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人機のアストライア  作者: 橘 雪
幕間Ⅲ

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77/129

77: EPI-8 Intermission-Ⅷ 幾千の身分の下で

彼女の歩みは図り切れるものではないだろう

黄金時代、ESF、CAU──宇宙の至るところ、あらゆる時代──あるいは、あらゆる次元に彼女の姿がある

誰にも理解できない目的の上を彼女は歩き続ける

彼女は何を思い、何を成そうとしているのだろうか?

30年前

地球(アース)、北米大陸、ESF首都ワシントンD.C.

ESF軍ワシントンD.C.基地、兵装研究所



ESF軍兵装開発の拠点、その総本山たるD.C.基地の兵装研究所

その一角の部屋に一組の男女の姿があった

部屋の入口には『次世代型バトルワーカー開発部門』の表示が掲げられている


「ちょっと部長! また徹夜ですか!?」


見たところまだ20代も前半といったところの若い雰囲気の男が部屋の奥で書類に埋もれる人物に話しかける


「ん? あぁ、誰かと思えば我らが設計課長くんじゃないか。 いやはや、もうちょっとでいいものが思いつきそうなんだよ。」


そう返しながら書類の山から出てきた部長と呼ばれた女はショートヘアの黒髪、それに黒の瞳、2メートルはあろうかという長身の人物だ

歳は20代後半というところに見える

着ている白衣は当然、その身長に合わせてとても丈が長い


「いいかい? ここまでの設計思想を受け継ぐかどうかという議論なんだが、あえてそれを捨てるのもいいんじゃないかと思い始めたんだ。 つまりだよ、こんなのはどうだと思う?」


そう言って部長は書類の山からどうやってか取り出したデータパッドを見せる

よく考えるとなんでもデータパッド上で済ませればいいはずなのだが、どういうわけかこの部長は物理的な書類を好んでいる

それでいて、本当に重要なものはデータパッド上にあるというのだから、よく分からないものである


「ええと、なんですって? 機体フレームを1つに統一化? その上で増設装備を使って機能細分化を? これ効率的なんだかどうなんだか分からなくないです?」

「うーん? まぁそう言われてみればそうな気もするけどねぇ。 でもほら、機種転換訓練が省けるっていう利点はあるよ。 物は結局予算さえつければどうにでもなるけども、人の訓練ってのはそれ以上に金がかかる上に確実性もない。 だったら、今までのように様々な機体を作るよりも、1つの機体になんでもできるような方向性のほうがいいと思うんだよね。 ま、ほら、次世代型汎用機の設計、ってのが上の注文だしね。」


データパッドに表示された画像には簡素なバトルワーカーフレームが表示されており、その各部にアタッチメント・ハードポイントを設けるという考えが記されていた

背部に搭載する大型砲や、腰部に接続する補助脚、腕部に搭載するシールドと、アタッチメントの案も同時に添付されていた


設計課長がそれを見ている横で、部長は一人コーヒーを淹れる

とはいっても、ドリップパックに市販の粉を入れただけの簡単なものではあるようだ


「はい、君の分も淹れておいたよ。 あれ、なんか... ん? これいつものじゃないな。 間違ったか?」


元のテーブルへと戻り、さっと書類を整理し、そこにコーヒーを置く

そして一口、コーヒーを口に含み、飲み込んだ部長がそんなことを言いながら棚に戻る


「あれ、やっぱりだ。 産地が違う。 誰が持ってきたんだろ。」


ガサガサと音を立てながら部長が棚の中を整理する

奥のほうから目当てのものを見つけると、棚の前へと移動させる


「まぁいいか、たまには気分転換になるし。」

「気分転換というか... 部長、さすがに身体ぐらいは労わってくださいよ。 皆心配してるんですよ? 目を離すとすぐに無茶するって。」

「そんな無理してる自覚はないんだけどなぁ。 まぁ、ありがたく受け取っておくよ。」


右手にコーヒーの入ったカップを持ちながら、ひらひらと左手を振り部長が答える


「まったく... ま、それはそうと確かに設計上、そういう利点はありますね。 他にも資材調達の一本化や、製造ラインの一本化など、コスト上の利点はないわけではなさそうです。 事実、検討に入れるべきですね。」

「だろう? 君なら分かってくれると思ってたよ。」

「はぁ、全く部長はいつもそうですよね。 あらゆる方面について説得しやすい材料をしれっと作って交渉を有利する。 どうやったらそんなのが身に着くんです?」

「んー... 長年の勘?」

「長年って... 部長と僕、ほんの数歳しか離れてないじゃないですか。」

「あはは、それもそうか。」


部長が再びコーヒーを口へ運ぶ


「しかし、新型機か。 まさか私達の時代にそんなものが出ようとするなんてね。」

「ですね。 成功すれば歴史に名を残せますよ、部長?」

「そう上手くいくものでもないさ。 とはいえ、最大限努力してみる価値はある。」


部長はそう自信に満ちた表情で答える

少なくとも、上手くいくものでもない、という言葉は本心ではなさそうだ


「どっちにしろ... 1年2年で成果が出るものではないよ。 予算も決して多いわけではないしね。」

「まぁ、不足はしていないのが救いですよ。 資材不足なんて嫌ですからね。」

「まったくその通りだね。 さて、私は午後からの会議に間に合うようにこれを詰めてしまうとするよ。 君は...」

「あ、でしたら手伝いますよ、部長。 こっちも今のところは手が空いてますから。」

「おお、じゃあ頼むよ、人手はあって困るものじゃあないからね。 あ、その前に...」


部長が立ち上がる


「その前に?」

「売店行ってなんか買ってくる。 昨日の夜からなんも食べてないんだよね。」


えへ、と部長が笑う


「...あの、部長。 もう少し...」

「あはは、言わなくてもいいさ、分かってるよ。」


そう言って部長は白衣を翻しながら部屋を出ていく

何かと思い出したように、一瞬部屋の中を振り返った部長の胸元に見えた写真入りの名札には『エル・シオンハート』の文字が刻まれていた

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