104: EP6-10 撃滅、あるいは時間稼ぎ
なんだってこんな時に!
いや、どうやってかは分からないが連携を取られたんだろう。
ブラック君、分かってるとは思うが本部の防衛が最優先だ。
投入は一時中止、彼らの奮戦に期待する他ない!
オペレーションシージアース
1日目
西暦3020年12月5日[STC]
協定宇宙時15:00
地球の衛星、月、ルナ・ゲートウェイ・ステーション上空、艦隊交戦宙域
──Side: 三人称視点
『暴れまわってんのがいるってぇから来てみたが... こりゃすげぇな、なんて出力だ!』
マルコシアスからしてみれば、そちらこそ、というところだった
ネイヴィガーとライデン、それぞれが接敵するまでにはほんの少しの時間だけで十分だった
ぱっと見、動きがいいのは突出していたソーンダイクという男の『モリガン』と、その後ろを追う2機のバトルワーカーだった
その後ろの3機、その中でも最後尾から続く2機にはどこか動きの荒さが目立つようだった
ベテラン揃いのネイヴィガーなら苦戦するような相手ではないはずだったが、中々どうして、このソーンダイクという男はどうにかしている
そして、何よりの想定外が起きたのだ
『うわっ! とぉっ...』
『おいロビン油断するな! どこから来るか... ちっ!』
たった1機でグッドフェロウとファウストの2人を翻弄する白い機体
ハルバードをその手に、どこからともなく現れ、どこへともなく消えるそのバトルワーカー
シオンハートが大隊の指揮に追われる中、一瞬のその隙を突いて戦場へと現れた存在
この世ならざる堕天使、クロノスの駆るフェリシアだ
『なんだありゃ、当てても効いてる気がしねぇな...』
一瞬動きの止まったその機体に的確な狙撃を命中させたブロムヘッドがそう愚痴る
装甲に傷のついた様子さえ見えないのだ
現状、逆に言えば、マルコシアス、クランツ、そしてマーレイの3人で『モリガン』を含むライデン隊の6機を相手にできているほうが異常だった
事実上、マルコシアスが1人でソーンダイクの相手をしている以上、2人で5機を抑え込んでいるクランツとマーレイこそが一番おかしいのかもしれない
『全く、TBAを持ち込んでおいて正解だったよ。 クランツ副長、そっちは?』
『敵の隊長格と思わしき機体ともう1機動きがいいのがいるが、他はそこまで警戒しなくてもいい。 あの2機を見てみろ、もしかするとまだ新兵かもしれない。』
『ハッ、新兵を投入するしかないとはESFもここまで... いや、こっちも総力戦なのは同じか。 よし、TBA冷却完了、次弾を発射する!』
マーレイがそう言い、腰部から手に取った小型兵器を構え、射撃する
『...起動! よし、これで時間は稼げるさ。』
射出された投射物はマーレイの操作により紫色に輝き始めると、近くにいた2機のバトルワーカーをその場に繋ぎとめる
トラックバインドアンカーは以前にマーレイが試作し、グッドフェロウも試したことがある非正規の実験的兵器だ
射出されるダーツは高度な電子戦モジュールを内蔵しており、近くの敵バトルワーカーの動作系システムを一時的に制御下に置き、行動不能に陥らせることを目的に設計されたものだ
本来ならそこをそのまま撃破するのだが、今はそれで時間を稼ぐのが精一杯、というところだ
何せ敵は5機おり、それら全てに意識を割かなければいけないのだから、だ
しかし、それでもトラックバインドアンカーは十分な効果を発揮していた
『うわぁ! ま、またです! 助けてください!』
『クソッ、こっちもやられた、ハーネル!』
『分かっている! リヨン、グルーバー、援護に回れ!』
まだ若い兵士達3人を抱え、ハーネルは苦戦していた
数や戦力では有利なはずだった
いつもふらりとどこかへ行ってしまうクロノスですら今このタイミングで戻ってきたこともあり、いけるはずだった
だと言うのに、眼前の敵は強い
あまりにも強かった
主だって自分達が相手している2機はどちらもよくみる標準的なCAUバトルワーカー、ライラ・ジーナのはずだった
しかし、片や、最小限の動きで回避や攻撃を続ける明らかな手練れであろう機体
もう一方も、前者ほどではないものの洗練された動きに、次々と繰り出される見たこともないような妙な装備の数々を操る特殊な機体
事実、今ブルックリンとチェスターを行動不能に至らしめている謎の攻撃も先ほどから何度か使われているものの、有効な対処法を見いだせずにいた
『おい、クラウス、システム系はいけたか?』
『いや、さすがにな。』
『だよな。 何となく分かってきたが、操作系が応答しなくなってるだけだ。 分かってもどうしようもないが...』
ハーネルは眼前の敵が何を目的にしているのかが何となく分かっていた
恐らくは何かを待っているのだ、と
それがこの場に到着してしまえば、恐らく自分達に勝ち目はない
たった2機で自分達5機に時間稼ぎを行える相手だ
最悪の想定をするなら、もし今クロノスがどこかへ行ってしまえば、そちらで引き付けている3機がフリーになる
そうなれば数の上では互角
つまり、戦力では劣るだろう、と
特殊装備をした機体からの射撃を捌きつつ、反撃の糸口を探すハーネルだったが、その一瞬の隙を相手は見逃してくれなかった
もう1機の敵機が、ブレンダン・クランツの、ネイヴィガー副長の駆る機体が自身の相棒、ブルックリンの駆る機体に一気に肉薄するのが見える
特殊装備の機体、セルジオ・マーレイのそのバトルワーカーが自身を釘付けにしようとしているのがよく理解できる
手詰まり、それが痛いほど分かってしまった
できることはただ一つ
『エルマー!!!』
身を案じ、叫ぶことのみ
『させない!』
そこに割り込んだのはまだ若いが、それでも優秀な部下
ユウ・リヨンだった
彼の機体がクランツのバトルワーカーを蹴り飛ばしたのだ
『リ、リヨン!』
十分に加速した勢いのままの衝突はクランツ機を吹き飛ばすには十分すぎるほどだった
しかし、その代償に自身の機体も制御困難に陥る
『じ、自分なら大丈夫──』
そこを見逃さなかったのは、ネイヴィガーだった
『おやっさん! 許さねぇぞアホが!』
そう叫んだのはジャレット・ブロムヘッドであり、口ぶりとは裏腹のあまりにも冷静沈着、正確なその一撃がリヨンの機体を捉える
65mm弾という通常のバトルワーカー規格弾の1.5倍以上もの口径のそのスナイパーライフルの一撃は直撃すれば並みのバトルワーカーを一撃で沈黙させることも難しくはないそれが一直線に機体を貫く
しかし、それでもリヨンは諦めなかった
そして、それは偶然も相まって、奇跡を引き起こす
何とか姿勢制御しようと機体を動かした直後、65mm弾が直撃する
『───ッ!』
声にならない叫びを上げ、死を覚悟したリヨンであったが、直後、自身に何が起きたかを理解する
『リヨン、無事か!?』
『──右腕を持ってかれました! 自分は無事です!』
65mm弾は彼のバトルワーカーの右腕を直撃し、一撃で吹き飛ばした
しかし、それだけだった
何という幸運か、胴部に直撃していればコックピットないしリアクター、そういった重要部を一撃で破壊され、リヨンは今頃生きてはいなかっただろう
だが、それはあくまで幸運に過ぎない
戦力で勝る相手に、今こうやって大きなダメージを負うのはあまりにも痛手だ
それに、蹴り飛ばされていた敵機、クランツの機体も既に態勢を整えつつある
『リヨン、すまねぇ、助かった... クラウス、俺とチェスターの機体のシステムは復旧した。 もう大丈夫、だが...』
それ以上は言わない
状況は悪化する一方だった
そして、ハーネルが一番恐れていた事態が起きる
『あー... ハーネル少佐。 ごめん、ちょっと面倒なのが来た。』
クロノスからの通信だった
『クロノス?』
『あははー... 私を目の敵? にしてるのがいてさー。 ちょーっとそれに見つかっちゃってー... ごめん!』
咄嗟にレーダーを見る
確かに、いつの間にかもう1機CAUの識別信号を出しているバトルワーカーがこの場に存在していた
先ほどの混乱で気づかなかったのだろうか?
それはクロノスの機体へと急速に向かっているようだった
1人で3機を相手にできるようなパイロットがそれほどの評価をする相手とは一体?
『というわけで... 後よろしく! あっちは私がやっておくからさ!』
そうクロノスは言って、通信を切ってしまう
『エルマー。』
『分かってる、クラウス。』
これで数は互角だろう
『リヨン、グルーバー、チェスター。 互いの死角をカバーしろ。 撤退するぞ。』
『りょ、了解。』
ハーネルはちらりと別のモニターを見る
『...アレクシス、退けるか?』
1対1の激闘を繰り広げていた男、アレクシス・ソーンダイクのことを、彼は見た
『なぁアンタ、マルコシアスだったか。』
『なんだ、ソーンダイク。』
命のやり取りをしているはずだと言うのに、2人の間には奇妙な関係が出来上がりつつあった
『ちょっと前にな、変な奴にこんなことを聞かれたんだ。 この戦争の意味って何だと思う、ってな。』
目前の機体、モリガンが動きを止める
と言っても、少し前から緩慢な動きで回避一方だったその動きに続くこの行動に、マルコシアスは追撃する気になれなかった
もちろん、これが何らかの罠である可能性もあるからだ
事実、ローランドとの交戦では都度そういった戦法を取っていたことが分かってもいる
『意味、か。』
そして、難しい問いだった
闘うことの意味
ある種、自身の命題でもあった
『その変な奴は言ってたんだ。 もし、物語に誰も知らない黒幕がいて、登場人物はそれに踊らされているだけだったらどうするのかな、って。』
『何故今それを語る? この戦いもそうだと?』
『いや、知らねぇよ。 少なくともそんな小難しいことは俺にはどうでもいい。 でもよ、どういうわけか今になって妙に気になってな...』
『...あれのせいか?』
マルコシアスはあえて、自身の機体、カンペアドールで『あれ』を指差す
遠くに見える黒い箱型の存在
今もCAUの艦船を次々と撃沈せしめる存在
『ハッ、そうかもな。 確かにあれも俺は見た事ねぇ。 あんなもんがあるなら最初っから使ってりゃいい。 あれじゃまるで、脅かされて慌てて出てきた黒幕だ。』
マルコシアスにはソーンダイクがわざわざ黒幕という言葉を重ねたであろうことが理解できた
『ん? あー... ちょうどいいな。』
『何がだ?』
『撤退だとよ。 マルコシアス、アンタが話に乗ってくれるような奴で良かったよ。 お互い、生きてたらまた会おうぜ。 今度は敵じゃなくてよ。』
『...今日はそうしよう。 何だか分からんが乗り気にもならないことだからな...』
お互いに何かがおかしいのは分かっていた
どうして先ほどまでの敵意を今、ここまで抱けなくなっているのだろうか、と
だが、今はそれに従うことにしたのだ
両者は互いに警戒はしつつも距離を取り、次第に離脱し始める
『ああ。 それでいい。 それでいいんだ、マルコシアス。』
それを脇目に、シオンハートはそう呟き、目前の純白の機体を見つめる
『アビサルハート。』
『クロノス。 ...スノーに聞いたさ。 火遊びは程々にしておくんだな。』
シオンハートは通信モニタに映る天使を見つめながら言う
漆黒に輝く光輪を隠そうともしない様子にふとした笑いが出る
『火遊び、か。 うん、確かにそうかもね。 いい勉強になったよ。』
バツの悪そうな苦笑いで答えるクロノス
『それにウィルクス、いいや、ステラにもな。 お前と...お前達に事情があるのは理解した。 確かに神同士のやり取りとかそういうのは面倒なものさ、よく分かる。』
シオンハートはそう労うように答え、そして
「クロノス、もう止めにしないか?」
フェリシアの目前、そのハルバードに直接触れるかの如き場所に、彼女は現れる
古めかしい装束に身を包んだ青い瞳の狩人が、そこに浮かぶ
『はは、まぁそうしたいのも山々なんだけど... 一応契約って面倒でさ、分かるでしょ?』
「そうだな、私も何度もそういったものに苦しめられてきた。 色んなロクでもないものも見てきたさ。」
『まぁそこはお互い良く知ってること... ってなわけでさ。』
「そうだな、と言って見逃してやりたいところだが...」
『えっ?』
明確にクロノスは油断していた
「とりあえず、今はご退場願おう、堕天使よ。」
何か黒いものが自身を、フェリシアを包むのだけがクロノスが認識できたことだった
『シールドブースター、キャパシタ残量30%!』
『左舷第2シールド発振器の出力低下、応急処置を...』
『フォワードシールドを上げろ! ムラクモサブリアクターをリルート、補強するんだ!』
この宙域で今最も目立つ存在、アマテラスは集中砲火の最中にある
突如現れた謎の敵を前に、揺らぎながらも未だその堅城は健在であった
『全く手ひどくやられたな... ウィルクス、エンスウェン、無事か?』
『そちらこそ。 現在こちらもバトルワーカー隊を下がらせている。 ウィルクス、そっちはどうだ。』
『射程距離の優位が台無しだ、デイモスも本当に余計なことばかり...』
シルバースピアの面々も傷つきつつも、未だ戦いを続けていた
彼らも一旦後退し、集中的な防御戦術を取っていた
『サイラスもミッチェルも何も言ってこないが、ジャッジメントはどうしてるんだ?』
カエデが苛立ちつつそう言う
『分からないな。 デイモス艦隊の投入には反応するはずだったが...』
ウィルクスも困った顔をする他ないのが事実だ
『無いもの強請りを始めてはお終いだぞ、2人共。』
『エンスウェンの言う通りだな。 我々はやれることはやるだけだ。 なぁ、カエデ?』
『...ああ、全くだ。』
3人が3人、覚悟を決め、今ある眼前の脅威に立ち向かう
使える手札を使い切らずして何が司令官か
それが共通する思いだった




