81: EP5-4 『Code:R』 寒空に香る硝煙:Ⅲ
もぐもぐ...もぐ...ん?
また...私に届け物だって? なになに...?
...なんだいこの段ボール箱。
ちょっとブラック君、封を開けてくれ。
...待ってくれ、なんだいこれ...
山ほどのMSCのクーポン?
...ほんっ...とうにLは何を考えてるか分からなくなってきたよ...
ブラック君、送り返して... え? いつの間にか荷積み場に置かれてたって?
はぁ...
コロニー協定連合体 "CAU"
西暦3020年5月19日[STC]
協定宇宙時00:06
木星近傍宙域、木星圏廃棄コロニー群057
『ジャレッドは外から観測を続けてくれ。他はリグに続け。』
エンスウェンからの指示が飛ぶや否や、即座にクランツがスラスターを噴かす。
『各員聞こえたか?大隊長に続いて突入する!ジーナ、爆発物は?』
『おう!直進型とクラスター、全弾装填済みだ。』
『クラスターは使いすぎるなよ!更地になっちまったら調査もクソもねぇんだ!』
セルジオの言は半ばヤジだが、至って正当な主張だ
忘れてはならないが、これはあくまで調査なのだ
最も、賊を再起不能なまでに叩いておけば、その調査を繰り返す必要も無いのだが
『その心配はアタシじゃなくて大隊長とあんたの腕にしときな。あの武装、ありゃ市街地が消し飛ぶぞ。』
『素直に喜んでいいものなのかねぇ...』
カンペアドールの右腕部の拡張機関砲の破壊力は、ジーナの機体の爆発物よりも遥かに高い
それは機体の2/3以上のサイズの拡張パーツを見れば明らかだろう
いくら低重力下とはいえ、普通の機体では重心が右に寄りすぎるあまり、通常機動すらままならないだろう
極限まで高められたカンペアドールのスラスター出力と、それを御し得るリグ・マルコシアスだからこそ扱える武装なのだ
そして、それを設計してみせたのは、紛れもないセルジオ本人なのだ
『こちらジャレッド、観測位置に付いた。 早速だが、エネルギー反応からして防衛機構もまだ動いている。 幸い、大隊長がぶち開けた大穴が配線をいくらか飛ばしたのか、お陰でエネルギー供給率は60%ってところだろう... が、注意してくれ。』
『損傷込みで60%? 一体どこからそんなエネルギーを得ているんでしょうか。』
『それを解明するのが俺達の、というか俺の仕事だ。 それより見ろ、大隊長がもう目の前だが... もう始めてるな。』
クランツら部隊一向が先に突入したリグに合流した時には、戦闘は既に始まっていた
既にカンペアドールの周囲のビル群は半ば崩壊しているが、二機のネアス・アドニスがカンペアドールを取り囲んでいる
『あー... ありゃ終わったな...』
セルジオの憂慮をよそに、カンペアドールの正面に立つアドニスがライフルを突きだす
『軍のお偉方がわざわざこんなところに来るのはご苦労な事だが、ハリボテを押し倒すための重機で来るとは畏れいったな。 せめて拳くらい──』
お喋りが好きなアドニスのパイロットは、何が起きたのか理解する事も出来なかった
カンペアドールの凶悪なサイドスラスターが爆炎を放ち、左腕部の機関砲の盾が轟音を立ててアドニスの鉄の機体をスクラップの墓標へと変えて見せた
『...!?』
もう一機のパイロットも何が起きたのか理解する時間も与えられなかった
墓標と化した機体をスタビライザー代わりに、そのままカンペアドールから三発の機関砲弾が放たれ、アドニスは衝撃により大きく後退し...
『ぐああっ... 左腕部認識無し!? 馬鹿な!』
その異常なまでの破壊力により、アドニスの左腕は吹き飛んでいた
だが不幸中の幸いか、初弾の強烈な衝撃によって、コックピットのある胴部の大破は免れていた
『クソッ! 化け物が!』
残った右腕によって緩慢な動きでライフルをカンペアドールへと向け直した
カンペアドールの脚部は反動によって残骸に埋もれている
今しかない──
『させるかぁっ!』
半ば怒号のような声を響かせたジーナの機体から放たれた直進ミサイルは、しかし空中で熟れきった果実のように吹き飛んび、アドニスの銃口がカンペアドールのコアを捉えた
『CIWS!? 何故だよ!』
『問題無しだ!』
ジーナの嘆きを掻き消すかのように、もう一つの叫びが無線に走ると同時に、アドニスのライフルから放たれた凶弾は、しかしカンペアドールに蹴りあげられた残骸によって打ち砕かれ
『ば──』
怨嗟の嘆きを上げきる前に、失った右腕の接合部からコックピットごと杭の如き弾丸に貫かれ、砕けたビルの土煙の中へと消えていった
『危うく間一髪だったぞ、お手柄だな。』
『...なるほど、ジャレッドか。 だが、この距離からだと...?』
『舐めてもらっちゃあ困りますよ、副長。 安全地帯から狙って外してちゃあ、笑い者にもなりゃあしません。』
軽くジャレッドは笑ってみせたが、クランツの驚愕は最もだ
彼がいるのはこのコロニーの外で、射撃窓となる内部への通用口も、突入の為に開けた大穴だけだ
そこから数十km先の低重力下環境の目標の、1m四方にも満たない部位を撃ち抜いたのだ
『...まぁ、大隊長はあのままでも問題無く切り抜けたとは思うけどな。』
『さぁ、どうだかな。』
リグはジャレッドに軽く笑いを返すと、すぐさま前進しつつ戦場の表情へと立ち戻った
『ジーナ、CIWSは?』
『あぁ、ここから視認できたので3機、多分まだまだあるが、全部外に付いてた奴を置き直した奴だ。 市街中央まで行けば射程外だろうが、調査の邪魔だ。』
『なら、ロビンとセルジオに内部防衛設備の破壊を頼む。 ジャレッドは引き続き外から支援を頼む。 二人をサポートしてくれ。』
『変わり無く、ね。 エネルギー反応の位置を観測して指示を飛ばす。 二人共、大丈夫か?』
『了解だ! 頼らせてもらうぜ。』
『同じく、了解しました。』
ロビンとセルジオの機体がターンし、内壁へと向かっていく
『ジーナとクランツは俺に続け。 オルグの指示に従って、敵戦力を殲滅する。』
『ようやく今回の本目標だ、張り切っていけ。 前進しろ!目標に接近次第近距離陣形を展開する!』
西暦3020年4月20日[STC]
協定宇宙時14:23
水星近傍宙域、旧ESF工業ステーション『クラニアム』
数日ぶりに大型船用のドックが開いた
入ってくるのはいつも... 長細い円筒形をした旧型の輸送船だ
「やっと新しいのが届いたぜ、ほら、搬入口開けとけ。」
同期は軽く首の脂汗を拭いながら、自分の隣に無造作に転がされた丸椅子に腰掛けた
管制パネルで搬入口を開けるだけというのは決して難しいものでは無いが、彼にやらせるのは嫌だった
汗と機械の油でパネルが汚れると、掃除するのは決まって自分なのだ
「あぁ、何機だ?」
「知らねぇよ、向こうさんの収穫次第だろうが、見た感じ... 8機~10機ってところか。」
彼の声はやや不満げだったが、気付かないふりをした
「それだけあれば足りるだろうな。」
「馬鹿野郎! あの10倍は欲しい所だよ ...ったく、蓄えてる分全部寄越せばそれくらいあるだろうに...」
「彼らにも必要だって話だろう... 第一、そんなに数があっても意味は無いだろう。 建造している物だって一機なんだ。」
「お前は現場を見てから言えよ。 第一これはお前の親父のプロジェクトだろ。 なんだってそう頑なに手伝わねぇんだよ。」
今このステーションでは、自分の親父が新プロジェクトと称して、出資と依頼を受けて重機のようなものを建造しているのだが、それに必要なエンジンの納品が遅れている
エンジニアのトップは熱核融合エンジンを使えと叫んでいるが、親父に言わせれば、依頼者の要望では"力不足なエンジン"に変わるものを望んでいるとして、提案を蹴っていた
「生憎、あんまり乗り気じゃあないんだ。 正直地球の歓楽街が恋しいよ。 それにこんなこそこそ隠れて、あんな謎のクライアントの出資にすがって...」
「馬鹿言うなよ。 じゃあお前は何だってここにいるんだ? 第一、この前のCAUの鼠を取っ捕まえたのもお前だろ?」
「まぁ、そうだがな...」
ポケットに入ったCAU製の通信機を取り出して、軽く持ち上げてみせた
これはどこにも繋がってくれないが、自分にとってトロフィーのようなものだ
確かに数週前、このステーション付近で小型船が発見された
船はクローキングしていたが、搬入されているエンジンの耐久試験の事故が起きた際に、何らかの余波が発生したのか、クローキングが解除された
そしてその時自分が管制を執っていたため、その場で小型船を捕縛、パイロットを捕らえた際、所持品からCAUのスパイと判明した
そしてその際、回収品の中にあった通信機を自分のものにした
当初こそ困惑したものの、当の親父はあまりこのスパイに興味が無かったが、当然ながら周囲の軍人達と意見の相違が発生したため、意見が纏まるまで空いた適当な宿舎を牢として放っておくとし、生体ロックがかかりっぱなしのこの通信機を褒章代わりとしたのだ
最も、今も意見が纏まらず、処遇も決まらないため、今頃牢で飢えているかもしれないが...
ただ、奇妙だったのは、ここのトップである親父が、その件をESFの本部に連絡しなかった事だ
そもそも、親父とその周りが奇妙なのだ
自分たちは今ここで何が作られているのかも知らず、親父とその周りの軍人たちに雇われている形になる
それでもエンジニアたちが逃げ出したりしないのは、払われる報酬の額の桁が地球の職場よりも1つ多いからだろう
ただ、これじゃあまるで、地球から隠れているような──
頭に浮かんだ疑念は、しかし同期の嫌味に掻き消された
「自慢はいいが、お前はここの殆どの仕事をしてないってのを忘れるなよ。 じゃ、頑張ってくれ、管制塔さん。」
「はいはい...」
考えこんでいてしまったため特に気の効いた返しも浮かばず、同期が去っていった後のドアが閉まる音が部屋に木霊した
「...給料が良ければ何も疑わないのか...?」
ただ一人になった管制室の中、手で掲げた通信機を眺め、静かにひとりごちた
「だが、君は違う。 そうだな? ユーリ・カムラン。」
「─!?」
誰かが、弱々しい声が、後ろで自分を呼んでいる
いや、違う、誰かじゃない!
理性が理解と拒絶の二本の針を突き立てている
今、自分の後ろに
牢にいるはずの男がいる
「ああ、それは... 私の通信機か。」
そんなはずがない
臭気が鼻を突く
「...水ぐらい被せてくれてもよかっただろう? ...では...」
「...ッ─!?」
腕に冷たい感触が伝わり、節くれた指が肌に貼り付く
蛇に飲まれる蛙のような気分だった
だが─
─生体信号、識別しました。ロックを解除します。─
「...へ...?」
「君の... 役に立つだろう。」
何を言っている?
この男は何を言っている?
「私の船は... 4番のドックに放置されているはずだ... その通信機で...ロックを...解除できる。 君の...力になってくれる...だろう...」
眼前の扉の奥から足音が響く
「大型船のドックは... まだ...開いている...」
今度は正面から蛇に飲まれるのだろうか
「さぁ... 君の疑念を...晴らした...まえ。」
扉から光が射し込む
心臓の鼓動に合わせ汗が揺れる
「そいつは──!」
私の脚は鉄の床を嘶かせた
扉に立つ同期を蹴破った
自分の足音か、心臓の鼓動が、あるいは叫びに掻き消されて、何も聴こえない
聴くべきではない
ただ狂ったように、いや、狂って走っている自分だけがそこにいる、それだけしかわからなかった
─パイロットを認証、通常機能を解放─
─ファロ、あなたの帰還を歓迎します─




