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人機のアストライア  作者: 橘 雪
EP5『艦隊冷戦期』

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89/129

89: EP5-12 夢、未来への救済

...人の精神ってものは私にも理解がしきれないものなんだ。

それこそ、人智を超える、というものなんだろうね。

西暦3020年9月7日、協定宇宙時(STC)02:00

木星(ジュピター)近傍、木星近傍コロニー(JPC)002

独立遊撃艦隊セイバー(シルバースピア)拠点、高級将校棟


そもそも、彼女の能力は何も敵対者だけに向けられるものではないはずだ



──Side: 三人称視点



「で? このやりとりの仕方ももう何度目か分からないが... 呼び出すには理由があるんだろう?」

「そう言われたらそうだが... いやまぁ、少し聞いてくれ、シオンハート... いや、アビサルハート。」

「...ほう?」


木星圏のコロニーにあるセイバーの宿舎に2人の神はいた


「...ステラとして、あなたに助力を頼みたい。」

「──神同士の取引に対価が要るのは説明する必要はないだろうな?」

「もちろんよ、アビサルハート。」


星の神が、そう深海の神を頼る

いつの間にかそこに座る深海の神の瞳が青く染まっていることにステラは気づく


「...言ってみろ、ステラ。」

「最近、ルプスレフィアの様子がおかしい。 なんて言えばいいか...」

「様子?」

「そう、様子。」


ステラが考え込み、数舜の後に口を開く。


「...前から、あの子には多少だけ不眠の兆候があった。 最近、それが悪化している。」

「不眠? あの元気そうな様子からはそうは見えなかったが。」

「あの子はそうなると私のところに来るから。 それで毎度寝かしつけているの。 でも、その頻度が増えている。」


今度はアビサルハートが考え込む


「...原因に何か思い当たる節は... ないからこうやって相談してきた、というわけだな。」

「そうね、アビサルハート。」

「...その割には何か案...いや、考えはあるようだな。」

「分かる?」

「それぐらいはな。」

「さすがアビサルハートね。」


ステラがそう言いながら苦笑する


「そうね、思い当たる節というわけではないけど、ひとつだけある。 恐らくは、あの子は何か悪い夢を見ているの。」

「夢、か。 ...あぁ、言いたいことは理解した、ステラ。 なるほどな、確かに私の専門分野だろう。」

「でしょう? もし無理がないなら...」

「はぁ。 それぐらいなら頼まれてやるさ、ステラ。 私とお前の仲だ。 対価は程々にしておく。」

「...ありがとう、アビサルハート。」

「取り立てだけは覚悟しておくんだな。 ...今ルプスレフィアは?」

「隣の部屋で寝てるわ。 鍵は...」

「あー...」


アビサルハートが目を伏せ、何かを考える


「いや、大丈夫そうだ。 私には私のやり方がある。 ...なぁ、先に謝っておくが、多少問題のある手段になるかもしれないが、許せよ。」

「それぐらいは構わないわ、アビサルハート。 あの子のためになるのなら。」

「任された。」


そうアビサルハートが言い残すと、その姿は水に溶けるように消えていった




─隣室、ルプスレフィアに割り当てられた私室



部屋のテーブルには小さなコップが置かれている

よく見ると彼女が寝る前に飲み残したであろうミルクティーが少しだけ入っている

平静を保っていたその液面が小さく揺れる


次の瞬間、部屋にはアビサルハートの姿があった


「...確かに...何か妙だな。」


アビサルハートには寝息を立てるルプスレフィアの顔が少し苦痛に歪んでいるように見えた


「悪いな、少し見せてもらうぞ。」


アビサルハートがベッドに横たわるルプスレフィアに近づき、その頭に手を近づける


次の瞬間、アビサルハートは───






「...」


アビサルハートは宇宙にいた

否、厳密にはここはルプスレフィアの精神構造内部だ


「あれは...」


眼下に広がるは冥王星

遠くにはどこか見覚えのあるステーション、そして船


「...懐かしいな。 もう...20年は前か。」


アビサルハートはあの事件を思い出していた

21年前、ルプスレフィアが両親を失ったあの事件を


しかし、何かが違う


「...どこだ?」


アビサルハートは彼女の気配を探る

ここが彼女の精神構造であるならば、どこかに彼女がいる


「...見つけたぞ。」


そしてそれを見つけると、その場を強く意識し、そこへ飛ぶ


そこにはアビサルハートも知らない光景があった

それは恐らくは彼女の精神構造が作り出した幻影だ



「パパ! ママ!」

「ルイナ...! お前だけでも生きるんだ...!」

「ダメ! パパも...!」


「違う。 あの事故はステーションに艦船が激突したわけじゃない。 いや待て、そもそも彼女はまだ...」


アビサルハートはその光景を見た


ステーションに艦船が激突し、内部は破壊されていた

崩落しつつある宇宙港に、彼女とその両親はいる


宇宙港の端、50メートルはあろう高台の端で、彼女はその両手を伸ばしていた

手の先には、彼女の父親─ランディー・ルプスレフィアと、その妻であり、彼女の母親でもあるルーシャ・ルプスレフィアがいた

今やその2人の命を繋ぎとめているのは彼女のその手だけだ


そのどれもが幻影であることをアビサルハートは理解していた


「彼女はまだ...1歳だ。 ...私が救い出した。 この光景は...」


アビサルハートは呟く

再び彼女の声が響く


「くうう... パパ...大丈夫...私が...」

「いい、いいんだ、ルイナ、私達のことはいいから...」

「ダメ! 絶対...ダメ!」


彼女の言葉に反し、その手からは少しずつ力が抜けていく様子が見える

アビサルハートにはこの幻影が意味するものが少しずつ理解できていた

ランディーは片手で彼女の両手を掴み、また反対の片手でルーシャの両手を掴んでいた

さすがの彼女にも、大人2人の体重を支えるのは無理があるだろう


「...これが...彼女を苦しめる夢か。」


アビサルハートはその結末を見届けようとする


「──ルイナ、私達の分まで──生きるのよ。」


ルーシャがそう言ったのが聞こえた


次の瞬間、ランディーの手が彼女の手から滑り落ちていく


「───!」


アビサルハートは彼女の声にならない叫びが聞こえた気がした



そして世界は巻き戻る

この幻影の始まった時へと



「...なるほどな。 ...ルイナらしい。」


アビサルハートは、シオンハートはルイナ・ルプスレフィアという人間をある程度は理解しているつもりだった

いつも明るく、誰にでも親切で、それでいて勇敢

だが、彼女にはずっと秘めていた感情があった


「...そう自分を責めるな、ルイナ。 あれはお前のせいではない。」


まだ幼かった彼女にできることなど何もなかった

それを彼女は認められなかったのだろう

だから、こうして自分を責めている


「あの事故は... どうしようもなかった。 お前が生きていたのだって奇跡に過ぎない。 ...私が見つけるのが後数分遅ければ。」


アビサルハートはそれ以上言葉を紡がない


そして、アビサルハートは意識を現実へと帰還させる



眼前には苦しげに寝息を立てるルプスレフィアがいた


「...私はどうしていいか分からない。 だが...」


アビサルハートがルプスレフィアの顔に自らの顔を近づける


「...私の好きな言葉がある。 人は全ての存在から忘れられた時にだけ本当の死を迎える。 誰かが覚えている限り、人は常に生き続ける。 ルイナ、君がするべきことは、いつまでもその記憶に苦しむことではない。 ...君は、君の両親のことを記憶し、未来へ受け継ぐだけでいい。 ...だから、それを忘れろとは言わない。 ...だが、自分を責めなくていい。 君が...」


そこまでアビサルハートが言葉を紡いだ時、眼前のルプスレフィアが瞳を開ける


「ん...? しおんはーと...?」

「っ...」


アビサルハートが一瞬逡巡した後、ルプスレフィアの顔を抱き寄せる

そして、唇を合わせる


「!?」

「んっ...」


ステラに─ウィルクスに見られたらなんと言われる光景だろうか

しかし、アビサルハートは明確な目的を持ってそれを行っていた


アビサルハートはただ唇を合わせただけでなく、ルプスレフィアのそれを吸っていた

しかし、それは同時に彼女からいくつかの苦しみを取り除くためでもあった


次第に、ルプスレフィアが酸欠もあってか意識を失う


それを見ると、アビサルハートはベッドにルプスレフィアを寝かせ、荒れていたベッドを整える


「ルプスレフィア。 私が君に... その痛みを取り除くためにしてやれるのはこれくらいだ。 後は君自身が... 過去と向き合う必要がある。 だが、大丈夫だろう。 ...君は一人ではない。」


そう言い残し、アビサルハートは姿を消す

そこにあったのは、彼女が現れる前と変わらない──否、落ち着いた寝息を立てるルプスレフィアの姿だった






─翌朝



「シオンハート。 お前が何をしたのかは深く聞かないでおく。 だが...礼を言おう。」

「...そんなに何か変わったか?」

「見てみろ、分からないか?」


朝食の時間、セイバー拠点のカフェテリアで再びシオンハートとウィルクスは顔を合わせていた

シオンハートはそう促すウィルクスに会わせ、ルプスレフィアを見る

昨日までと何も変わらないように見えるが、よく目を凝らし... ヒトには見えない一種のオーラのようなものを見る


「...あー... なるほど? 言いたいことは理解した。 ...昨晩、何があったか知りたいか?」

「そうだな。 できれば報告書に纏めてくれると助かる。」

「じゃあ、後で作って送っておく。 ...対価の取り立てはそのうちするからな、ウィルクス。」

「覚悟の上さ、シオンハート。」


そう言うと、ウィルクスは手にしたカップのレモンティーを一口啜った

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