88: EP5-11 見えぬ先行き
うーん...
あの天使は何としても手に入れたい。
でもなぁ、あまり干渉しすぎるのは...
西暦3020年10月11日、協定宇宙時20:00
地球、北米大陸、ESF首都ワシントンD.C.
ESF軍ワシントンD.C.基地、バトルワーカーハンガー
最早猶予はない
──Side: 三人称視点
「団結は力だ。 皆が同じ方向を見て、力を合わせれば打ち破れぬ困難などない。」
「それもう何回目だクラウス? そうでも言ってないと正気を保てないとかか?」
「...エルマーか。 いや...」
ESFが火星圏の支配を失って6か月以上が過ぎていた
幾度となく繰り返された火星圏奪還の試みはそのどれもが失敗に終わり、ESFは追い詰められつつあった
あれ以来、火星圏ではCAUによる無制限通商破壊が継続しており、火星との物流は完全に寸断されていた
それどころか、地球と金星、水星を結ぶ航路にも襲撃の手は少しずつ及んでおり、ESF領内全域の物流網の寸断すらもが危惧されている状態だった
ESFは食糧生産のほとんどを火星に頼っていた
故に、この半年の間に地球、そして金星は備蓄していた食料の大半を消費し尽くしつつあった
その証拠に、9月半ばから金星圏の全域、そして地球圏の一部では食料が配給制へと移行していたのだ
火星圏の陥落以降、ESF政府は徹底した情報統制を行っていたものの、火星圏との物流の寸断はいくらなんでも隠し通せるはずもなく、また、食料の配給制への移行を持ってその統制は最早完全に失敗に終わっていた
2日前にも、金星第二の都市で大規模な産業ストライキ、それに伴う反政府デモが起きたという話が出回っている
世論は既に厭戦気分が充満しつつあった
「まぁ、言いたいことは分からんでもないさ。 覇権派の連中はこの期に及んでも継戦を訴え続けてる。 だが、後どれだけこんなことを続けられる? 日に日に交換部品の在庫は減っていくし、いつメシが食えなくなるかも分からない。 エンジニア共の棚は見たか? クラウス。」
「最近は見てないな... それがどうしたんだ?」
「製造が10年前のボルトが埃を払って置いてあった。 一体どこからあんな在庫を見つけてきたんだか... ともかく、それぐらいに新品がもう手に入らないんだ。」
元々ESF火星方面軍の統合派に属していた遊撃小隊『ライデン隊』は火星圏の陥落以降、D.CのESF軍基地を拠点としていた
隊の指揮官である少佐、クラウス・ハーネルと、副官の大尉、エルマー・ブルックリンを初めとした6人の隊員は、この基地を拠点として以降、専ら地球圏のパトロールなどに従事していた
「...金星圏の産業の状況はやはり報告通り、か。」
「向こうの産業設備を維持するので精一杯だそうだ。 小規模散発的なストライキや、一昨日の大規模ストライキもだが、あの手の抗議活動で産業が崩壊しつつある。 地球圏にも産業がないわけじゃあないが、金星圏からの輸入が頼りだったからな...」
「戦時にそんなことをしてる場合か、と言えるのは...我々はそれが仕事だからだろうか。」
「まぁな、皆生活のこともある。 メシのこととなると余計だろうな。 こんな戦争は早く終わらせろ、CAUと停戦して食料だけでも確保しろ、とな。」
ハーネルが座り込んでいた何らかの部品が収められた箱から立ち上がる
彼の眼前には何人かのエンジニアが関節部の装甲を取り外してメンテナンスを行っている自身のバトルワーカーがある
「...CAUは、民間船を含むあらゆる我が方の艦船を攻撃しているとの情報がある。」
「なんだそりゃ。 ...あれか、無制限通商破壊...だったか? 軍学校の頃になんか習ったような...」
「あぁ、それだ。 ESFとCAUの間に戦時条約は存在しない。 火星圏から脱出できたのは我々以外にもそれなりにはいるが... 他の部隊に聞いたが、特に攻撃の激しかったらしい新太平洋の部隊の生存は絶望視されている。 事実、司令官のザイフリートも地球圏への生還は確認されなかった。 ...火星の地上で生きていてくれればいいが。」
「知り合いか?」
「昔、少しな。」
「そうか...」
ブルックリンが少しバツの悪そうな顔をする
火星圏との通信は未だ復旧していない
MSNの崩壊に続き、CAUの火星圏掌握により通信衛星はその全てが失われ、どのようなルートも機能していない
断片的に軌道通信を強行的に受け取り、中継できたこともあったが、その後中継を行った艦がCAU艦隊に撃沈されたこともあり、あまり功を奏してはいなかった
しばし黙り込む2人の傍に、赤銅色の髪をした大柄な男が近づいてくる
「よぉ、少佐、それに大尉。 どうしたんだそんなシケた顔して」
「アレクシスか。 いや...少々昔の知り合いを思い出していてな。 ...いや待て、アレクシス、お前そういえば火星圏に最後にいたのはストームレインだとこの前聞いた。 ストームレインのザイフリート中佐の事を何か知らないか?」
筋骨隆々、人呼んで筋肉ダルマの男、アレクシス・ソーンダイク中尉だ
元々地球圏の部隊と火星圏の部隊と所属が違ったこともあり面識のなかった2人だが、火星圏から脱出の際に知り合い、今では階級の差を超えた交流があった
何ならアレクシスをライデン隊に招けないかと時々ハーネルは考えているぐらいだ
「ザイフリート...あぁ、あの中佐か。 あぁ、覚えてるぜ。 ...とは言っても... 俺は、後の事は頼んだぞ、お前は生き残ってくれ、ってあの基地からは追い出されたからな... あの後、すぐに通信が通じなくなって、それ以来だぜ。 分かってる限りだと、基地に全面的にCAUが侵攻してきたぐらいだな。 少なくとも、それから火星圏を脱出するまでは何も分かっちゃいなかった。」
「そうか... 死んだという話もないな?」
「あぁそうだ。 本当に、何も分かっちゃいない、だな。 火星の地上がどうなってるかの情報はほとんどない、だろ? 少佐。」
お前の方がよく分かってるだろ? とでも言いたそうな身振りでソーンダイクが言う
「...最後に情報があったのは2か月前。 軌道エレベータアルファの地上防衛圏付近まで攻め込まれている、という情報を最後にこちらの通信中継艦は全て迎撃され成果を挙げてはいない。 火星圏陥落からその時点までで5ヵ月、軌道上からの攻撃にも晒されていただろうに、よく持った、というほうだろう。 今では...」
ハーネルが言い淀む
「...だよな。 少佐、この後はどうなると思う?」
「どう、か? ...そうだな、正直何とも分からない。 覇権派の連中、いや、厳密に言えばレライエ少将か。 彼が中心となって...さっきもエルマーが言っていたが、継戦を唱えているからな。」
「あー... アイツかぁ。 アイツは俺も何だか...気に食わないな。 何が、とは言えないんだが...」
言葉に詰まるアレクシス
代わりと言わんばかりにブルックリンが口を開く
「あれだろ、そもそも適当な計画で海王星圏を襲撃、挙句失敗して少数艦隊だったとはいえ9割壊滅。 だってのに、どういうわけか、『高度に政治的な判断』とやらで、少将に格上げ、指揮下部隊増員、だろ? 訳が分からん。」
続けて、全く呆れた話だ、とブルックリンが言葉を閉じる
「ここの最高司令部が何を考えているかは分からん。 ...おや、すまない、向こうでエンジニアが呼んでいるようだ。」
「おう、行ってこいよ、少佐。 ここのエンジニア共はスゴイしな、俺の弟に負けず劣らずな連中もいる。 ま、俺の弟のがスゴイけどな!」
「...じゃあ俺も用事を済ませるとするか...」
三者三様の反応を見せ、自然とその場が解散する
そんな3人、あるいはその場の他の人間の認識の外側、ハンガーの天井クレーンの梁の上、そこに腰掛ける小さな人影があった
その人影は眼下を見下ろしながら、呟く
「...あーあ、結局失敗だったかなぁ。 あんまし使えないし、目的は達成できそうにないし、それどころか余計な敵まで増えた。 ...かと言って、出ようにも見張られてるしなぁ...」
黒い翼を翻しながら、ぶつぶつと呟く
「うーん、またステラに会い行こうかな?」
当然、答える声はない
それでも、その天使は言葉を続ける
「...やるだけやるしかないかぁ。 ステラも目的はあんま変わんないみたいだし。 さすがにあの...なんだっけ、ルプスレフィアって子に会いに行ったらステラに殺されそうだし、やめとこかな。 ...あそうだ、カマエルのとこ行こ。」
彼女は梁に手を掛け、飛び降りる
その瞬間、世界は色褪せ、周囲の全てが時が止まったように制止する
否、本当に止めているのだろう
周囲の誰にも気づかれることなく、その天使は、クロノスはふわりと着地し、歩き、そして開いたままのハンガーのドアを抜け外に出る
そして、誰の目にもつかない場所まで来たところで、再び時は動き始める
既に日は沈み、東の空に月が見え始める中、何食わぬ顔で基地を行き交う人々の中に身を滑り込ませ、宿舎へと向かって歩き始める
当然だが、その背の翼も、その頭上も光輪ももうどこにもなかった




