103: EP6-9 オペレーションシージアース: ターニング・タイド
──
そうか。
...この予感は...なんなんだ?
オペレーションシージアース
1日目
西暦3020年12月5日[STC]
協定宇宙時14:40
地球の衛星、月、ルナ・ゲートウェイ・ステーション上空、艦隊交戦宙域
──Side: 三人称視点
「後退。 退却。 撤退。 それらは通常、そうするだけの余地があるからするものだ。 ...だが、今の彼らにそんな余地はない。」
だからこそ、最悪の可能性だけが不安を煽るのだ
そうウィルクスは思案する
「地球はESFの本拠地。 彼ら人類の母なる星。 ...だが、私...いや、奴らにとってはどうだ?」
ウィルクスは手元のモニターを操作し、自動化システムが纏めている戦況図を確認する
先ほどのアマテラスによる一撃以降、敵の圧力は更に減少し、現状ではCAU艦隊が少しずつESF艦隊を押し込みつつある
戦線は少しずつ地球の月へと近づいており、ただでさえ後のないESFを更に追い詰めていた
だからこそ、その可能性を考えずにいられないのだ
「...クロノスに助力を仰いでまで行ったこの計画。 奴らが...エリゴスがタダで手放すとは思えない。」
ESFの最後の作戦、シルバーライニングの正体が露見する数日前、久しぶりに自室を訪ねてきたクロノスとの会話をウィルクスは思い出していた
「...エリゴス、だと?」
「うん、そうだよ、ステラ。」
「...アリアだ。」
「あぁはいはい、そうだったね。 まあ、そんなことより...」
相変わらずセキュリティも何もあったものではないな、と呆れつつもウィルクスは彼女に応じていた
聞き捨てならない情報を吐いたからだ
ふてぶてしい態度のまま、クロノスが言葉を続ける
「エリゴス。 今回の雇い主。 いやほら、さすがにいくらなんでももう潮目も悪すぎるからね。 何かあったらアリア、スノーに取り次いでくれないかなってさ。」
「内容によるな。」
「取引ってやつだよ、アリア。 私は貴女と...それから、スノーが知りたいことならなんでも喋るからさ、見逃してくれないかなーって。」
「...続けろ。」
「そうこなくっちゃね、アリア。」
クロノスが笑う
少なくとも自身が面倒事を引き起こしたという自覚はあるようだが、とウィルクスは考える
「デイモス、だっけか。 ちょっとした取引の代わりに手を貸したんだけどさ... 思いのほか無計画だったんだよね、いざ蓋を開けたら... まぁそれでもいつの間にかESF内部で権力を得てるんだから無能じゃないんだろうけど... ともかく、エリゴスがリーダーで、その下にレライエ、オロバスってのがいる。 それが彼らのトップ3人。」
「ちょっと待て、クロノス。」
「ん?」
ウィルクスが何か手元の端末を確認した直後にした制止と同時に、部屋のドアのロックが解除され、何者かが部屋へと入ってくる
その姿を確認したクロノスはというと、まさしく『しまった』という表情をする
「ようやく会えたね、クロノス?」
青い瞳、白いツインテール、ノースリーブの迷彩服
「ス...スノー。 スノー・シトラス。」
「自己紹介の必要がないのは嬉しいよ。 さて、続けてくれ。 ようやくこの騒動の真相を知れそうだからね。」
クロノスが何を考えたかは分からないが、言えることがある
『逃げられそうにはないな』と考えていたのだろう
「...取引の内容は言えないけど、代償に私は彼らに力を貸した。 そして、彼らはこの世界を影から操ろうとした。」
「ちっ... やはり君のせいか、クロノス。 追えないからおかしいと思っていたんだ。」
スノーの悪態を隠そうともしない態度にクロノスは背中を冷たいものが伝ったような感触を覚えたようだった
「...確かにエリゴスやレライエ、オロバスはスノー、貴女には感づかれないように動いていたよ。 それは間違いない。」
「だろうね、連中の妨害プロトコルは悔しいが... 私の目をかいくぐることは不可能じゃない。 私のリソースにも限度はあるのさ。 特に、君みたいなのが現れてからは余計にね...」
いちいちトゲのある発言を繰り返すスノーは、明確にクロノスを敵視していた
「スノー、先に聞いておきたいんだけど。」
「何かな、クロノス?」
「...取引には応じてくれるの?」
「私も個人的に後で聞きたいことがあるからそれに応じてくれるならね。」
「...じゃ、交渉成立ってことで...」
そこでふと、ウィルクスの意識は現実へと引き戻される
『スピアハンドル、ウィルクスへ。』
「カエデか... どうした?」
シルバースピア、スピアヘッドことカエデからの通信だった
『敵艦隊が全体的に下がり始めた。 戦線を縮小して守りを固めるつもりだろうが...』
「...そうならいいんだがな。」
『何か懸念事項でもあるのか?』
「いや... もし連中が... デイモスが仕掛けてくるならここだろうな、と。」
窮鼠は猫をも噛むのだ
今の奴らはまさしく窮鼠のはずだ、と
『...ない話じゃあないな。 現在の戦況は...』
そこでウィルクスも再びモニターに目を移す
もうすぐ戦端が開かれてから1時間、CAU艦隊は少しずつではあるが損害を負っていた
もちろん、戦闘が続いている以上、それは当然だ
「...許容範囲だ。 そちらのほうが前線を張っている、大丈夫なのか?」
『思いのほか敵の狙いが悪い。 さっきのムラクモもいい威圧になっているな...』
「ならいいんだが。 注意してくれ、もしデイモスが... ん?」
『どうしたんだ? ウィルクス?』
「今...望遠映像に何か... 気のせいか?」
モニターの1つをウィルクスが注視する
それには月地表、ルナ・ゲートウェイ・ステーションの方向を捉えた映像が映っている
気にしすぎだったか? そうウィルクスが考えた直後、それは起きる
ルナ・ゲートウェイ・ステーション直上、月低空領域からそれは発せられた
「カリスト被弾! ...轟沈します!」
自身の乗艦、アルビオン級戦艦『スピアハンドル』の横を航行していたガラテア級重巡洋艦『カリスト』がたった一撃で撃沈される
その事態にウィルクスが目を見開く
咄嗟に認識できた範囲では、恐らく月低空からの超長距離レーザーだった
「ESFのレーザーだと!? 通信科、スポッターからの連絡は!?」
「月軌道に火星のような大型レーザー兵器は確認されていません! 地球軌道には確認されていますが、現在こちらの位置を狙えるものはありません!」
「まさか月面からか! ...いや...まさか。」
今までESFがそれを使ってこなかったのは切り札だったのか、あるいは...
どちらにせよ、艦隊の最後方に位置するスピアハンドルに属する艦が狙われ、新型艦、かつ防御性能に優れるガラテア級が一撃で撃破された以上、こちらの艦隊は全て射程圏内に入っているのは間違いない
「厄介なことになったぞ! まだそんなものを民間施設に敷設するほど余裕を隠し持って...」
『違うようだ、ウィルクス。』
「シオンハート?」
突如としてシオンハートから通信が入る
『奴らが来た。』
その言葉と同時に、戦場の真っ只中に何かが現れる
恐らくは、何らかの艦隊がその場にジャンプしてきて──
「まさか...」
最悪の想定というのは、どうしても当たるものだ
ウィルクスの危惧は現実となった
戦場に突如現れた所属不明艦は圧倒的だった
明らかにCAUのものよりも強力なレーザー砲を多数備えたその艦隊は、姿を現すやいなや、CAU艦隊へとその砲口を向けた
この事態を引き起こした何者かたち
事態の影にずっと潜んでいたその何かは、今ついにこの場へと姿を現した
それがどんな結果を引き起こすのかを理解した上で、それでも、追い詰められた鼠は猫を噛むことにしたのだ
「各艦は防御陣形! アマテラスを目標に後退せよ!」
『カエデ、こちらスピアヒルト。 ESF艦隊の牽制は任せろ。』
「助かる、エンスウェン! 連中がアレほどだとはな!」
最も前線へと出ていたスピアヘッド艦隊は混乱の最中にあった
はっきり言って、ESF艦隊相手では彼らは快進撃とも言うべき戦果を上げていた
技術的にも、士気的にも勝っていた以上、多少の損害はあれど、そう苦労はしないはずだった
しかし、戦場に現れた黒い直方体のような見慣れない艦が動き始めてからは全てが変わった
明らかに火力も耐久力も違うのだ
アルビオンの新型レーザーでもその装甲は貫通できず、逆に相手のレーザーは当たり所によってはこちらを一撃で撃沈せしめるのだ
今もスピアヘッド所属艦は少しずつではあるが撃沈されている
さすがの分の悪さに、最大最強艦であるアマテラスを目標に、CAU艦隊は防御陣形を築き始めていた
ESFの最後の切り札はこれだったか──
そういった雰囲気が艦隊に蔓延する
一体どうやってこんなものを用意したのか、という問いは今は何の助けにもならないのは明白だ
遅かれ早かれ、この場から退避しなければ全滅する、という最悪の想定が現実味を帯びようとしている
先ほどまでの優勢はどこへやら、という状態だった
「スノー...」
自身の席の中、ウィルクスが小さく呟く
一気にひっくり返った戦況の中、ウィルクスはそれでも指揮を続けていた
アルビオンのシールドシステムであれば、万全な状態なら一撃だけなら耐えられるというのが早くに分かり、なるべくアルビオンを前面に上げることで今は損害を軽減しているが、すぐに限界が来るのは言うまでもない
艦隊の主力は未だランティッヒ級戦艦なのだ
確かにパッシブシールドシステムの増設などの改修はある程度進んでいるものの、絶対的な出力ではアルビオンには劣るのが現実だ
望遠映像に映る敵艦を見つめ、ウィルクスは思案する
前にミッチェルが言っていた問題が今、目の前にいる
この世ならざる存在が目前にいる今、何ができるというのだろうか?
ふと、ウィルクスは自虐的な笑みを浮かべる
人々は、神を信じる人々は、絶望的な局面において神に祈るのだ
だが、自身は何に祈ればいいのだ?
自身が祈られる側ではないのか?
星の神は、そう考えて、再び前を向く
ならば、自身は力の限り、導けばいいのだろう、と
『エンスウェン! こちらは粗方片付けた!』
『マルコシアス、艦隊は知っての通りの状況だ。 援護は不可能だ。』
『分かっている。 ん? あれは...』
自身を狙っていたであろう敵部隊は頼れる仲間達、ネイヴィガーと共に宇宙の藻屑へと変えてやることに成功した
一抹の安堵を覚えたマルコシアスではあったが、状況は一息つくことすら許そうとはしていなかった
『リグ隊長、妙な奴さんが... ありゃあ...』
隊列の後方で敵を観測していた隊のスナイパー、ジャレット・ブロムヘッドが何かを見つける
『あれだ、火星でシオンハート大隊長のお気に入り...げほん、ローランドが交戦したっていう...』
やけに細身で、しかも機体サイズよりも大きなハルバードを持ったバトルワーカーが単機で接近してくる
いや、単機というのは誤りで、よく見ればその後ろから5機追加でバトルワーカーが迫ってくる
よくある6機編成の部隊のようだが、1機だけ突出しているとみていいだろう
『...確か... ソーンダイクという男だったか? それに機体は...モリガン、だったか。』
交戦データによれば、入念にカスタマイズされたネアス・アドニスであろうと推測されているその機体
重力下ですら、飛び上がり宙を舞うという奇妙な動きを見せたその機体
アレクシス・ソーンダイク中尉が駆る『モリガン』、そして、彼が属するライデン隊がこの場に現れたのだった




