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第14話 学院の教師たち

「兄貴ィ……」

「ハハハ、まぁ自業自得だな」


 イリスとカミュとの訓練を終え、俺は職員室へと足を運んでいた。

 理由はもちろん、こんな状況に許可を出したエレガスに対して文句を言うためだ。

 しかし。


「もう諦めろ。騎士として、行動の責任は取らないといけないだろ?」

「でもよぉ」

「カミュに対して過剰な指導を行った生徒には、しばらくの休学を言い渡した。おかげでカミュは3年生の指導者がいなくなったわけだが……、可哀そうだと思わないか?」

「ぐぐぐ……!」


 こんな感じで、上手く丸め込まれてしまう。

 いつもそうだ。

 剣の腕前でも口喧嘩でも、今まで俺はエレガスに勝てた試しがない。


「言っておくが、これはお前のためでもあるんだぞ?」


 エレガスはそう言って、少し表情を変えた。

 クルードの兄から、学院の先生として。エレガスは心からの忠告を口にする。


「授業には出席しない。入学式の代表挨拶もサボる。お前に対する他の先生方の評価は非常に悪いと言わざるを得ない。自主的に課題をこなしてしっかり提出している点は良いが、根本的にお前は学業に対する貢献度が低い。だからせめて、後輩たちの訓練の補佐くらいはしっかりやってもらわんと、お前の学内のイメージがだな――――」

「だーッ! わかった! わかったよッ!」


 くどくど長ったらしい説教を受け、俺は諦めて両手を上げる。

 先生モードになったエレガスは非常にめんどくさい。

 しかもこれが、俺のためを思っての忠告だというところがまた厄介だ。

 わざわざ心配してくれている人間の言葉を、無視する事など出来ないのだから。


「理解してくれて嬉しいよ。それじゃあよろしく」


 そう言ってエレガスは爽やかに微笑んだ。

 この腹黒野郎。

 俺は心の中で悪態をつきながら、職員室の扉の前で一礼。静かに部屋を退出した。


 廊下の窓から、橙色の光が差し込んでいる。

 もう夕方か。

 訓練を終えた他の生徒たちは、それぞれの寮へと帰っていく。

 笑い声と共に楽しそうに帰宅する集団の背中を窓から眺め、俺は静かに廊下を歩き始める。

 明日は休日だし、俺もそろそろ帰ろう。


「ちょっと、クルード君」


 ピタリと、踏み出した足が動きを止める。

 そして後方から聞こえてきた声に、俺は静かに振り返った。

 

「……ナバス先生」


 そこにいたのは聖キャバリス学院の教師にして、2年生の担任を務める女性であった。

 見るからに神経質であろう眉の吊り上がった表情を浮かべるナバスは、鋭い形の眼鏡を指でクイッと上げる。


「聞きましたよ。あなた、また問題を起こしたそうですね?」


 くそ、めんどくせぇ人に出会っちまった。

 本当なら無視して帰りたいところだが、先程エレガスに注意された手前、あまり刺激するのは良くないだろう。

 仕方ない、適当にあしらうか。

 そんな思いを胸に秘め、俺は努めて朗らかな表情で問い返す。


「一体何の話です?」

「とぼけないでちょうだい! 先週、あなたが学院決闘でひと悶着起こしたのは耳に入ってるんですよ!」

「あ~、その節はどうも」


 俺は心の底から謙虚な気持ちで、ナバスに対し頭を下げる。

 しかし、そんな姿勢が逆にナバスを刺激したのだろうか。


「あなた、私を馬鹿にしてるんですか!?」


 なんでだ。

 別に馬鹿にしようだなんて気持ちは一ミリも無かったのに。

 そんな俺の想いは伝わらないまま、ナバスは顔を真っ赤にして口を開く。


「入学式の時だって、私とエレガス先生がどれだけ苦労したと思ってるの!?」

「いや、その件に関してはマジ申し訳ないです」

「マジとか使わないッ!」


 ナバスは細長い指をこちらに向け、眼鏡を再びクイッと動かした。


「言葉遣い一つ一つが、騎士の品格を表すのです! もっと丁寧に、上品に、優雅に口を開きなさい!」

「いや、でも……」

「お黙りィッ!」


 クイッ クイッ クイッ

 何度も指先で眼鏡を持ち上げるナバス。

 その姿を眺めながら、俺は一人心の中でため息をついた。

 ついに始まってしまった、ナバス先生の超神経質指導スーパーナバスコーチング


 説明しよう!

 超神経質指導とは、ナバスが一定の回数眼鏡を上げた時に発動される、ハチャメチャにめんどくさい説教のことである。


「あなたはそう! 入学した時からいっつも問題を起こして、話題の中心には常にあなたの名前!」

「はぁ……」

「それが3年生になっても変わらない! 代表挨拶をサボり、あまつさえ1年生首席までも巻き込む始末!」

「いやそれはアイツが……」

「おまけに先週の学院決闘で怪我人を出すとは、なんと野蛮な」


 話聞かねぇなこのババア。

 それに学院決闘に関しては、不可抗力だっつってんだろうが。

 俺は心の内で愚痴を吐き捨てながらも、決してそれを表には出さない。

 もしも出そうものなら、余計に話がこじれるだけだ。

 ここは穏便に、冷静に――――


「あれ、ルー坊じゃねえか!」


 ……ややこしい奴が来てしまった。

 俺は静かに天を仰ぐ。

 ナバスの後方から声をかけてきた大柄な男は、廊下で話す音量ではない大声でこちらに話しかけてくる。


「よぉ久しぶりだなぁ! 元気にしてたか? たまには授業来いよ!」

「ちょっと! ガレッソ先生!」


 ナバスを無視して素っ頓狂な言葉を口にする大男、ガレッソに対しナバスは鋭い視線を向ける。

 そして超神経質指導の矛先をガレッソに変更した。

 ラッキーだと思うだろう?

 被害者が増えて、矛先が俺からガレッソへ向かって。

 しかし、この状況はむしろ最悪だ。


「いいですか、私が今クルード君に対して注意しているのです! そんな時にあなたが声をかけてくるとややこしくなるでしょう! 大体あなたは声が大きすぎる! 廊下で話す時は節度を守って――――」

「なんでい、ナバス先生」


 大声で声を荒げていた自分のことは棚に上げ、ナバスは俺と同じように長ったらしい説教を行った。

 しかし、ガレッソにそれは通じない。

 何故なら、この男は。



「そんなにカリカリしちゃって、カルシウム足りてないんじゃないですか? ガハハッ!」



 超神経質指導が通用しない、学院唯一の存在なのだから。

 口を開けて豪快に笑う白髪短髪の大男。

 3年生の担当教師、つまり俺の担任の先生であるガレッソは、ナバスの天敵であった。


「くぁwせdrftgyふじこlp~ッ!?」


 あ、まずい。

 俺の本能が、危機を感知して訴えかけている。

 それに気が付いたのは、俺だけでは無かった。


「あ、やべ」


 失言だと自分で気が付いたガレッソは、ポツリと小さく呟いた。

 そして。


「ルー坊、逃げるぞ!」

「は、ちょ、え!?」


 俺の腕を引っ張り、ガレッソは全速力でその場から走り去る。

 しかしその行動を見逃してくれるほど、ナバスという女性教諭は甘くない。


「――――待てやクソガキ共ォッ!」


 さっきまで騎士の品格がどうとか言っていた人間とは思えない声色で、ナバスは喉を枯らす勢いで叫んだ。

 そして鬼と化し、俺たちを全速力で追いかけてきた。

 突如始まってしまった、死の逃走劇。


 一体どうしてこうなった。

 俺は天を仰ぎ、自らの不運を呪った。

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