第13話 責任
学院決闘から、はや一週間が経過した。
三年生による、新入生のサポート制度。それは週に一度行われる。
休日に入る直前、週末に授業の理解度及び技術指導が課されることとなっているのだ。
サボった者は、もちろんそれなりの罰則を喰らう。
「……始めるぞ~」
「……はーい」
故に、どれほどやる気が無くても、こうして週に一度は顔を合わさなければならないのだ。
なんて最悪な制度なんだ。今すぐ廃止した方がいい。
「じゃあまずは座学だ。何を習ったか教えてもらおうか」
「えー、キャメロン王国とバルバリス帝国。その歴史と、七雄騎将の話。えーと、後は…………」
「学院決闘の始まり、雌雄決闘とそれらに関する歴史を解説されたか?」
「そう、それです!」
おいおい、コイツ大丈夫か。
初歩的な授業内容も理解できていないようなら、この先の授業も心配になってくる。
俺でさえ、最初の頃はそれなりにまじめに授業を受けていたものだ。
「……本当に理解してるんだろうな?」
「え、えぇ。もちろんですとも!」
「じゃあ問題。初代七雄騎将と共に、バルバリス帝国に反旗を翻した女性の名前は?」
俺の質問に対し、イリスは分かりやすいほど表情を変化させる。
その変わりっぷりときたら、思わず眺めていたくなるくらい愉快なものであった。
だが、スッと答えを出せないようでは意味がない。
「エリーゼ王女殿下な。こんくらい簡単だろ?」
「い、今言おうとしていたところです!」
「噓つけ!? 困った顔してただろ!」
「し、してないですよ!? 言いがかりはよしてくださいッ!」
随分と雑な言い訳をする首席様だ。
本当にこんな奴が、稀代の傑物と呼ばれている人間なのか。
そう疑いたくなってしまう心を、グッと抑え込む。
こいつの本領は座学では発揮されない。
ならばこそ。
「……じゃあ次、実技の方だ。何を習って、どのくらいできた?」
その問いかけに対し、イリスはあっけらかんと口を開く。
「基本的な剣の扱いは、一通り覚えました」
イリスの言葉は、まるで簡単なことをやっただけと言っているようであった。
だが、それは違う。
多くの生徒たちは、長い月日をかけて剣の基本を我が物にしていく。
しかしイリスは、一週間に満たない期間でその基本を習得した。恐らくそれは嘘では無いのだろう。
これを才能と言わず、何と言う。
心の底で、醜悪な何かが蠢く。
「そうか、流石だな」
「いえ、元々ここに入学する前から剣を習っていたので」
誉め言葉を軽く一蹴するように、イリスは首を振りながら言葉を放つ。
その言葉に驚いたのは、他ならない俺自身であった。
「え、何。お前、元々剣習ってたのか?」
「はい」
「どこで?」
「…………村の中にあった、小さな道場です」
目を逸らし、どこか後ろめたい何かがあるかのように、イリスは小さく言葉を吐いた。
その様子は気になったものの、流石に問い詰めようとは思わない。
俺はあえてその様子を無視し、努めて冷静に口を開いた。
「へ~! イリスってどこの村出身なんだ?」
「…………ブーテンです」
そして、告げられた村の名前に驚きを隠せなかった。
「ブーテン村って、あの最南端の村落か!?」
「はい、そうですけど……。もしかして、田舎娘ってバカにしようとしてますか!?」
「いやいや、それは別に思わねえけどよ……」
否定するように首を振りながら、眼前に佇むイリスの姿を見つめる。
これほどの才能が、遠い地で発見されるとは。
人生どうなるか分からないとは、こういう人間を見ると改めて実感する。
「へー、じゃああれか。その道場は相当腕のいい師範がいたんだろ?」
「…………そうですね」
突然、イリスは顔を曇らせた。
その表情は、まるで何か悲痛な感情を押し隠しているような。
「でも。今は、その道場は潰れましたから」
「え!?」
イリスが口にした内容に、驚きのあまり大きな声を漏らす。
まさかその道場が既に存在しないなんて、一体誰が想像できただろうか。
「それはまた、どうして――――」
「そんなことより!」
俺の言葉を無理やり遮り、イリスは大きな声を出してこちらを見つめる。
「今回の指導の件ですが、一つお願いがあります」
「お、おぉ。なんだ?」
その瞳に込められた熱意に、思わずたじろぎながら口を開く。
するとイリスは、後ろを振り返り誰かに向かって手を振った。
その視線の先には、一本の木がそびえ立っていた。
そして。
「お、お邪魔してます」
木の影から、一人の少女が姿を現した。
印象的な桃色の髪の毛を持つその少女を、俺は以前にも見たことがある。
「君は確か、カミュ?」
「は、はい。以前は大変お世話になりました……!」
カミュは目の前までやってくると、勢いよく頭を下げた。
可憐な見た目からは想像できないキビキビとした動作に、思わず圧倒されてしまう。
「お、おぉ。どうしたんだ、こんなところに」
「カミュも一緒に指導してあげてください」
「は!?」
イリスの唐突な提案に不意をつかれ、驚きに口を開ける。
「なんで!?」
「以前私たちが担当を外させた先輩がいなくなったので、カミュを教えてあげる人がいないんです」
「それで?」
「責任取りましょ、せーんぱい?」
意味が分からん。
何がどうしてそうなった。
あと、責任を取るだと別の意味を想像してしまうからやめてほしい。
「えーと、カミュ?」
「は、はい!」
「君はそれでいいのか? 俺はこう言っちゃなんだが、あんまり印象良くないぞ?」
頼むからこれ以上面倒ごとを増やすな。
そんな願いを暗に込めて、俺は静かに問いかけた。
だが。
「はい! よろしくお願いします……!」
元気よく答えるカミュの姿に、俺は思わず天を仰ぐ。
「………………先生の許可とか」
「エレガス先生から既に許可はもらってます……!」
あのクソ兄貴。
絶対笑いながら了承したに違いない。
しかしこうなってしまえば、俺に残された選択肢は一つしかない。
俺は最後の抵抗として、おどろおどろしい声色でカミュに向かって口を開く。
「言っておくが、俺の指導は厳しいぞ? 生半可な覚悟で、俺の担当になろうなんて百年はや――――」
「の、望むところです! ビシバシお願いします!」
「と、いうことです。言っておきますけど、カミュを泣かしたら許しませんからね」
「キャー、イリス様かっこいい!」
「様は付けない!」
ギャーギャーと姦しい二人の少女のやり取りを眺め、俺は再び天を仰いだ。
俺の平穏な学院生活は、どうやら訪れないらしい。




