102: EP6-8 オペレーションシージアース: マルチドライブ
マナテックキャリアホーライ、パーシヴァルへ。
デイモス艦隊のシグナルをロックした。
恐らくだが、交戦は避けられない。
頼んだよ、君こそ、このジャッジメントの最高の実力者の1人だと再び教えてくれ。
オペレーションシージアース
1日目
西暦3020年12月5日[STC]
協定宇宙時14:40
地球の衛星、月、ルナ・ゲートウェイ・ステーション上空、艦隊交戦宙域
──Side: 三人称視点
戦場を駆ける愛機の中、ふとマルコシアスは部隊のエンジニア、セルジオ・マーレイとのここ半年ほどのやりとりを思い出していた
正確には、今のこの機体の状態を作り出す原因ともなったやりとりを、だ
「ダブルドライブ、か。」
「あぁそうだ、隊長。 別にそれそのものは今更珍しいものじゃない。 EWE反応炉の開発前からバトルワーカーの高出力化の手段の1つとして、複数の炉心を積むという概念はあった。 弱点やウィークポイントこそ増えるかもしれないが、2つのリアクターから生み出される出力はできることの幅を広げてくれることは間違いなかったからさ。」
「それはそうだな、今更説明されずとも分かっていることだ。」
思考を続けつつも、マルコシアスは今、まさに眼前にいる敵から意識を逸らすことはしない
見れば、副長であるクランツがまた1機敵バトルワーカーを切り伏せているところだった
上も下もない無重力空間、しかも銃弾砲弾の飛び交う中でも、その剣筋は衰えないものだ
「それで...セルジオ。 そんな今更なことを、何故今言うんだ?」
「よく聞いてくれた隊長。 実は、ここ数か月、俺はちょっとしたコネを使って、あのウェルティ博士と連絡を取り合っていたんだ。」
「ウェルティ博士? あのウェルティ博士か?」
「そうさ、新種鉱物学の最高権威。 エッカート-ウェルティ・エジタイト反応炉理論の共同責任者。」
「もう齢70を過ぎる高齢だとは聞いているが。」
「だとしても彼の頭脳はさすが、というところさ。 わずか20代でCAUのエネルギー理論を根底から覆したEWE反応理論を考え出したその知性は一切衰えていないらしい。」
ことテクノロジーのこととなると本当にマーレイは楽しそうだ、と自身の近くを往くマーレイのバトルワーカーを見ながら思う
ネイヴィガーにスカウトされる前までは一人小惑星を改造した基地に住み、どんなならず者であろうと撃退してきたその腕前は並みのパイロットを上回るのも当然だろう
事実、持ち込んだ長銃身のライフルを頼りに、的確に敵機を撃ちぬいている
「まぁ... それは分かった。 だが何故それを俺に?」
「まあまあ、ここからが本題さ。 ウェルティ博士とは色々な話ができた。 でも、一番盛り上がったのは反応炉理論のことさ。 隊長、バトルワーカー用の炉心はいつの時代も小型化と高出力化を両立するという無理難題に向かい合ってきた。 それはEWE反応炉も同じこと。 それがここしばらく停滞してるのは知ってるよな?」
「ああ。 ライラ・ジーナの実用化以来、搭載されているEWE反応炉は細かな改良はあれど、大がかりな改修は一切ないと聞いている。」
「そうなんだよ、隊長。 最早これ以上の小型化、高出力化は望めないラインに来ていると言っていい。 これ以上が本当に欲しいなら、バトルワーカーそのものを大型化するか何かして炉心を大型化する、もしくは複数化するしかない。 これは認めざるをえないんだ。 俺も個人的に色々試したんだけどさ。」
「お前ほどのエンジニアが言うのなら事実なのだろうな... それで? つまりは、何か進展があったのだろう。」
『よっしゃ! また1機撃墜だ!』
通信越しにいつも通りの威勢の良い声が聞こえる
ジーナ・ファウストだ
無重力空間は重力下に比べると機体の重量制限がいくらかは緩和されることもあり、今日の彼女のバトルワーカーはいつもに増して重装備だ
見れば、ロケットランチャーの換えの弾倉も山ほど持ってきたようだ
「そう! 画期的な進展、というべきだろう。 2人で何度か話すうちに、ウェルティ博士がこんなことを言い出したんだ。」
「ふむ。」
「『私の最新の理論上、それからいくつかの実測データ上、エジタイト反応にはある種の揺らぎがあるんだよ、セルジオ君』、とね。」
「揺らぎ?」
「なんて言えばいいかな。 今までの理論だと、エジタイト反応は常に一定の出力を発生させるものだったんだ。 だけど、これを長い時間をかけてかなり詳細に解析した結果、極々わずかな、通常使用の上では無視してもいいほどの誤差レベルの変動が確認されたらしい。 俺もそこまでは考えたことはなかったんだ。」
「誤差レベル、か。 そんなものを気にするのか?」
「普通ならね。 もしかすると、今までにも観測されたことはあったのかもしれない。 だけど、それこそが鍵だったんだ。 それからまた話すうちに、博士が一つの可能性に行きついたんだよ。」
「可能性、か。 何なんだ?」
戦列の後方、目立たないように動き回る機影もマルコシアスにはよく把握できていた
一番目立たないが、一番目立つ戦果を挙げる
それがジャレット・ブロムヘッドというスナイパーだ
また1機、敵がコックピットを撃ちぬかれ動きを止めるのが見えた
「エジタイト反応の揺らぎ。 もしそれを整流化、または同調させた上で複数のEWE反応炉を並列接続した場合、常識外れの出力向上が起きるとシミュレーションが示したんだ、隊長。」
「常識外れ?」
「ああそうなんだ、3倍4倍なんてレベルじゃない、運用する機体側が耐えきれるかすら不明だけど、10倍だって夢じゃないだろう。」
「...確かに常識外れだな。 それだけあれば... ついに小型レーザーすら運用可能になるんじゃないか?」
「そうさ、よく分かってるじゃないか、隊長! 実はこれを思いついたのはこないだの木星での騒動のせいなんだ。 あの後、正規軍とかセイバーのエンジニアとまた一緒に見に行ったんだけどさ。 あそこのリアクターは実は並列化されていたんだ。 だけど、あんな状態の炉をいくら繋げたところでロクな出力が出るはずもない。 それどころか理論上出るはずよりも低くなっている炉すらあったんだ。 まぁ、それは前々から把握されてたEWE反応炉の問題点だけどさ。 だから、EWE反応炉を複数搭載する時は絶対直列化しろって言われてるんだけど。 まぁともかく... その話をしたら、博士が整流、もしくは同調させた複数反応炉って可能性に行きついたのさ。 並列化反応炉の出力低下の原因は、この誤差レベルの揺らぎがお互いの出力を打ち消し合ってるせいじゃないか、ってさ。」
ふとロビン・グッドフェロウの機体に目を配る
...見間違いでなければ、今、彼の機体が瞬間移動したような気がしたマルコシアスだったが、まぁ気のせい、あるいは戦場という混乱が生み出した幻覚の類だろうと納得する
しかし、本当に彼の雰囲気はどこか、あの第一艦隊長に似ているのだが、一体どういうことなのだろうか、と余計なことが再び頭をよぎる
「...技術的なことはあまり分からないな。 ...で、だ。 セルジオ、それを俺に話す理由はなんだ?」
「んー... そうだな。 もし興味があるならもう数週間ほど待ってくれ。 革新的なものを見せられると思う... あそうだ、先にカンペアドールの改修許可だけくれないかい? 悪いようにはしないからさ。」
「...何だかもう何をするのか分かった気がするが... いいだろう、だが、壊すなよ...」
「もっちろんさ、隊長!」
マルコシアスはふと思う
あの時あんな軽率に許可を出すべきだったのだろうか、と
セルジオなら変な事はしても余計な事はしないだろうという風変りな信頼はあったとはいえ、その場で決断すべきではなかったのではないか、と
『スピアヒルトよりネイヴィガー1。 戦域に急接近する敵部隊を確認した。 遠距離スキャンにより15機ほどの部隊と推測される。』
『ネイヴィガー1了解、対処しよう。』
機体の状態に目を配る
マーレイがしでかしたことのせいで機体質量が増加し、伴ってエジタイト消費速度も倍化、それを補うためにエジタイトタンクも増設したが、それでもなお以前よりも快調だ
確かに、マーレイの言う通り、悪いようにはしなかったのだろう
だがしかし、それでも、という思いが絶えない
『...待て、接近中の敵機をスポッターが捉えた。 ...コードブラック。』
突如として通信を秘匿通信に切り替えたエンスウェンがマルコシアスにそう告げる
『...出てきたか。 やはり先ほどのアレを見て尻に火が着いたか。』
『かもしれんな。 こちらももう1つの可能性に警戒するとしよう。 リグ、注意して対処に当たれ。』
艦隊から中継される敵機を示すレーダー画像を一瞥し、何となく、しかしながら確固たる確信をマルコシアスが抱く
その部隊が狙っているのは恐らく自分達... いや、自分だろう、と
ほんの数十秒で敵部隊が交戦距離に入る
既にそれは望遠映像に捉えていた
『...一番槍は頂くとしよう。 これは俺の因縁だ。』
マルコシアスが誰に告げるでもなく、そう独り言ちる
コックピットの中、マルコシアスはフットペダルを一気に最大まで踏み込む
次の瞬間、スラスターから放出されるβ反応エジタイトの反作用により、機体が凄まじい勢いで前方へと加速する
しかし、それは今までとはレベルの違うスピードだ
そして、これこそがマルコシアスの頭を悩ませていたマーレイのしでかしたこと...
「見てくれ、隊長!」
「...随分と勝手をしてくれたようだな、セルジオ...」
10月頃、カンペアドールの大規模改修が終わったと聞いてハンガーを訪れたマルコシアスを待ち受けていたのはある意味で、散々な結果だった
まず、明らかに機体背部が大きくなっている
というか、パーツが増えている
具体的に言うと、大きなリュックサックを背負っているようなものだ
「いやぁ、色々考えたんだけどさ。 結局こうやってバックパック化するのが一番機体への影響が少なかったんだよ。 でも安心してくれ、それだけの価値はある。」
「...一応...いや、聞くしかないんだが...」
しでかされてしまったことは仕方ない、と呆れた顔をするマルコシアスをよそに、マーレイは話を続ける
「まぁまぁそう言わず... 前に話したダブルドライブの件は覚えてるね?」
「まぁ忘れてはいないが。 それとこれが一体どういう...」
「端的に言うなら... あの後更にウェルティ博士と相談してね、ついに実現したんだ。 同調化複数EWE反応炉の並列化実装。」
「...ほう。」
聞き覚えのある話にマルコシアスが目を細める
「だいぶ苦労したんだよ、隊長。 1週間かけてカンペアドールと追加で用意した両方の反応炉の出力変動をマッピングして、それからバラシて一から組み上げて、可能な限り...いや、ほぼ完璧に揺らぎを補正できた。 今まではちょっとした組み上げの差とかで発生していた誤差は無視されていたわけだけど、そこを細部にまでこだわったから、ほとんど同一の反応炉になったと言っていい。 同調率は99%小数点以下...」
「...前も言ったかもしれないが技術的なことはとりあえず置いておいてくれ。 結果は?」
「そうだね、そこまでの同調率を持ってしても瞬間的な出力低下スパイクは収まらなかったんだ。」
「おいセルジオ。」
まさかの回答にマルコシアスが身を乗り出す
「待ってくれ隊長、話がこれで終わりなわけないだろ。 というか、この結果は予想通りだったんだ。 だから、俺が用意した二の矢がある。」
「...聞こう。」
マーレイの制止にマルコシアスが出かかっていた拳を引く
「まず、これを俺とウェルティ博士は『マルチドライブ理論』と名付けた。 理論上はいくらでも並列化する数を増やせるからさ。 で、まぁ、ウェルティ博士の理論は正しかった。 少しでも揺らぎがあると、その揺らぎが都合悪くかみ合ってしまった時にそれぞれの反応炉は出力を打ち消し合ってしまう。 奇妙な話さ、反応炉から出てくるのは純粋な電力や斥力だというのに。 まぁそれはいいんだ、そこで、俺がその理論を基に、反応炉の出力制御ファームウェアを一から再設計したんだ。 既存の、エッカート博士のものの再設計じゃない、完全なオリジナルのをさ。 ウェルティ博士ももちろん協力してくれたけど。 ...揺らぎを考慮した再設計... 出力変動マッピングが良かったね、あれのおかげで、出力変動には規則性があることが把握できていたから、揺らぎが出力を打ち消し合わないように反応炉の起動を制御するように...」
「セルジオ、おい、セルジオ。」
このまま止めないと明日の朝まで付き合わされそうだと察したマルコシアスがマーレイを制する
「ん? あ、あぁ悪い悪い、つい、ね。 ともかく、この、俺の設計した新型ファームウェアが上手くいったんだ。 出力変動の揺らぎ、その同調率が事実上の100%に達した。 最終試験では6時間の連続稼働で、出力低下スパイクは0。 ついに完全なマルチドライブが出来上がったんだ。 問題は...」
「問題は?」
「...新型ファームウェアの演算かな。 既存のバトルワーカー用CPUだと演算が追いつかない...というか...まぁ...」
「まさかあれだけ大きいバックパックは...」
「...半分が追加のEWE反応炉、もう半分が増設したCPUと冷却機構さ。 もちろんそれに装甲厚も十分に確保したけど。」
ある意味しょうもなく、ある意味当たり前の話だった
「技術には課題が付き物さ、隊長... 現在の理論じゃこれが限界だったんだ。 エッカート博士も後から加わってくれたんだけど、やっぱりこれ以上演算をシンプルにできなかった。 これは戦後の課題としてエッカート博士も後任とかに引き継いでくれるそうだ。 ウェルティ博士もだけど、もう高齢だからね。」
「...そうか。 もたらされたものは?」
マルコシアスが色々と言いたいことがあるのを飲み込み、実利の話に移る
「機体がどれほど耐えられるかが正確に不明だからリミッターをかけてあるけど、それでも以前の3倍程度の出力を確保してある。 α炉もβ炉も両方だ。」
「3倍か。 かなり重量が増加しているようだが、お釣りが来そうだな。」
「お釣りどころの騒ぎじゃないさ、隊長。 それと、シルバースピア先進開発局に無茶言って試作兵器も今作ってもらっているんだ。 次の作戦までには完成するはずだよ、隊長。」
わざとらしい笑みを浮かべたセルジオのことを怪訝に思いつつ、マルコシアスが聞き返す
「試作兵器?」
「ああ、増加した出力を生かせるようなものを頼んでおいた。 きっと気に入るさ、隊長。」
自分以外にこの殺人的な加速に耐えられるパイロットがどれだけいるだろうか、という疑問すらも置き去りにするようなスピードでカンペアドールが戦場を駆ける
『おい隊長! いくら出力が... ああもう聞いちゃいないな!』
マーレイの制止をよそにマルコシアスは機体を飛ばし続ける
敵機が迫る中、マルコシアスはカンペアドールの腕をその腰部へと向け、格納されていた何かのグリップを握る
引き抜かれたそれは、まるで鍔から先のない剣のような形をしていた
『エンジニア共の技術の結晶。 実戦では初だが... 試させてもらおう。』
マルコシアスがコックピットのコンソールを操作する
すると、そのグリップの先から輝くエネルギーが溢れ出す
それはグリップから展開された力場によりある一定の形...すなわち、剣身へと固定される
『史上初のバトルワーカー用レーザー近接兵器。 試作とはいえ、固定力場式レーザーか。』
通常のバトルワーカーに搭載可能なEWE反応炉では実現することの困難だったレーザー兵器、それがついに実現する時が来たのだ
とはいえ、様々な技術上の制約から放出型兵器は実用化へと至らず、このような固定式レーザーという風変りなものがまず実用化されたのだ
既に敵機は機体の通常カメラでの認識可能な距離、つまり、完全なる交戦レンジにいるのだ
マルコシアスは一切その速度を緩めることなく、敵部隊へと突貫する
その非常識な速度に対応が遅れた敵機の1つが咄嗟に抜き放った剣を持って受け止めようとする
しかし、それはこの場においては誤った判断だった
下段の構えのように構えたカンペアドールが相手へと激突するかのような勢いのままにそれを振り上げ、敵機へと叩き込む
恐らく、相手は何をされたのかも理解していなかっただろう
それほど、一瞬の出来事だった
破壊された核融合炉の熱で誘爆し始める機体を蹴り飛ばし、カンペアドールがその場を離れる
『さて、残りは14。 敵として立つのであれば、誰一人として逃しはしない。 ましてやデイモス、貴様達は、な。』
相対する敵機の肩装甲に刻まれたエンブレムを一瞥し、マルコシアスがそう冷たく呟いた




