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人機のアストライア  作者: 橘 雪
EP6 『オペレーションシージアース』

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94/129

94: EP6-1 『オペレーションシージアース』イントロダクション

時は満ちた。

今こそ、最後の時。

CAU海軍統合艦隊/シルバースピア艦隊

オペレーションシージアース

1日目

西暦3020年12月5日[STC]

協定宇宙時(STC)13:19

地球の衛星、月から2000万km



これが決着となるだろう

今、最後の戦いが始まる



──Side: 三人称視点



『シルバースピア各ステーションへ、こちらアマテラス。』

『スピアヘッド通信良好。』

『スピアハンドル、通信問題なし。』

『スピアヒルトも問題ない。』


それぞれの司令官席に備えられた通信モニターにお互いの顔が映る


『先攻中の偵察隊からの報告がある。 ESF艦隊は事前の情報通り、LGSルナ・ゲートウェイ・ステーションの宇宙港やその同期軌道上に駐留している。』


ルナ・ゲートウェイ・ステーション

ESFが月面に建造した超大型の宇宙港だ

民間や軍を問わず、あらゆる艦艇の発着が行われる地球圏でも特に有名な宇宙港であったが、今、その場所はESF艦隊の反抗拠点となっている


『LGSは既に大規模に要塞化されており、不用意な接近は不可能だろう。 しかしながら、これは連中の艦隊を一網打尽にする絶好のチャンスであることには変わりない。 本来であれば事前の破壊工作などが必要だったが... 知っての通り、それは間に合わなかった。 よって、代替案として、このアマテラスを最前面に押し出し、艦隊の盾とする。』


旗艦級要塞『アマテラス』

全長5キロメートル、最大高2キロメートルの超大型サイズを誇るCAU海軍総旗艦だ

統合型エジタイト粒子加速炉を80機搭載し、その超大出力から様々な機能を保有する、一つの要塞とも言える艦だとも言えるだろう

現状アマテラス専用の機能でもある統合型エジタイト粒子加速炉の『シージモード』を用いることで、不動の城壁と化し、戦場を支配することが期待されている


『なお、目標はLGSの占領というのは先に説明しての通りだが... もし不可能であればこのアマテラスが誇るムラクモを持って、消滅させることも視野に入れる。 理解しておいてくれ。』

『了解した、アマテラス。 ...月の軌道に影響はでないんだろうな?』

『計算上は...問題ない。』

『計算上...な。 さすがに月を地球に叩き落すのは大問題になるぞ?』


カエデやウィルクスの懸念はもっともなものだ

そんなことになれば、地球の地表は生命の存在しない地となるに違いない


『あくまでムラクモをLGSに照射するのは最後の手段だ──もちろん、艦隊決戦には容赦なく使う。 スピアハンドル...ウィルクス艦隊長、先発隊の状況は?』

『後30分の位置だ。 アマテラス、聞きたかったんだが、もしプロトタイプクロークデバイスが完成していなかったらどうするつもりだったんだ?』

『その時はその時... 全艦での突撃作戦だったろうな。』

『はぁ、時間がないとはいえ酷い話だ。』


プロトタイプクロークデバイス

シルバースピア──戦前からセイバーの技術研究所が研究しており、11月初頭までにプロトタイプを完成させた新型装備だ

艦船に搭載し、起動すると船体を視覚的、電子的にマスキングし、『視えなく』する


今回の作戦の始まりは、これこそが要だった


『確かにな、ウィルクス。 もっと時間があればこちらもやりようはあったのだが...』

『策士エンスウェンの腕の見せ所だろう?』

『そうかもな。』


エンスウェンが自身の席のモニターのいくつかを操作し、情報を展開する

自身の艦隊が持つ装備や、それを利用した戦術のメモ...

そういったものをエンスウェンは見返していた


『失礼、少し... 航宙科、機関室へ伝達! ジャンプドライブをアイドリング状態へ移行、コンジットフィールドの展開準備をしろ!』


アマテラスの艦長──この戦いにおけるCAU海軍の総司令官が指示を飛ばす


『ホットドロップ、か。』

『アマテラスの桁外れの出力。 そして先行させたフィールドキャリアーのフィールドドライブにモノを言わせ、ジャンプドライブジャマーの真っ只中へこの艦隊を丸ごと飛ばす計画... まさにイカれているな。』


ESFの反抗作戦、シルバーライニングに合わせ、CAU海軍は各勢力圏に最小限の戦力のみを残し、他全ての艦隊をこの場に投入しようとしていた


『イカれていなきゃこんな船は作らないだろうな...』

『カエデの言う通りだろうな、まぁ、そんなことは今はいい。 アマテラス、他に何もなければ一旦通信を終了する。 戦端を開く前の最後の準備だ。』

『そうだな。 こちらも艦隊の最終チェックに入る。 スピアハンドル、先発隊の準備ができたら再度連絡してくれ。』

『了解した、アマテラス。 スピアハンドル通信終了。』


その言葉を合図に、他の3人も口々に通信を閉じる

準備は着々と進んでいた






一方、バトルワーカー部隊も同様に準備が進んでいた



「ローランド!」

「シオンハート准将、何か用です?」

「いや、いつも言っていることだが... お前は今回も私の直属、アビス0-2だ。」


輸送艦のハンガーの中、自身らの機体の前で2人は話す


「了解、シオンハート准将。」

「これまたいつも通りだが、詳しい指示は事が始まってからだ。 お前のような特級戦力は動かし方が肝心だからな...」

「分かってますよ、准将。」

「あぁ、期待しているさ。 ...ところで...」


シオンハートが目を細める

次の瞬間、ローランドは妙な寒気を感じ取っていた


「...ん?」


周囲の音が遠のいていく

前にも似たようなことがあったような──そう思考したのも束の間、異変が現れる

いつの間にか目前にいたシオンハートの姿はどこにもなく、それどころかハンガー中をせわしなく動き回っていた他のパイロットやエンジニア達の姿すらもがなくなっていた


「私達の...いや、彼女達の問題にお前を巻き込んでしまったことは... ふむ、私はともかく、スノーは申し訳なく思っている。 ...だが、私は、君を... いや、今はよそう。 恐らく、今はその時ではない。」


視線の遠く先、広いハンガーの中央付近、見慣れない人影がいた

黒と青を基調とした古めかしい狩装束に鍔の長い帽子を被ったその誰かの声は、まるで耳元にその人物がいるかのように聞こえてくる

距離があること、そして、帽子の鍔に阻まれその顔はよく見えない

しかしながら、今、この場にあまりにも似つかわしくないことだけは理解できる


「ローランド・エリソン。 歪められてしまった人の子よ。 ...これが終われば、また会おう。」


あれは誰だ? 何を言っているんだ? それよりこの声は──

そうローランドが思った直後、自身を呼ぶ声─先ほどまで聞いていて、そして、今しがたも聞いたその声で思考の海から意識が浮上する

気づけば周囲には活気が戻り、目前にはシオンハートの姿があった


「おいローランド? どうした?」

「ん? あぁいえ、准将、ちょっと考え事を。」

「しっかりしろ、ここが正念場になる... いや、これが終わってからがそうかもな。」

「...ESF首都、ワシントンD.C.攻略戦、ですか。」


今しがた経験した奇妙な現象をはぐらかし、ローランドは話を合わせる


「そうだ。 その前に連中が降伏なりなんなりしてくれれば手間は省けるが、そう上手くもいかないだろう。 故に、実力行使を持ってESF首都を占領する。 現行のESF政府を退陣させ、この戦争を終わらせる。 これ以上の犠牲はCAUにも、ESFにも不要だ。」

「戦争をしたがってる奴なんていない... ESFも同じはず、ですよね?」

「普通はな。 だが人間というものはある一定数、必ず争いを求めたがる。 だが、そんなものはこの時代には不要なことには違いない。 我々は、このような戦争に資源を消費している暇はないからな。」


CAUこそが遠い未来、遠い宇宙のフロンティアを開拓する先駆者である

この自負こそが、CAUをCAUたらしめているのだ


「まぁ、今はそれはいい... ディケとよく準備をしておけ。 ここを突破しなければ、その先の話には意味がないぞ。」

「了解、准将。」


シオンハートがその言葉を最後に再び歩き出す

向かう先はどうやら自身の機体──マリエルのようだ

そこでふとローランドは気づく


「...というかシオンハート准将、こんな時でもスーツ着てないんだな...」


その言葉通り、シオンハートの姿はいつも通りのラフなパンツスタイルのままだった






──ジャッジメント本部、スノー・シトラスの執務室



「ミッチェルから連絡? ...投入要請か。」

「既に艦隊に出撃準備命令を下しました。 後は閣下の承認と共に... ホーライを中心とした新設機動艦隊を投入します。」

「ああ、了解。 ──ブラック君、アバター計画の進捗は?」


執務室の椅子に浅く座ったスノーがいつものように報告を受け取る


「順調です。 既に義体の実働データは十分... まぁ、本題はこれからですが。」

「あー... ローランドの実働データ、か。」

「そうです。 どこかのタイミングで彼を本部に招き正式に取得したいのですが...」

「今は無理さ。 オペレーションシージアース、あれはかなりのリスクを伴う... 私としても最大限の注視が必要だ。」


ブラックが手にしていたタブレット端末を操作する手を止め、スノーに視線を向ける


「...デイモス。」

「あぁ。 連中が艦隊を投入するならこのタイミングしかない。 あちらだって、こちらの艦隊が以前のレベルにまで稼働率を戻していることには気づいているだろう。 最早あの世界から戦力を取り出す事は不可能だ。 それが分からないようならデイモスの72幹部は務まらないだろう。 それは... ルミエールだって理解しているはずだ。」


スノーが立ち上がり、自身の背後にあった大きな窓へと歩み寄る

その視線の先には目も眩むほどの真っ白なライトに照らし出される黒い世界がある


「いい加減、この戦争にも終止符を打ちたい。 どこかのシオンハートが言うことじゃあないけど、無駄な犠牲は好きじゃないんだ。」

「...私もです、閣下。」


スノーが振り返り、デスクを挟んで立つブラックの顔を見る


「その願いは皆、同じさ、ブラック君。 そうだ、ブラック君、アストライアは?」

「現在最終試験中です。 暫定的ですが、ほとんどの項目で良好な数値を記録しています。」

「それは何よりだ。 ...投入準備を頼む。」

「投入ですか? パイロットは...」

「いるだろう、適任が既に。 グローリアとディケにも連絡しておけばいいよ。」

「了解。 では失礼します。」

「あぁ、よろしく頼むよ。」


ブラックが一礼し、部屋を出ていく


「...でまぁ、来るとは思ってたんだけど。」

「そうか?」


いつの間にか部屋の床の片隅に溜まっていた水からその人影は現れる


「うーん、君の出てくるやり方、なんだか最近ワンパターンじゃない?」

「低コストで効率がいいだけだ。」

「はぁ、君はいつだって君らしいよ、ルル。」


ルルイエ・オルカ・アビサルハートその人...その神がその場にいつものように現れた

しかしその表情はいつもの余裕を湛えたものではないようにも見える

どこか焦っているような、そうでないような雰囲気だ


「誉めてるんだかなんだか分からないな... スノー、実は気になっていることがある。」

「何だい?」

「私に従う神の1つに占術が得意な奴がいてな。 妙な胸騒ぎがしたから...さっきソイツの隠れ家に行ってきたんだ。」

「へぇ、深海の神も占いとかやるんだねぇ... それはいいか。 何を聞いたんだい?」


スノーが興味津々といった様子で訊ねる

しかしながら、アビサルハートの顔は変わらず優れない


「私もかつて深海に反旗を翻して以来、自分自身も、他者も含めてロクでもない目に合ってきた。 今回は...久しく見なかった、そういった様相の未来が予言されている。」


表情を変えないまま、シオンハートが淡々と言葉を続ける

スノーがそれを見て、ただならぬ雰囲気を感じ取る

目前のこの神は、もっと自信に満ちた存在だったはずだ、と


「...もっと具体的に言うと?」

「そうだな── これから始まることを鑑みると少々大きな話にはなってしまうが... 犠牲が出るだろう。」

「戦争に犠牲は付き物、という話ではなさそうだ。 ...つまりは、私達に大きく関わる誰かの、ということか。」

「そういうことになるな。 スノー、説明の必要はないだろうが──」

「ああ。 神の占術は決して小手先のものなどではない... つまりは、再現の程度こそ変動性があれど、再現されることは確実、か。」


スノーは考える

果たして、深海の神が予言する『犠牲』とは何を意味するのか


「スノー、お前の考えている通りだ。 だが、他の深海の神の介入は気にしないでもいい。 私とて無策ではない。 永い刻の間にいくつもの策は張り巡らせてある...」

「だとして... 君がいてなお齎される犠牲とは一体何なんだい?」

「私にも、お前にも制御できないものだろうな。」


その言葉を聞いて、スノーはある疑惑、あるいは確信を持つ


「まさか...クロノスか?」

「あぁ。 アイツの占術が指しているのはきっと... クロノスだ。」

「...ふぅむ... 警戒は必要だろうね、ルル。」

「間違いない。 私も警戒しておく。 よし、私もあちらに集中するとしよう。」

「集中? 君でもそんな表現を使うことがあるんだね。」

「いくら私達がそれぞれ独立しているとしても、やはり私自身がリソースを割くのかどうかでは大違いさ、それじゃあな、スノー。」


アビサルハートの姿が水に溶けるように消えていく

その様子を見ながら、スノーは自身の椅子に座り直す


「犠牲...か。」


幾分か表情を曇らせ、そして放った呟きは誰に聞かれるでもなく、消えるだけだった

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