57: EP4-7 スプリングストーム
...あぁもう、厄介だ。
だが、まだ手を出すには早い。
まだ、手に余るんだ。
コロニー協定連合体 "CAU"
オペレーションストームライダー
3日目
西暦3020年3月26日[STC]
協定宇宙時20:00、火星新太平洋西時間11:00
火星地表、新太平洋西部
嵐は全てを平等に飲み込む
人類の技術は結局のところ、それを抑え込むことはできなかった
──Side: 3人称視点
『全く凄い雨だ。 そっちは大丈夫か、ルプスレフィア?』
『うん、大丈夫だよ、シオンハート。』
『ならよかった。』
ついにセイバー連隊一行をスプリングストームが襲った
艦隊からの最後の情報によれば、この嵐は向こう1週間は続く予報だそうだ
そして、現時点で艦隊との通信は不通になっている
『雨か...そういえば...』
ふとシオンハートはルプスレフィアとはじめて会った─正確には2回目なのだが─日のことを思い出す
思えば、あの日も雨だったな、と
CAUのコロニーはそれぞれ、惑星上の環境を再現するために人工的に天候を制御している
─はじめまして、シオンハート特務准将。 私は、ルイナ・ルプスレフィアといいます。 これからよろしくお願いします!
CAU軍の人間、あるいはセイバーの人間として最初に会った時はそんな口調だったな、とシオンハートは続けて思い出す
それから、気づけば一瞬と言っていいほどのうちに第2大隊の大隊長を務めるほどの実力を見せたのだ、と
『しかし... こう視界が悪いと奇襲が怖いな。』
『レーダーも微妙に調子が悪いし... 何もなければいいんだけど。』
ルプスレフィアが不安そうな声で呟く
艦隊からの偵察情報がない今、頼りになるのは随伴する支援機の広域レーダーだけだった
『ホーク1-1よりガートル、こちらに向かって移動中の敵バトルワーカー部隊を確認した。 敵影は12、2分隊規模だ。』
『了解した、迂回できそうか?』
『厳しそうだ。 そちらの位置に向かっているようにも思える。 あまり距離もない。 データを送る。』
『...分かった。 交戦に備える。 そちらは引き続き発見されないように偵察に当たってくれ。』
『了解した、ガートル。 ホーク1-1通信終了。』
先行して徒歩で偵察を行う部隊からの通信が入る
送られてきたデータを元にシオンハートが思慮する
前方には奥を見通すことはできない森が広がっている
このまま進めば、その森の中で交戦することにもなりそうだ、と計算する
『ガートルより全ユニットへ、こちらに接近中の敵部隊を確認した。 遭遇に備え、ここで待ち伏せを行う。 各隊はこちらの指示通りに展開しろ。』
シオンハートが周辺の地形データなどから最適な部隊展開を計算し、指示する
少しして指示通りの展開を始めるセイバー部隊を見ながら、シオンハートは機体を振り返らせる
そこには部隊から離れた位置で大型のスナイパーライフルを構える機体が見えていた
『...まぁ、使えるものは何でも使わないとな、スノー。』
そして、そう誰にも聞こえないように呟いた
『なんだあれ!? アイツだけ動きが違いすぎる!』
『各機散開! 距離を撮って囲め!』
20分後、予想通りESFバトルワーカー隊と遭遇したセイバー部隊は混乱の最中にあった
凡そ、バトルワーカーがしてはいけない動きをする敵機がいたのだ
バトルワーカーサイズ基準で言えば小型のツインダガーを武器に、時に地を駆け、時に宙を舞い、時に身を捩り躱す
まるで生身の人間がするような動きをする、奇妙な敵だ
『なんて推力だ、重力下で飛び上がるなんて。』
見るに、スラスター出力と、脚部の組み合わせで飛び上がっているようだが、そんな無茶なことができるバトルワーカーはどうにも信じられない
余程頑丈な部品と、変態じみた機体バランス調整の成せる技だろうと推測できた
それでいて、腕部もパワーも凄まじいようで、俊敏な動きで詰め寄ったかと思えば、一撃でコックピットを貫いて見せる
交戦から既に10分、少なくない被害をセイバー部隊は出していた
『...仕方ない、私が出るか。』
戦場を後方から俯瞰していたシオンハートは、そのあまりの被害に自ら手を打つ決断をする
その時だった
『いくら俊敏でも上からならがら空きのはずだ!』
『なっ... ローランド!?』
セイバー部隊が包囲した敵機の上空から、見慣れた機影が飛び掛かった
刃と刃同士が激突する
重力を伴って落下するその機体と互角に打ち合ったその機体は、勢いのままにお互いに距離を取る
『エリソン、言わずとも分かっているでしょうが...』
「もちろんだ、俺らと同じ動きができる機体なんて、正気じゃない。 あんな動きをして中身がシェイクにならないほうがまずおかしい。」
自分のことは棚に上げながらローランドがディケに返す
姿勢を互いに整え直す間に、ローランドは手にしていた刃の長いソードから、背負っていた短いソードへと持ち変える
「ずっと見てたが、動きの俊敏さ、それに柔軟さは見たことがないレベルだ。 ディケ、この機体で追いつけるか?」
『余裕です。 目算ですが、全体的な出力でもこちらが上のはずです。』
「ならいい。 やるぞ、ディケ。」
『了解。』
ローランドが──ライブラが地を蹴り、瞬時、スラスターを頼りに距離を詰める
敵機がそれに対し、一切の油断の見えない構えを取る
そして、再びその刃同士が激突する
互いの出力の限界まで押し合う勝負、それに競り勝ったのは...
ライブラだった
ライブラが勢いのままに押しきり、敵機を大きく弾き飛ばす
「...いや、違うな。」
『ですね。 逃げられました。』
違う
敵は押しきられたわけではない
その前に、自分で飛んだのだ
『いやすげぇな、なんだお前?』
近接通信、目の前の機体からだ
「そりゃどうも。 そっちこそなんなんだ、その機体?」
軽口には軽口で、そういった具合にローランドが敵パイロットに応える
『そりゃ自慢の機体さ!』
回答になっていない、それがローランドの率直な感想だったが、よく考えずとも自らの手の内をさらけ出すような馬鹿は戦場にはいないだろう
それから、一度、二度と互いにその刃をぶつけ合う
確かにディケの言う通り、機体の性能差で言えばライブラのが勝っているのだろう
しかし、何かがその差を埋めている
当たった、と思ってもその機体は身を屈める、逸らす、捩るといったやはり人間らしい動きで攻撃を避ける
あるいは、避けられないものは的確にツインダガーで弾く、と生身の格闘戦すらをも思わせる動きだ
『ローランド! 大丈夫か?』
「准将、ちょっと...待ってください!」
指揮に専念しているのか、シオンハートは常に味方の後ろから動いていなかった
『...妙ですね、これほどの動きができる相手だと言うのに... まさか?』
『ディケ、どうかしたのか?』
通信越しにディケの呟きを聞いたシオンハートが問う
『いえ... この敵の目的は... 時間稼ぎ?』
言われてみれば、目前の敵はずっと回避や防御一方で、ライブラに攻撃を仕掛けようというつもりが見えない
またその一方で、ライブラの攻撃は当たらないにしろ、当たるにしろ、有効打はない
『...なるほどな、道理で少数の敵の割に粘ると思った。 決死隊か、仲間を逃がすための...』
全く、凄い忠誠心だな、という言葉をシオンハートは飲み込む
そして、だからと言って命を投げだすのももったいない、という感想を同時に抱く
『あるいは、こちらが部隊を分散しているのを知られているのか?』
『どうでしょうね...』
しかし、とシオンハートが前置き続ける
『ならば、押し通るまでだ。』
シオンハートが一歩前へ、マリエルを進める
『さて、仕方ない。 私が... ん?』
微かな違和感、奇妙な感覚
『私のこと忘れてない? シオンハート?』
『クロノスッ!』
『まぁ、なんて言うの? ほら、私だって不必要にスノーってのを刺激したいわけじゃない。 でもこれも仕事なんだよね、面倒なことに。』
色褪せた世界、止まった時間、その中でクロノスが言葉通り面倒そうに呟く
『分かりやすいな。 私が動けばお前も動く、そう言いたいわけだな?』
『ま、そういうこと。』
上手いな、とシオンハートは思う
元より自身が関わることにあの少女の皮を被った何かは不必要に干渉しない
それが必要だとは思っていないからだ
それを、目の前の堕天使は利用している
クロノスは自身の機体、フェリシアを歩かせながら続ける
『てなわけで、ちょっと無茶してこんなことさせてもらったけども... どうする?』
声でしか通信は繋がっていないが、クロノスの口調はその態度がおどけているものだということがよく分かる
『ま、どっちにしろまたやりあう時は来るか。 その時までお預けにしとこう。』
『可能なら...ないことを祈っておこう...』
フェリシアの姿が消える
次第に、色は戻り、時は動き出す
『...勝てないと分かって、何故来るんだ?』
ふと正面に向き直る
『ん?』
『っち、そろそろ時間か。』
「時間?」
ふと通信越しに聞こえた敵の声にローランドが聞き返す
『あぁいや、なんでもねぇ。 CAUの、中々楽しかったぞ。』
『...! ローランド、避けて!』
声を出すより先にローランドはその場を飛びのく
『...敵の増援!? どこから...』
「狙撃だ、姿が見えない。 ...レーダーにも反応がない?」
雨の中、視界がいいとは言えないものの、機体に搭載されたレーダーが妨害されるようなものではない
機体を動かしながら、ライブラが身を隠せる岩の裏に隠れる
そこからちらりと向こう側を覗き見る
先ほどの敵機が向こうに見える森のほうへと消えていく姿が見える
「この位置で狙撃されない、敵の逃げる向き... やはりスナイパーはあの森の中か。」
進行方向上にある森
その中にスナイパーが隠れているなら、この雨と相まって発見は困難を極めるだろう
周りを見れば、既に味方も全員何かしらの障害物の陰に隠れている
『やられたな... これが目的だったか。』
時間稼ぎ、足止め、それが貴重な時間を稼ぐ、奪う
『はぁ... 仕方ない。 こちらも粘るとするか...』
面倒だ、という気すら隠さず、シオンハートは溜息をついた




