86: EP5-9 星と海
ん? このパターンは...
まさか、ちょっと待...ああもう!
対領域防護、展開、防疫プロトコル、起動!
西暦3020年6月1日、協定宇宙時12:00
|小惑星エリス近傍、CAU海軍組み立てプラント
有気ドック、艦隊ハンガーラウンジ
人でないが故に
──Side: 三人称視点
「...で? 私を呼び止めてまで話したいことってのはなんなんだ?」
2人はハンガーに併設された士官用ラウンジへと入室する
部屋には誰の姿もなかった
「ふむ... その前にシオンハート、お前は... 人払いは得意か?」
「ほう...?」
シオンハートがすっと目を細め、たった今入ってきたばかりの部屋のドアを振り返る
「なるほどな。 ...これでいいか?」
シオンハートが右手を上げ、ドアへと向ける
見た目には何も変わっていないが、シオンハートがそうウィルクスに問う
「...驚いた。 かなりの精度だな...」
「本来の私はこういう精神操作の方が得意なんだ。 ...そういうことだろう? 星の神。」
ウィルクスでなく、星の神と、シオンハートが言う
「あぁ、そうだな。 やはり話が早くて助かるよ。 ...まぁ、実はたいした話というか、聞きたいことがあるわけじゃない。」
「ここまでしておいてか? まぁいいさ、それで?」
シオンハートが先を促す
「まぁ、今更説明する必要はないだろうが、得てして我々神というものは見た目通りでないモノもよくいる。 お前はどっちなんだ、シオンハート?」
神妙な顔で何を聞かれるかと思っていたシオンハートが破顔する
「なんだそんなことだ。 身構えて損したな。 そうだな、私はそっち側だな。 これはあくまでヒトと接するための姿だ。 本体はちょっと... おっかないからな。」
シオンハートが普段しないような言い回しを交えつつ、そう返し、言葉を続ける
「逆に聞くが、そっちはどうなんだ、ウィルクス?」
「私か? 私はこの通りさ、シオンハート。 しかし、お前は違った、か。」
「まぁな。 所構わず誰彼発狂させたら厄介だろう?」
「...あ、あぁ、そうだな。」
ウィルクスが若干引いたような顔をする
「...ん? あぁ、そうか。 なぁウィルクス、ライトニングストライクの報告に奇妙なものが混じっていたのを覚えていないか?」
「奇妙? ...奇妙か...」
ウィルクスが瞼を閉じ、考え込む
そして何かを思い出したかのように頷くと、瞼を開け、シオンハートに向き直る
「あれか? 正体不明の何かに襲撃され壊滅していたとかいうESFの...」
「そうだ、ウィルクス。」
「...まさか... お前の仕業だったのか?」
「ご名答。 いや、実際のところは私じゃないんだがな。 歩哨のESF兵をちょっとそそのかして...な。」
シオンハートが自身の右手の掌を見つめる
「...はぁ、中々に実力行使するタイプだな、やはり...」
「使える手段はなるべく使うものだろう、ウィルクス。 まぁ、一応あれは私としても不本意というか、やりすぎだったとは思ってるさ。 反省も後悔もする必要はないとは思うが、一応な。」
ウィルクスがその発言に呆れたような顔をしつつ、ふと表情を正す
「...待ってくれ、シオンハート。 今思ったんだが...」
「ん? 何か変な事でもあったか?」
「いや... お前、海の神というより... まさか、深海、か?」
「...」
シオンハートは表情を変えない
否、その瞳から一切の感情が抜け落ちている
「おい、シオンハート、何か言ったら...!?」
ウィルクスがそう言いかけ、突如として背後に感じた気配に反応する
眼前のシオンハートを見ると、顎でウィルクスの背後を指すように顔を動かしている
相変わらず、表情は変わらない
ウィルクスが悪寒を感じつつも、背後を恐る恐る振り返る
「...こ、これは...」
ウィルクスが振り向いた部屋の奥
そこは先ほどまでのラウンジとは様相が一変していた
部屋の天井と壁は途中から空間に溶けるように消え去り、床はいつの間にか地続きの砂地へと変わっている
よく見れば、そこはどうやら海岸のような場所だが、明かりひとつなく暗い
いや、よく見れば小さな星明りらしきものは見えるが、それは周囲を照らすにはあまりにも弱々しすぎる
「おい、シオンハート、これはどうい...」
シオンハートに問いただそうと、ウィルクスがそちらを振り向く
しかしそこにシオンハートの姿はない
それどころか、ラウンジそのものがいつの間にか消失し、ウィルクスは1人、暗闇の海岸にいた
これはマズイ、ウィルクスの直感がそう告げる
ウィルクスはすかさず推測する
恐らくは、シオンハート、あるいはその本性である何かが空間をどこかと繋げたのだろうが、その兆候が一切察知できなかった
そして、いつの間にか自身を隔離してみせたのだ
「...早まったか。」
そう呟くウィルクス
自身がそうであるからして分かることだが、神という存在には誰しも隠している秘密が大いにあるものだ
詳しくは分からないが、これはシオンハートの逆鱗に触れたと言うことだろうか?
「まぁ、そう焦るな、ウィルクス。」
「! ...どこだ?」
どこからかシオンハートらしき声が響く
暗い周囲に目を凝らす
少し離れた波打ち際、いつの間にか、石造りの東屋らしきものがあるのが見える
そこに置かれた1つの木造りのテーブル
そして2つのどこか古めかしい装丁の施された同じく木造りの椅子
その片方に、その人影はいた
「...シオンハート? いや...」
置かれた家具達と同じように、どこか古めかしい印象を受ける装束に身を包み、所々に深い海のような色が混じった肩より少し上まで伸ばした黒髪
見たことはある顔つきだと言うのに、見慣れない深い海のような瞳
まだ距離はあるというのに、ウィルクスにはその全てがしっかりと認識できた
一目でそれがなんであるかを理解する
それが、この空間の主であるという事実を
意を決し、ウィルクスはその何者かへと歩み寄る
東屋に近づくと、テーブルの上に置かれているものへと目が行く
どうやらティーカップのようで、湯気が立ち上っている
1つはその人影の手の内にあり、もう1つは対面の椅子の前へと置かれている
「あー... ウィルクスは何が好きだったか? 紅茶か? コーヒーか? それとも...」
「...レモンティーはあるか?」
「喜んで。」
そう言ってその人影は手にしたカップを口へと近づけ、中身を飲む
そして、カップをソーサーに戻し、テーブルへと置く
「...まぁ、落ち着かないだろうが、とりあえず座ってくれ、ウィルクス。 大丈夫さ、取って食ったりはしない... さすがに神を取って食うのは手間も何もかかりすぎるしな。」
ウィルクスがその言葉に警戒しつつも一度少しだけ気を緩める
すると、打ち寄せる波の音が自然と耳に入る
引き続き警戒しつつも、東屋の下へと入り、椅子へと着く
「...まー... いきなりこんなところに連れてきた私も悪いんだけどな。 まぁ、特に何かしようってわけじゃない。 ...うん? あぁ、そうだよな。」
「なるほどな... これがあなたの本性というわけか、深海の神。」
「そう。 ステラ、か。 良い名前だな、星の神さん。」
ウィルクスが、星の神ステラが目を見張る
その名前は話したことがないはずだ、と
「そう驚くなって。 ここは私の領域だ。 まぁ、余計なちょっかいかけられることも多いからここにはあんまり来ないんだがな。」
ステラの表情に、その何者かはそう反応する
「まぁ、とはいえ、お前と私の仲だ。 一方的に知るのも悪いな。 改めて挨拶しよう、ステラ。 私はルルイエ・オルカ・アビサルハート。 推測の通り、深海の神さ。」
「アビサル、ハート。」
古めかしい、狩装束に身を包んだ深海の狩人
星の神の前に、今、その深海の神はいた
ステラは、奇妙な重圧に押しつぶされそうになっていた
どういうわけか、眼前の神を直視できないのだ
その様子を見抜いたのか、アビサルハートが言葉を紡ぐ
「ん-、まぁ、その様子だと... ま、私を前にして正気でいられるのはやはり神だしな。 そうだな... ヒトの表現を使うなら... うーん、なんだろうな...」
アビサルハートが顎に手を当て、考え込む
そうだ、と手を打つと、更に言葉を続ける
「あれだ、30面ぐらいあるダイスを...10回そこら振って、合計で270以上を出すぐらいには難しい。」
いつの間にかテーブルの上には言葉通りの30面からなるダイスが10個置かれている
よく見ると、その目は1から30のものだけでなく1から15が2通り書いてあるようなものまである
見る者が見れば、酷いイカサマだと言うだろう
それにステラが気づくと、アビサルハートが笑う
そして言葉を続ける
「ああ、嘘は言ってないぞ? 30面は確かにあるさ。 だが、出目が1から30である必要なんてないだろ?」
「ヒトは、いや、ヒトに限らずそれはイカサマというものなんじゃないの?」
「そうかもな。 だが、少なくとも、限定的な場においては私がルールだ。 ステラ、お前だって分かってるだろう?」
「...そうね。 神は領域の中であれば、絶対的。」
少しだけ気の和らいだステラは、目前に置かれたレモンティーを口へ運ぶ
口をつける瞬間、警戒したものの、どう分析してもそれに罠はなかった
味におかしなところもない
それどころか、自分の好みにあまりにも合致するものだった
それが故に、一体眼前の神にどれほどのことを知られてしまったのか、という考えがステラの頭から離れない
アビサルハートが笑みを止め、表情を締める
「ステラ、お前のほうがどういうものなのかを私はよく知らない。 当たり前だけどな。 だが、こちらに限って言えば、深海の神にもいくつかグレード...まぁ、グレード、だな、そういうものがある。 大きく分けてしまえば、上級神、中級神、下級神だ。 あぁ、深海に問わず、私が知る限りならどこもそうなんだが... まぁお前のほうを聞きたいわけじゃない。 私はその中でも上級神の1人、という話がしたいだけだ。 ...訳あって、奴らとは距離を置いているんだがな。」
「訳?」
「聞きたいか?」
「いえ... いい。」
「そうか。」
アビサルハートがどこからか取り出したクッキーのようなものを齧る
「...あぁ、何か食べるか? 言ってくれれば大抵なんでも出せるが。」
「今は... いい。」
それよりも早くここから出たい、というのがステラの本音だった
ここは自身の正気すらをも疑うような空間だ
「あー... さすがにちょっとアレか。 そろそろスノーにクレームを入れられそうな雰囲気だ。 この『玉座』をアイツの世界に繋ぎ続けるのはお互いに負担が大きすぎるし、気を抜けば深海につけいる隙を許すことになる。 勝手に連れてきておいて悪いが、そろそろ戻るとしよう。 ...ウィルクス。」
アビサルハートは意識して呼び名を変える
神が名を使い分けるのには大抵意味があるものだ
「...そうだな、シオンハート。」
ウィルクスのその言葉がきっかけとなったかのように、世界は反転する
あるべき場所へと、戻っていく
遠くの海に、何か大きなモノが動く様子が見える
ウィルクスがあえて大仰な動きで瞼を閉じ、再び開いた時、そこはつい先ほどまでいたラウンジだった
目前にいるシオンハートも、瞳の色はいつも通りの黒いものだ
「ま、お前とは少しぐらい秘密を共有してもいいと思ってたしな。」
そう言って、シオンハートはいたずらっぽく笑って見せた




