110: EP6-16 艦隊決戦: 例え人でなくても
無制限に力を振るえば確かに楽はできるかもしれないよ。
でも、一度踏み越えてしまった線は、どうやっても戻れないんだ。
覆水盆に... って言うだろう?
...そういう意味では、時々シオンハートのことが羨ましくなるよ、ブラック君。
オペレーションシージアース
1日目
西暦3020年12月5日[STC]
協定宇宙時16:52
地球の衛星、月、ルナ・ゲートウェイ・ステーション上空、艦隊交戦宙域
──Side: 三人称視点
シルバースピア第1艦隊旗艦『スピアヘッド』ブリッヂ──
「第7分艦隊、通信ロスト。 後方の第5艦隊所属の機動艦隊より入電、支援を求めています。」
「──第5分艦隊は?」
「確認します...」
距離5キロ
超至近距離での攻撃戦に、確実に損害は増えていた
「第5分艦隊、移動可能です。」
「海軍第5の支援に回せ。 ...少し待て、第1大隊に繋ぐ...」
ブリッヂの自身の席で、カエデは常に数手先を考えようとしていた
「スピアハンドルより第1大隊へ。 エル、聞こえてるか?」
『どうしたレン?』
「こちらの前方... この座標だ。 この位置にいるESF巡洋艦級に圧力をかけられるか? 第5分艦隊が海軍の支援に回る。」
『了解した。 その位置なら... うーん、少し都合が悪いな。 ...ん? オーケー、ディケ、そういうことならお前とローランドで当たってくれ。 よし、大丈夫だレン、ライブラを回す。』
「圧力をかけるじゃ済まさなそうだな、了解した。」
『他には?』
「いや大丈夫だ。」
『了解だ。 また何かあれば呼んでくれ。』
戦況は刻一刻と変わり続ける
ましてや、ここは戦場の最前線、息つく暇すらない
シオンハートとの通信が終了するや否や、カエデは別のモニタへと目を向ける
「シールド残量は...45%か。」
新型艦『アルビオン』の誇るシールドシステムは十分な強度だ
旗艦として更に強化されているこの艦は、ここまで最前線で戦い続けているが、その装甲にはまだ傷はついていない
とはいえ、シールドシステムは常にリアクターから電力供給を受け、強度を維持している
当然、時間単位で供給できる量には限りがあり、少しずつシールドの強度は落ちつつあり、それが半分を切ったという事実にカエデの顔色は優れない
「さすがに艦隊の消耗が激しい。 もう少しで一度引くべきか...?」
少なくともこの戦線においてはスピアヘッド艦隊が最前線を受け持つことで、かなりの優位を保っている
もちろん、代償にそのスピアヘッド艦隊の損耗速度は彼らの練度、装備をもってしても相当なものとなっていた
既に少なくない数の落伍艦が出ている
「...いや、ダメだな。 今ここのラインを失うわけにはいかない。 ...ここを超えさえすれば、ESF艦隊の脅威は大きく減少する...」
時に司令官は非情な決断を迫られるものだ
目標の為、勝利の為に、何を犠牲にするのか、と
一瞬思考の海に沈みかけたカエデを、ブリッヂのクルーが彼を呼ぶ声で引き戻す
「艦隊長! こちらへの複数のターゲットロックを確認、スポッターに狙われています!」
「回避運動! いくらアルビオンのシステムでもあまりにも多くの直撃は──」
カエデはそこまで言いかけた時、間違いなく何かが艦体を揺さぶるのを感じ、そして──
シルバースピア第2艦隊旗艦『スピアハンドル』ブリッヂ──
「ウィルクス艦隊長!」
「どうした急に...」
「スピアヘッドが被弾! こちらからの呼びかけに応答しません!」
「...他の状況は?」
「スピアヘッド第1分艦隊へ繋ぎます。 ...モニターへ。」
ウィルクスは努めて冷静に振る舞おうとしたが、どうしても動揺は隠せないものだ
もちろん、こうなることを覚悟していないわけではない
だが、それでも感情を揺さぶられるのは事実だ
「スピアハンドル指揮官よりスピアヘッド第1分艦隊へ。 状況は把握できているか?」
『ウィルクス艦隊長、恐らくはそちらと同じ状況だ... 現在こちらもスピアヘッドと通信が取れていない。 ...少なくとも船体がバラバラになっているというわけではないのは確認できたが、シールドシステム、それに航行系もダウンしている。 恐らくは機関を持っていかれたか...』
「了解した。 ...指揮系統は?」
『手筈通りこちらが引き継ぐ。 既に統合システム下で本艦隊を再編中だ。』
その言葉を聞いて、ウィルクスは安堵と共に、言語化の難しい感情を抱く
今はその感情に浸っている場合ではない、そう自分を律して前を向く
「...手筈通り、頼む。 もう一押しだ、決して無駄にしてやるな。」
それだけ言い切り、状況を再度認識しようと、ウィルクスは座席にしっかりと座り直す
「...行くしかないさ。」
それだけ呟いて、余計なことは考えないように
「...スノーは苦い顔をするだろうな。 手を加えたら面白くない、と。 だが、たまには我儘ぐらい言わせてもらうぞ。」
カエデは朦朧とする意識の中、聞き覚えのある声に目を覚ます
「...はぁ、設計に関わってないとこうも把握に時間がかかるか。 仕方ない、ええと...よし。」
眼前にいるのは誰だ?
カエデはまだ霞む視界の中、目を凝らす
「基本的な設計意匠は私がやったランティッヒと変わってないんだな、そこはちゃんと維持されていて何よりだ。 とはいえ... 新規システム系統を組み込むのにさすがに大がかりに手を加えては... まぁ、それもそうか...」
次第にその輪郭が明らかになる
「エジタイト粒子加速炉。 一体誰の入れ知恵だ? まさか...グローリアか? アイツならやりかねない。 あの独創性と...一種の遵法精神の欠如がなければ彼女が副局長にまでのし上がることはなかっただろうしな。 ...ああ、それもそうか、アイヴァン-グローリア・エジタイト粒子加速炉の理論設計はアイツだったか... 待てよ、そうなるとグレイス-アイヴァン・術式変換炉は一体... エルフィンストーンか?」
どうやら壁際でしゃがみこんでいたらしいその人物は立ち上がると、近くにあるコンソールを操作し始める
カエデはその様子を見ながら、痛む頭に耐えながら体を何とか動かそうとする
「システム掌握。 ...あー...? リアクターが3つも持っていかれたか。 それに艦内の電力ルートに推進系のエジタイトチューブも。 さすがに面倒だな.. どれ、ちょっとズルさせてもらうか... こことここを繋いで... 待てよ、ヘリングに前に作らせておいた奴があったような... 」
腕が折れただろうか?
動かすだけで激痛が走る左腕をかばいながら、何とかカエデは上体を起こす
見ると、その人物は黒い髪をしていて──
「お、行けそうだな... やっぱりこの手のを作らせたらリタの右に出るものはいないな。 今度また会ってくるか... よし、電力ルートもエジタイトチューブもバイパスできたな... 後は... 通信システムはアレイごと持ってかれたか、さすがにどうしようもないな、まぁ逆に都合がいい...か? ああ、とりあえず生命維持システムをオンラインに...」
そうだよな、エルはいつも一般的な設計のデスクやコンソールに苦労していて... エル?
「リアクター、オンライン。 生命維持システム、オンライン。 火器管制システム、オンライン。 推進モジュール、オンライン。 シールドシステム、オンライン。 ...機関室はさすがにダメか。 ブラストシールド、外殻緊急パネル作動。 後で可能な限り回収してやらなくっちゃな...」
この場にいるはずがない人物の姿をようやく見えるようになった目で捉え、カエデは訝しむ
声を出そうとするが、息が詰まり上手く音にできない
「とりあえずアマテラスの陰まで戻せればこちらのものだ。 ...はぁ、戦場伝説になるな、仕方ないが... まぁ、時にはこういうものも必要だな。 ...安心しろ、私の愛した男だ、こんなところで死なせるわけにはいかない。」
シオンハートは変わらずコンソールに目線を向けたまま、自身の背後に横になっているであろう人物へと言葉を投げかける
彼女はカエデが起き上がっていることには気づいていないようで、それは安心させるための声かけというよりも、恐らくは本心なのだろう
「...ユーリプテルスに見られたら何て言うだろうな? 『あまり1人に入れ込みすぎるなよ、アビサルハート。』ってところか。 ふっ... いや、もう何度も言われてるしな... よし、最低限のシステムは全部復旧できたな... 行動開始だ。」
再び遠のく意識の中、カエデは間違いなく自身の『船』が動き始めるのを感じていた
シルバースピア第3艦隊旗艦『スピアヒルト』ブリッヂ──
「どうなっている...?」
ウィルクスから連絡があった、そして自身でも確認した
『スピアヘッド』は航行不能、あるいは撃破された、と
だからこそ、エンスウェンは目の前の光景が信じられなかった
戦闘を続ける中、エンスウェンは常にスピアヘッドに気を配っていた
もし生存者がいて、脱出を開始しているようだったら可能な限り救援を向かわせるつもりで、だ
しかし、だからこそ気づけたのだが、それは起きた
遠隔観測では恐らく機関に被弾し、そして漂流状態にあったスピアヘッドのスラスターが再びエジタイトの淡い紫色の光を放ち、動き始めたのだ
間違いなくシールドも機能しており、よく見れば無事だった砲塔も稼働している
未だ通信には応答しないが、それでもその船は再び動き出していた
艦体にはいくつも穴が開き、どう見ても無事で済んでいるはずがない
だと言うのに、それはまるで地獄からでも蘇ったかのように進み始めたのだ
「...ウィルクス、そちらはどうだ?」
『こちらからの通信にも以前応答はない。』
モニター越しのウィルクスの困惑に満ちた表情を見て、恐らくは自身も同じ顔なのだろうな、とエンスウェンは思う
『あの状況から独力で復旧できるとは思えない。 これを見ろ、エンスウェン。 機関部に大穴が開いている。 あれじゃEPARだって無事ではないだろう。』
ウィルクスがモニターに映した画像では確かにスピアヘッドの機関部付近の外殻が貫通し、艦内が見えている部分があった
「同意見だ。 あの艦は確かにセイバーでも随一の乗員揃いだ。 だが、物事には限度がある。 ...あれはその限度など、優に超えている。 いいや、超えすぎだ。」
『限度、か。 ...一つだけ思い当たる可能性がある。 分かるか?』
「...まさか?」
ウィルクスの少しだけ呆れを孕んだ表情にエンスウェンも同じ可能性に行き当たる
『全て終わったら聞いてみよう。 シオンハートに。』
「あの... トラベラーに、か。」
──後刻、アマテラス後方で力尽きるように静止していた『スピアヘッド』の救難に当たったCAU海軍救難艦のクルー曰く...
「──スピアヘッドの件です? あれは... 異常ですよ。 聞いてくださいよ、エンジニアが後から確認したんですが、艦内のパワーグリッドやエジタイトグリッド、その手のものは壊滅的です。 はっきり言いますよ? リアクターからスラスターに繋がる経路は全滅でした。 航行できるわけがないんです。 確かに直撃を受けたであろう機関室の人員は全滅でした。 隔壁が閉まる前に船外に投げ出されてしまった者も多いようですし。 ですが、損傷の少なかったエリアにいた人員は直接の外傷などによる例を除けば全員無事。 なんであの状態で生命維持システムが生きてるんです? 重力システムまで無事で、一体何人の隊員がエアロックで床に打ち付けられた、と? まさしく超常現象としか言いようがありません。 私は黄金時代の人間みたいな神だのなんだのというものには一切興味はありませんけど、彼らはこういうのを指して言っていたんじゃないですか? これぞまさしく『神の御業』だ、と。」




