56: EP4-IM 21年前─偶然
21年前
CAU領、冥王星近傍宙域
偶発的な艦船多重事故現場
「船長! 気密違反です! 衝突箇所に破孔が!」
「隔壁下げろ! 主要ブロックを守れ!」
「今やって... え?」
「どうした?」
「そ、そんな、船長、遠隔システムが応答しません!」
「手動操作はどうなってる?」
「ま...間に合いません!」
─民間客船『プルートクルーズ』艦橋から回収された事故直後の艦橋のボイスレコーダー音声記録
21年前
CAU領、冥王星近傍宙域
セイバー第一艦隊
セイバー第一艦隊旗艦のブリッジ、艦隊長席にはショートヘアの黒髪、それに黒い瞳の女が座っていた
「艦隊長、どうぞ。」
「あぁ、ありがとう。 ...土星のかい?」
「えぇ。 昨日の補給で入荷したんです。」
艦隊長と呼ばれた彼女は、副官から渡されたティーカップを顔へと近づけ、香りを味わう
「...いい香りだ。 君の入れた紅茶はいつもいい。」
「ありがとうございます、艦隊長。」
頂くよ、と艦隊長が言い、一口啜る
「うん。 この味はいつ飲んでも好きだ。 ありがとう、下がってくれ。」
「はい。 ではまた何かありましたら。」
「まぁ、何もないとは思うがな。 ここしばらく、この宙域は平和だ。 最近はウィルクスのいる木星方面が忙しいらしくてな...」
「木星ですか?」
立ち去ろうとしていた副官が立ち止まり、艦隊長へと向き直る
「あぁ。 3日前にもウィルクスと話したが、いつにも増して海賊の動きが活発だそうだ。 忙しくてたまらないとぼやいていたよ。」
遠くにいるであろう戦友の顔を脳裏に浮かべているのか、艦隊長は遠くを仰ぎ見るように頭を動かし、そして目を閉じる
「あぁ、引き留めたようになって悪かったな。」
「いえ。 それでは失礼します。」
艦隊長が副官に詫び、副官がその場を離れる
「...このまま何もなく家に帰れれば御の字なんだがな... 何か...妙な胸騒ぎがするな。 またスノーの奴が何かやらかそうとでも... ん?」
嫌な予感が的中した、そんな表情を浮かべた艦隊長が手元のコンソールにある通信パネル─しかも緊急通信を表す状態─を開く
「私だ。 司令部、何があった?」
モニターに映った通信には、見慣れたセイバー司令部の通信担当官が映る
『あぁ、艦隊長。 緊急事態です。 つい先ほど、冥王星近傍のD-7中継ステーション付近で複数の艦船が絡む事故が起きたそうです。 事故の規模が大きく、現地の救難隊だけでは手が回らないでいるそうで、正規軍、及びセイバーの稼働可能な部隊に緊急の救難要請が出ました。』
「なるほど、分かった。 どうせ一番近い艦隊が私らなんだろう?」
『さすが艦隊長、仰る通りです。 向かっていただけますか?』
艦隊長が姿勢を正し、椅子に座りなおす
「もちろんだ、座標を送れ。」
2分後、艦隊は指定座標へとワープドライブによる移動を開始した
21年前
CAU領、冥王星近傍宙域
偶発的な艦船多重事故現場
『D-7ステーション交通管制、こちらセイバー第一艦隊、聞こえるか?』
ステーション付近へとワープアウトしたセイバー第一艦隊は、早速と言わんばかりに艦隊長自ら状況を確認に動く
『こちらD-7交通管制、貴官らの救援に感謝する。 状況はこれを見てくれ。』
艦隊長の元にステーション交通管制から映像が送られる
『民間客船のプルートクルーズ、それに商船のカラフルゴールドが最初に衝突事故を起こし、そこに複数の艦船が巻き込まれた。 衝突されたプルートクルーズとは8分前を最後に通信が途絶えている。』
映像にはいくつかの注釈が編集で加えられている
『救難隊の初期突入によると、プルートクルーズは船内の気密が失われていて、無酸素状態だそうだ。 こちらとしても人員が圧倒的に足りていない。』
『了解した。 こちらの人員を派遣し、救助に当たらせる。 経費は後で纏めて請求しておく。』
『了解だ。 二次災害にだけは十分警戒してくれ。 通信終了。』
通信が終わるなり、艦隊長は動く
『5分で支度する。 戦術科、全艦へ通達。 陸戦隊と輸送機を全て航空甲板に集めておけ。』
『了解、艦隊長。』
─セイバー第一艦隊旗艦『マリエル』航空甲板
『準備はいいか海兵共!』
『ウーラー!』
全身を余すことなく防護するスーツに身を包んだ兵士達が続々と輸送機へと乗り込んでいく
「! サー、艦隊長。」
「甲板長、準備はどうなっている?」
他の兵士達と同じようにスーツを着込んだ艦隊長が甲板長に確認を取る
「まもなく第一陣が発艦します。 ...艦隊長も?」
「あぁ。 何だか妙な胸騒ぎがしてな。 1席用意してほしい。」
「ただいま、艦隊長。 ...ファルコン8、発艦シークエンスを一時中断してくれ。 艦隊長が同乗する。 艦隊長、どうぞ。」
「ありがとう甲板長。」
艦隊長が手にしていたヘルメットを被りしっかりと酸素が供給されているのを確認し、輸送機のほうへと向かっていく
既に航空甲板の側面ハッチは解放され、薄く形成されたエネルギーシールドの外側は空気の存在しない宇宙空間になっている
次第に輸送機が飛び立ち、シールドを超え宇宙へと飛び出していく
平時の軍隊というものはこういうもの...いや、この世界の軍隊というものは結局こういうものなのだ
ありていに言うのならば、便利屋だろう
─客船『プルートクルーズ』上部ランディングパッド
最も損傷が大きく、既に通信の途絶えた『プルートクルーズ』にセイバー第一艦隊の輸送機が次々と到着する
『ヘッドマムより各隊、連携を取りつつ捜索を行え。 二次災害には十分に警戒し、要救助者発見の際は可能であれば救助し、必要な場合は応援を呼べ。』
ヘッドマム─艦隊長のコールサイン─が自身も突入の準備を整えつつ号令を飛ばす
『見たところ、脱出艇はほぼ全てが手つかずだ。 となると諸君らなら言わずとも分かるだろうが、ほぼ全ての乗員、それに乗客が取り残されているか... 犠牲になったものと推測できる。 事前に確認はしてあるが、船体左舷前方側に大きな破孔がある。 ここから船内の空気が全て漏れだしたのだろう。 よって、破孔より遠い位置から捜索する。 空気がなくなるまで多少の猶予はあったはずだ。 見取り図によれば、ちょうど船体右舷後方に大型の緊急シェルターがあったようだ。 ここを目標とし、周辺を捜索する。』
艦隊長がスーツの左腕に装着した端末を操作し、兵士達が被るヘルメットのバイザーに船内の見取り図などの情報を転送していく
『もう猶予はない。 各隊、順次突入を開始しろ。』
そう結んだ艦隊長も、1人船内へと続く扉をくぐる
電力が失われ、照明のない暗い船内を、次々と兵士達がヘルメットに装備したライトを頼りに進んでいく
空気のない船内で、音は伝わらない
しかし、物体を伝わる振動は別だ
生存者の痕跡がないかをゆっくり、そして確実に探していく
しかし、瞬間的に事態が悪化したこの事故に、希望は薄かった
いや、なかった
『ヘッドマム、こちらベータ2-1。 右舷後方のシェルターに到達したが、中は...誰もいない。 ここまでに...何人も...見た。』
『ベータ2-1、ありがとう。 ...他を探してくれ。 各隊へ、こちらヘッドマム。 ベータ2-1によると、右舷後方シェルターには誰もいない。 それぞれ、船室などの捜索を継続してくれ。』
上がってくる報告はどれも悪いものばかりだった
誰一人として、生存者を発見できないまま時間が過ぎていく
艦隊長も船内をあちらこちらへと移動するも、結果は変わらない
偶然、部隊コールサイン、イプシロン6と合流した艦隊長は行動を共にする
『艦隊長、やはりこれは...』
『考えたくはないが...』
全滅したか、その言葉を口にはせずに、胸の中にしまい込む
『つい先ほどの報告だが、ブリッジもダメだったそうだ。 気密は維持されていたが、酸素が持たなかったらしい。』
『そうですか...』
イプシロン6の隊員達の表情は暗い
『...ん? 艦隊長、あれは?』
『なんだ?』
イプシロン6と艦隊長が進む廊下の先、右側の船室から淡い光が漏れている
電力のないはずの船内で、生きている明かりがある
まさか、と艦隊長は先を急ぐ
『...これは...』
船室の扉をくぐった先で、艦隊長は信じられないものを目にした
『,,,』
部屋の中には既に息絶えた若い夫婦と思わしき遺体と...その女性が腕の中に抱え込んだ淡い光を放つ何かが見える
『イプシロン6、要救助者だ。』
『まさか?』
艦隊長が冷たくなった遺体に近づき、その腕をそっと開く
既に死後硬直で硬くなっていた身体からそれを取るのには若干苦労するも、目的を達成する
『...幼子か... まだ生きている。』
酸素の維持された小型の生命ポッドの中で、その小さな命は、しかしてしっかりと生きていた
『...マズイ。』
ふとポッドの表示を見ていた艦隊長がそう呟く
表示されていたいくつかの情報のうち、ポッドの中の酸素残量を表す表示は、残り3分しか残っていないことを示していた
ここから酸素のある船まで戻るのはどう頑張っても20分はかかる
間に合わない、それが一番最初に頭をよぎったことだった
『...イプシロン、少し...後ろを向いていてくれ。 それから、今から見ること、聞くことは全て忘れろ。 誰かに言えばお前達のキャリアはここで終わりだ。 いいな?』
何かを決意したような顔で艦隊長がイプシロン6の隊員達に話す
『...わ、分かりました。 艦隊長。』
隊長が代表してそれに同意する
隊員達が全員背を向けたのを確認した艦隊長は、意を決してそれを行う
自身のヘルメットに、背に背負った酸素タンクから繋がるチューブを外し、ポッドにある接続口に繋ぐ
すると、すぐにポッドの表示が変わっていき、酸素の残量は数時間以上は余裕で持つ状態になった
イプシロン6の隊員達は背後で艦隊長が何か動いているのを感じつつも、命令を守っていたために、その常識外れの行動を見ることはなかった
当然だ
あらゆる生物は基本的に、酸素がなくては生存できない
だが、今この艦隊長は、その当然をまるで知らないかのような行動を取っていた
『...よし、いいぞ。 この子を船に連れて帰ろう。 こんな惨劇に巻き込まれるとはかわいそうにな...』
ポッドの中で小さな寝息を立てるその幼子の様子に、艦隊長はそっとポッドを撫でる
『艦隊長、持ちだせるものは持ちだしましょう。 この子が誰なのか分からなくなっては...』
『そうだな。 許可する。 この...あー、多分、両親の身分証明の類があるはずだ。 それがあれば戸籍問い合わせと乗船記録で特定できる。』
隊員達が部屋に散乱する荷物を開けて何かないかと探す
『...んー、えっと... あ、ありました!』
『よくやった。 回収してくれ。』
隊員が見つけたものをスーツのポーチに収納する
『よし、艦隊長、脱出しましょう。』
『分かった、イプシロン6-1。』
遺体にそっと手を合わせ、部屋を後にする隊員達
そして、艦隊長はこの時は気づかなかったが、これが後にとある出会いの原因となったのだ
─事故の2日後
海王星近傍宙域、NPC002
セイバー連隊司令部、カフェテリア
「...はぁ。」
「どうしたんですか艦隊長。 溜息なんかついて。」
「いや...な。」
セイバー連隊司令部、そのカフェテリアの一角で、艦隊長とその副官は話していた
「結局、あの事故、プルートクルーズの生存者は1人だった。」
「...艦隊長が救助したあの子だけ、ですか?」
「そうだ。 恐らくはほぼ全員が即死だろう。 シェルターに退避する暇すらなかったんだ。」
艦隊長の口調は重い
それが自身の責任でないことは分かっていながらも、やはり救助に当たった者としては思うところがあるのだろう
「ここしらばくで一番酷い事故になったな。 こんなことを言うべきじゃあないんだろうが、プルートクルーズの運航元は廃業だろうな。」
「でしょうね。 報道でもずっと大騒ぎですよ。 さっき、乗船記録の一覧が公式に公開されました。」
「...全く、虚しい記録だな。 犠牲者名簿の間違いになってしまっているわけだ。」
「えぇ、その通りです、悲しいことに。」
会話が途切れ、重苦しい時間が流れる
まぁ、と艦隊長が話し始める
「あの子はちゃんと身元は特定できたんだろう。」
「はい。 艦隊長、それにイプシロン6が持ち帰った情報にちゃんと戸籍情報を特定するものがありました。 ええと...」
副官が手にしたタブレットを操作する
「ありました。 木星圏のコロニーの...JPC102に住所があります。 名前は...ルイナ・ルプスレフィア。」
「ルプスレフィア? あのルプスレフィアか?」
「ですね。 ランディー・ルプスレフィアの一人娘です。」
有名人すらも死んだか、そう艦隊長が呟き、続ける
「騒ぎはまだ大きくなりそうだな... まぁ... これ以上は私達が踏み込むことでもないんだが。」
艦隊長がすっかり冷めてしまったコーヒーを口に運ぶ
「...さて、仕事に戻るか。」
「ですね、艦隊長。」
腰かけていたソファから艦隊長と副官が立ち上がり、歩き出す
それでもどことなく、首から『エル・シオンハート』と書かれたネームプレートを下げたその艦隊長の、足取りはやはり重かった
─6年前
海王星近傍宙域、NPC002
セイバー連隊司令部、指揮官執務室
「シオンハート、話は聞いたか?」
「ん?」
セイバー連隊司令部、サイラスの執務室でシオンハートはタブレット片手にコーヒーを飲んでいた
「ほら、今年の正規軍の新人に凄いパイロットがいるって話だ。」
「あぁ... シミュレータの模擬戦で新人トップどころか教官を2、3人叩きのめしたって話の、か?」
「そうだ。 ただその新人の記録を見てたんだが... 凄い経歴があるみたいでな?」
サイラスがデスクに備え付けられた端末のホロキーボードを操作する
「何でも、15年前に事故で両親を亡くし、それから軍の保護施設で育った奴らしい。 しかもまだ16歳の少女だ。」
「16歳? ...まだ遊びたい盛りの時期だろう?」
「まぁ...それはそうかもしれないが。」
どうやらカップに入ったコーヒーを飲み干したらしいシオンハートが部屋の壁際にあるコーヒーマシンに近づきながらそう返す
「...ん? 15年前? 16歳?」
「どうしたんだ?」
サイラスが怪訝な顔をしたシオンハートに問う
「...なぁ、サイラス。 その...新人、名前は?」
「名前か? ええと... あぁ、これだ。」
サイラスがタブレットに向けていた目線をシオンハートに戻す
「ルイナ・ルプスレフィアって言うらしい。」




