どうしてあなたは、そんなに悲しそうなんだ?」
「な……、に、を」
それは、受け止めたくなかった事実。必死に耐えていた、抑え込んでいた感情。
思わず顔に触れる。
指先に残る感覚は、緊張で強張った肌の筋肉そのものであった。
「て、めっ! 金ピカッ!」
先程までニコニコと笑みを浮かべていた黒髪の青年が、慌てた様子でエレガスの頭を叩く。
「すいません! こいつ、無神経なところがあるんで……」
「…………いや、構わないよ」
乾いた声が喉から漏れだしていく。
もはや発する言葉に意味は無い。
ただ今すぐ、この場から逃げ出してしまいたい。そんな思いだけが、胸中に渦巻き続けていた。
「では、私はこれで」
二人の天才から逃げ出すように、颯爽と背を向けて歩いていく。
そうだ。
たった一度。自分より若い人間に、一度負けただけ。ただそれだけの話なのだ。
これからさらに鍛錬を積み、再び挑めばいいだけの話――――
「君は」
そんな考えを見透かしたかのように、背後から言葉が投げられる。
「君は何で、剣を握ってるんだ?」
エレガスの冷たい言葉が、矢となって心に突き刺さる。
何で。
何で、だと?
そんなもの、初めから決まっている。
あれ、何だったっけ。
☨ ☨ ☨
「デネットさん! 副団長就任、おめでとうございます!」
「あぁ、ありがとう」
部下から投げかけられる言葉に対し、軽く手を挙げ応えていく。
気が付けば、長い年月が経った。まだ若かった一騎士が、今では国の一大事を任されるほどの役職に上り詰めた。
やはり努力は裏切らない。
磨き上げられた研鑽が実を結び、私はついに王立騎士団の副団長まで至ったのだ。
これを成功と言わず、何と言う。
「デネット。これからの活躍を期待している」
「は。ゴルドレ様のご期待に沿えるよう尽力いたします」
王立騎士団の長であるゴルドレの言葉に対し、深く頭を下げて応える。
この人がいなければ、自分はあの日から燻ぶったままだった。王立騎士団に誘ってくれたおかげで、今の自分があるのだ。
感謝しても、し足りない。
「早速だが、この書類を纏めておいてくれ。副団長の初任務だ」
「承知しました」
紙の束を受け取り、ゴルドレに軽く一礼して執務室へと足を運ぶ。
廊下の窓の外では、明るい陽射しが街を照らしている。温かな光に包まれた人々を横目に、自らは薄暗い廊下を突き進んでいく。
そして流れるように部屋へ入室し、手元にある書類へと視線を向ける。
「……ッ」
瞬間、息を呑む。
そこに大々的に書かれていたのは、新たな七雄騎将に関してまとめられたレポートであった。
新世代を担う、若き英雄たち。そんな彼らについて、細かく調査された内容。
ゴクリと、生唾を飲み込む。
もう、何も関係ない。いつも通りに淡々と業務をこなせばいい。ただ、それだけの話なのだ。
自分に言い聞かせるように心の中で呟きながら、震える指先でページをめくる。
黒金の騎士、ヴィクト。
その人物は、最も国民に愛される英雄である。
そう評された人物像に、思わず苦笑いを浮かべる。
一度だけ、あの時に出会ったカラスの巣のような頭の青年。そうか。やはり彼が、あの有名な不屈の騎士だったか。
なるほど。確かに、彼は人から好かれるような性格をしているだろう。
まさに英雄。王国の象徴に相応しい。
「――――――――」
そして、その次に書かれている人物に視線を移す。もはや言葉も出ない。
嗚呼、やはりそうかと。諦めにも似た納得が心中を埋め尽くしていく。
白金の騎士、エレガス。
その人物は、最も華がある英雄である。
苦虫を食い潰したような表情で、思わずページを握る指先に力が入る。
否定しようも無い。まさしくあれは、華だ。
魅せる剣を振るい、自信に満ち溢れた所作がまた人々を魅了する。あれは、英雄になるべくしてなった部類。いわゆる、天才と言う人種だ。
そうさ。だから仕方なかった。
あの時負けたのは、運が悪かったに違いない。
後に七雄騎将に選ばれるような人間に、勝とうなどと思うこと自体が間違っているのだ。
続けて記載されていく、新たな英雄たち。
その中には、見覚えのある顔があった。
「バイツ……、ラミエ……。そうか、あの二人は」
数年前の記憶。
あの時、エレガスの元へ駆け寄ろうとヴィクト青年が客席から舞台に降りてきた瞬間に聞こえてきた声の主。
『ちょ、馬鹿ッ!』
『何やってんだっ!?』
そうか。あれらもまた、あっち側の人種だったという訳か。
「フ、フフフ……。ハハハハハ」
乾いた笑いが口から溢れ出す。
もはや笑うしかない。笑わなければ、やっていられない。
一体何の因果なのか。これほどまで、才能ある者達がほぼ同時代に存在しようとは。
間違いない、断言できる。今この瞬間こそ、まさに英雄全盛期だ。
そして最後に、書類はこの言葉で締めくくられていた。
【聖キャバリス学院より、五名の傑物が選出。これすなわち、黄金の時代の到来である。】




