95: EP6-2 最後の賭け
影は姿を現す。
...影に光が当たる時は、必ず来るんだ。
ESF艦隊
オペレーションシルバーライニング
決行前日
西暦3020年12月5日[STC]
協定宇宙時13:30
地球の衛星、月地表、ルナ・ゲートウェイ・ステーション
泣き笑い問わず、ここに全てがかかっている
──Side: 三人称視点
「やっほー。」
「クロノスか...」
ルナ・ゲートウェイ・ステーションの一角、気密が維持された区画に臨時で設営されたテントが並ぶ宿舎群の中、リヨンは頭を抱えていた
「大丈夫? 明日はついに作戦だけど。」
「心配ない。 それよりクロノス... どうせお前はまたどこかへ行くんだろ?」
「あーまぁ... うん、否定はしないでおくよ。」
その返答に余計にリヨンが頭を抱える
今更ではあるが、やはりこの問題児は問題児のままのようだ
「ねぇ、リヨン少尉。」
「なんだ?」
「前に聞いたこと覚えてる?」
「...どれだ?」
謎が多すぎるクロノスのことだ、どれを指しているかはとてもではないが判断がつかない
「んー。 このESFのこと。 おかしいと思わない?」
「どこがだ?」
「この戦争。 少尉のことだから分かってるとは思うけど、どう見たってもう私達の劣勢...いや、敗戦は明らか。 ねぇ、本当に意味があると思う?」
「そんなこと言ったって... 上が言うからには仕方ない。 分かっていようとも、俺達は上の命令が絶対だ。」
「まぁ、確かにそうかもねぇ。 上が間違ってたってどうしようもない。 ...ほんとにね、どうしようもないよね。」
現状を憂うような顔をしたクロノスは、どことなく、『らしくなさ』を感じさせるようだった
「いやまぁ、クロノスの言いたいことは分かるさ。 事実...俺達は年を越せるかも分からない。 この作戦に全てが掛かってるんだ。」
リヨンの言うことももっともな事だろう
ESFの各地から伝わる情勢に明るいものは最早1つとして存在しない
特に食料供給の途絶えた金星圏からの報告は悲惨なものだった
「勝ち目があっても、なくてもやるしかない、か。 ま、私も精一杯やるよ、リヨン少尉。」
「...可能ならどこかに行かないでくれよ...」
「あははー... 善処するよ。」
「はぁ...」
今回もダメだな、とリヨンは明確に肩を落とすばかりだった
──所変わり、同じくテント群の別の一角、そちらにはアレクシスの姿があった
「ソーンダイク中尉、先ほどの...最後の補給便に君の弟名義で君宛の貨物があったのだが。」
「お、ソイツを待ってたんだ。 バックスってエンジニアがハンガーにいるから運んでくれ。」
「了解した。」
アレクシスは簡易的な椅子に座りつつ、連絡しにきた補給担当の兵にそう返答する
補給担当が出ていくのと入れ替わるように、別の人影がテントの入口に下がる布をめくり入ってくる
その人影はというと、ライデン隊指揮官のクラウス・ハーネル少佐だった
「誰かと思えば少佐か。 どうしたんだ?」
「アレクシス、昨日話した件だが...」
「お、どうなったんだ? 俺としても気が合う奴と組めるなら嬉しいんだけどよ。」
「許可が出た。 こちらの隊に異動だ。」
「そいつぁ良かった! よろしく頼むぜ、ハーネル少佐。」
「うむ... 共に生き延びるとしよう。」
その言葉が暗にこれからの戦いの結末を予測していることにアレクシスはどことなく気づきながらも、あえて口にはしない
ハーネルが言葉を続ける
「そういえばアレクシス... 今は関係ない話なのだが、新地球政府という連中を知っているか?」
「新地球政府? いや、名前ぐらいしか聞いたことがないな... それがそうしたんだ、少佐?」
「いや、最近妙な噂が広がっていてな。 新地球政府は元々地球で活動する...そうだな、地球回顧主義とでもいえばいいのだろうか... とにかく、そういった少々過激な連中だ。 小規模だが水上艦も保有していることが確認されているが、その軍事力が少なくとも公に行使された事実はなく、ESF政府としても要注意監視対象になっている程度だったのだが...」
「だが、ということは何か... それが噂か、少佐。」
ソーンダイクが合点がいったと言わんばかりの顔をする
「3月の...オペレーション・ストームコート。 アレクシスがストームレインにいた頃の話だが... MSN地上局が襲撃された事件は覚えているな?」
「あぁ、覚えてるぜ。 覚えてるっても、聞いたのはこっちに帰ってきてからだが... ストームレインも通信障害で酷いことになってたからな。」
「まさにその件だ。 襲撃者は今までずっと謎だったのだが... あくまで噂程度で何も確証はないらしいが、あの襲撃者が新地球政府の特殊部隊である可能性が浮上したらしい。」
「新地球政府の特殊部隊だ?」
アレクシスが怪訝な表情になる
ハーネルが言葉を続ける
「現場には特定につながる一切の痕跡が残されておらず捜査は難航していたが... 残されていた小口径弾の薬莢と弾丸の多角的調査から、これらの製造元が... 海の向こう、ヨーロッパ地域にあるとあるメーカーの工場のものだったことが判明した。 同地域には... 政府が把握できている新地球政府の拠点の中でも特に最大のもの、恐らく本部級と見られている拠点もある。」
「それだけか?」
「同地域に他にそれだけ大がかりな武装勢力がいるわけでもないからな。 もちろん、こんなただ地域が同じというだけで犯人扱いはできない。 それに、現時点で何か明確に違法なことをしているわけでもないからな...」
「...水上艦の保持は違法じゃなかったのか?」
「実のところ... 何度か監査に入ったことはあるらしい。 どういうわけか、武装の類が発見されずにただの大型船という扱いで処理されているがな...」
ハーネルが呆れた顔をする
「...まぁ、その予測...予想か? それが当たっていれば、とんでもない大犯罪もいいところだな。 MSNの地上局を襲撃して職員をまさに皆殺し。 衛星を墜落させて破壊するどころか更に地上の民間人にも大勢の犠牲が出た。 しかも、俺達はそれのせいで不利な状況を強いられた...」
「まぁ、そういうことだ、アレクシス。 今のところ特に気にする話ではないが、もしものこともある。 覚えておいてくれ。」
「分かったぜ、少佐。」
「...よし、少々長話になってしまったな。 邪魔をしたようなら悪かったな、アレクシス。」
「構わないぜ。 どうせもうすぐ始まるんだ、息抜きぐらいしたって怒られやしないだろ?」
そう言ってアレクシスが苦笑する
「それもそうだな。」
ハーネルも同じように苦笑を返し、テントを離れた
──その頃、CAU海軍連合艦隊のとある輸送艦の中では、偶然にも似たような会話が行われていた。
「──新地球政府? それがあの時俺を襲撃した人間だ、と?」
「報告によるとそういうことになるな、ジャック。」
CAU海兵隊 第1バトルワーカー大隊所属の『ストライカー』分隊の指揮官、ジャクソン軍曹とその部下であるジャックは輸送艦のハンガー、自分達の機体の前でそんな会話を始めようとしていた
「あの時のお前のヘルメットカムの映像を本国で解析した結果、あの謎の人物の正体が薄々ではあるが判明した。 新地球政府──ESF領地球を拠点とする過激派武装集団だ。 過激派といっても、実際にテロなどを実行したことはなく、ESF政府の要注意指定団体止まりだそうだが。」
「要注意指定の過激派武装集団? また変なものが...」
「こちらとしてはほとんど情報はないがな。 何せCAU領内での活動の一切が確認されたことはなく、諜報活動の対象にもなっていなかった。 それから、あの人物があの時何を持って行ったのかも映っていた。 これだ。」
ジャクソンが手にしたタブレット端末に画像を表示する
「お前のヘルメットカムの映像を切り抜いただけのものだが...」
「これは... 何かの旗?」
「そうだ。 これは...星条旗と呼ばれる旗だ。」
画像には赤と白のストライプ柄の角に青地に星の描かれた旗が映っている
「かつてESFが成立する前... まだ地球上にいくつもの国家があった時代、その国のうちの1つ... 世界を2分する大国だったとも言われているアメリカ、という国家の旗だそうだ。」
「アメリカ...」
「新地球政府の予備的調査によると、彼らは行き過ぎた地球回顧的主張... ようするに、かつての地球国家の再建を図っているようだ。」
「地球国家...」
「あぁ、だから、新地球政府と名乗っているのだろう。」
「...よく分からない話ですね、この時代にそんな...古臭い思想で。」
「人間とはいつだってそうなのだろう、ジャック。 常に異端やそういうものが出てくる、という話だ。」
どこかの少佐と似たような呆れ顔をジャクソン軍曹が見せる
そこに不意に艦内放送が響く
『全クルー、パイロットへ。 まもなく本艦隊は敵拠点へのジャンプ態勢に入る。 設備、装備の最終点検に入れ。』
それを聞いた2人が動き出す
「よし、ジャック、他の奴らも呼んでこい! 出撃だ!」




