82: EP5-5 救済の名を持つモノ
...救済、か。
そんなものは人それぞれだ。
...私にとっての救済かい?
...なんだろうね。
既に人の括りから逸脱した私に、そんなものはあるのかな?
...ま、それは...
西暦3020年5月17日、協定宇宙時09:00
海王星近傍、海王星近傍コロニー002
セイバー連隊司令部、指揮官執務室
古き記録に、隠された過去がある
──Side: 三人称視点
「お、悪いなシオンハート、呼びつけて。」
「構わないさ、特に用事もなかったしな。 それで? わざわざ呼びつけてまで見せたいものってのはなんだ、サイラス?」
サイラスの執務室で、2人が会話する
部屋の中央のテーブル、そこに据えられたソファに、サイラスの対面になるようにシオンハートが座る
「ライトニングストライクで正規軍がESF軌道エレベータブラボー西部にあった基地を発見したのは前に話したよな。」
「あぁ。 大量破壊兵器...核融合爆弾が研究されていた基地のことだろう?」
「そうだ。 あそこについて、正規軍とセイバーが合同で追加調査をしたんだ。 まぁ玉石混交様々なものがあったんだが...」
「だが?」
もったいぶるような言い方のサイラスにシオンハートが先を促す
「そう急かすなって、シオンハート。 これだ、見てくれ。」
「なになに...」
サイラスがテーブルにシオンハートのほうを向けデータパッドを置く
そこに表示された内容にシオンハートが目を通す
「...INS...サルベーション?」
シオンハートがそう声に出して読み上げる
「あぁ。 INS...Imperial Navy Shipの略だそうだが、ご存じの通り、Imperial、つまり帝国なんて概念はとうの昔に滅びて久しい... あるとすれば、黄金時代かそれ以前の歴史書の中程度だろうな。 事実、俺だって詳しくどういうものだったかは知らないが...」
「だがこの形状、どう見ても航宙艦だな。 ...つまり?」
シオンハートが表示されている艦船の概略図や外観図に目を走らせながら問う
「順を追って説明するさ。 まず、このデータは相当古いらしい。 何せデータ形式がそのままでは解読できなかったらしいからな。」
「ふむ...」
「まぁそれはいいとして... 解読の終わったデータには3つの艦船に関するデータがあった。 1つがこのINSサルベーション。 残り2つがINSエクソダスとINSニルヴァーナだ。 どれも同型で艦名のみが違うようだ。 データによればこれらは...エクソダス級恒星間航行船と呼ばれる船らしい。」
「恒星間航行船?」
「あぁ。 データの詳細から、これらが黄金時代の艦船であることも分かった。 つまり、だ。 これらエクソダス級ISSは黄金時代、太陽系を出て外宇宙探査を行うために作られた、というわけらしい。 別名、恒星間移民船、とも言ったらしいが。」
「...にしては何か変だな。 エクソダス級という名前もそうだが、ニルヴァーナ...はともかく、サルベーションも、だ。 エクソダス、それにサルベーション。 脱出と救済、だろう? やけに悲壮な雰囲気というか...」
言われてみればそれもそうだ
輝かしいまでの発展を遂げたはずの黄金時代に建造された艦船にしては、そういう雰囲気のネーミングとも思えない
「...まぁ、確かにそうだな。 データは破損があって、詳細なタイムスタンプは確認できなかったが... これらは黄金時代でもその末期...太陽系大戦時代に建造されたらしい。」
「なぁ、サイラス...つまり...」
「そういうことだろうな。 恒星間移民船... つまり、外宇宙探査などではなく、荒廃しゆく太陽系を捨て、外宇宙へと脱出するための船だったんだろう。 知っての通り、太陽系大戦でそれ以前のデータや技術はほとんど失われた。 だから何も確実なことは言えないが... それでも、この推測はそう遠くないはずだ。」
「だろうな。 ...ところでサイラス、そんな昔話をして一体何になるって言うんだ? 見たところ、これが新たな技術革新に繋がるとかいうわけではなさそうだが。」
事実、提示されている資料に有用そうなものはない
もちろん、歴史的資料としてはかなり有用なものではあるのだが
「だからそう急くなって。 まぁ、ここまでは前提知識だ。 本当に重要なのはここからなんだ、シオンハート。」
「もったいぶらないでくれ、サイラス。」
「悪い悪い。 じゃあ本題だ。 あの基地から回収できたデータにはこれに関係するものがもう1つあった。 黄金時代の通信ログだ。」
「通信ログ?」
「あぁ。 データ元は太陽系最外縁にあった恒星間通信衛星。 ようするに人類が太陽系外に進出した場合に備えて用意されていたものらしいんだが。」
「ふむ。 ...つまり?」
再びシオンハートが先を促す
「ここにINSエクソダス、サルベーション、ニルヴァーナとの通信履歴が残っていた。 これもタイムスタンプが破損していて正確な日時は不明だけどな。 まぁそれは置いといて... エクソダス、ニルヴァーナについてはそれぞれカイパーベルト付近で消息を絶っている。 恐らくは何らかのトラブル...あるいは襲撃に合うなどして、沈んだんだろう。 だが、サルベーションだけは違った。 衛星との最後の通信ログはこうだ。」
サイラスがデータパッドにそれを表示する
『こちらはINSサルベーション、大日本帝国海軍所属の恒星間移民船だ。 これより我々は太陽の重力圏を脱出し、外宇宙へ向かう。 もしこれを聞いている者がいるのなら、幸運と無事を祈る。 どうか人類の未来に幸多からんことを。 繰り返す、こちらはINSサルベーション、大日本帝国海軍所属の──』
「...なぁ、サイラス。 この...その...なんだ、情報量が多くてどこから話せば...」
あまり長くはない通信ログの、あまりにも多すぎる情報量にシオンハートが狼狽える
「そうだな... まずこの...大日本帝国海軍所属、というところだが、これはどうやら太陽系大戦以前に存在した国家の海軍、ということらしい。 いくつかの歴史資料に同じ国名が出ている。」
「なるほどな。 だからINS、か。」
「そういうことだな、まさに帝国海軍艦ということだ。 で...太陽重力圏を脱出ということは...だ。 太陽から約1.58光年、天文単位にして10万AU先にある境界をこのサルベーションは越えた、ということになる。 当時のジャンプドライブやワープドライブは現在のものとは比べ物にならないほど高性能なはずだ。 例え10万AUもの距離があっても到達不可能ではないとは考えている。」
「つまり...サルベーションは太陽系を脱出し、今もどこかにいるかもしれない、と?」
「いや、さすがにそれは厳しいだろう。 何せ最低でも数百年前の話だ。 いくら黄金時代の技術でも...」
「おいサイラス、忘れたとは言わせないぞ、キュリオシティの事は。」
サイラスを言葉を遮るようにシオンハートがそう告げる
「...そうか、黄金時代以前の探査機がいくら保存環境が良かったとはいえ現存しているんだったな...」
「...黄金時代に太陽系を脱出した人類の子孫が今もこの宇宙のどこかにいるかもしれない...か。 確かにそれはわざわざ呼びつけられて来たかいがあったかもしれないな。 」
「...厳しいことを言うようなら、いくら黄金時代のものとはいえ1つの船だけで彼らがどれだけ生き延びられたのかは不明というところだな... だが、もし彼らが今もどこかで生きているというのなら、是非会ってみたいものだな...」
「...確かにそれもそうだな。」
いつの間にかシオンハートの前には湯気の立つコーヒーが入ったカップが置かれており、それをシオンハートが手に取り、口に運ぶ
はて、つい今までこんなものなかったような...というサイラスの疑問をよそに、シオンハートはその中味を啜る
シオンハートはカップを置くと、ふとソファから立ち上がり部屋の窓へと近づく
そして、サイラスに聞こえないように呟く
「...まさか...サルベーションが生き延びていたかも...なんてな...」
と




