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KNOCKER  作者: 謝花 昴
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4話 ゴブリン邂逅

 目の前には広葉樹の巨木が幾重にもそびえ立ち、枝葉が空を覆うように広がっていた。

 どこまで続いているのか、正面からでは果てが見えない。

 ただ緑の壁が静かに、しかし圧倒的な存在感で立ちはだかっている。

 新人たちは獣道すらない地面を踏みしめ、ただひたすらに決められたルートに沿って目的地へ向かう。

 草をかき分ける音だけが響き、どこか違和感を覚える森を進む。


 突入からしばらくの間、新人たちは神経を張り巡らせ、 その警戒心は後ろを歩く桃原にも伝わってくるほどだった。

 視線は絶えず周囲を走り、足音は慎重であった。

 しかし、索敵に反応がないまま三十分も経つと、その緊張は少しずつほぐれ始めた。

 最初は短い会話が増え、やがて会話の数が自然と膨らみ、表情には警戒よりも場慣れの色が混じり始める。

 一時間が経過した頃には、メンバーの歩き方まで変わり、肩の力が抜け、足取りは軽く、険しい行軍というより、どこかハイキングめいた余裕が漂い始めていた。

 周囲への警戒態勢を突入時と変わらずを続けているのは桃原と水無瀬だけだった。


 一人の気が緩んでいる男の子が桃原へ声をかける


「桃原さん。ここまで怪物に遭遇しないことは普通なのでしょうか」


「おっ。なんだ?朝比奈もう気が緩みきっているな。

 入る前にも言っているが、この夢世界は新人育成の場としても用いられている。

 それは怪物の強さはもちろんだが、怪物との遭遇頻度も考慮されている。

 それに今回は目的地までは怪物と遭遇しにくい道を事前に調査して決定されているからな。

 ここまで遭遇しないって事は事前調査を行った斥候の先輩がすごいってことだ。

 ただ完全に気は抜くなよ。

 目的地につくまでに1回や2回怪物に遭遇する可能性は大いにある。

 探索では先に敵を見つけることは基本中の基本だ。先制攻撃を仕掛けたり、罠の設置、相手の数次第では迂回するといった判断が必要になるからな」


「わかりました。

 ただどうせなら普通の動物でも出てきたら、さっきから代わり映えのない景色にも、、、」

 !?

 朝比奈は自らの発言で何かに気付き、驚いた顔で桃原へ質問をした。


「桃原さん。この森って普通の生物は存在しているのですか?」


 桃原はやれやれという表情をした。


「やっと気付いたか。お前ら耳を澄ましてみな」


 桃原から促され、一同は行軍の足を一時的に止め耳を澄ませた。

 木々の葉が風で擦れる音がする。

 いや、彼らの息遣いを除けば、その葉の擦れる音しか彼らの耳には聞こえないのだ。

 鳥のさえずりや虫の鳴き音、生物が羽ばたく音や地面を進む音、普通の森には必ずあるそれらが一切ないのである。


「この森には今のところ怪物以外の生息は確認できていない。

 ちなみにこういった例は稀だな。他の夢世界では大なり小なり現実にいる動物も目撃される事が多い。

 この森には他の生物が存在してない、故に怪物を発見しやすく、逆に怪物からも発見されやすい。

 だから声はなるべく抑えて話すことを俺はオススメするね」


「わ、わかりました」


 警戒態勢を解いてしまっていたメンバーは再度身を引きしめて歩みを進めた。

 それから30分もせずに、索敵役の水無瀬がゆっくりと、しかし確実に聞こえる声で皆を呼び止めた。


「!!

 みんな止まって。索敵に反応がある。

 三時の方向、距離は五十メートル、数は、、、三。

 桃原さん、一度限界、百メートル程まで索敵を伸ばしてみても良いですか?」

「俺は教官だがリーダーではない。お前らの判断でやってみろ。危険な時は助けてやる」

「わ、わかりました。皆ちょっと索敵範囲を伸ばすね、、、、、、

 周囲に敵三以外の反応ありません」


 そういうと水無瀬は他のメンバーと桃原に顔を向けたが、

 桃原は肩をすくめ、皆のお手並み拝見と言いたげな表情を浮かべていた。


「よし!じゃあどうするか決めよう。

 戦うか、避けて通るか。どうしたら良いと思う?」


 この班のリーダー役を任されている高嶺がメンバーに問いかける。


「事前に索敵できていることだし、こちらから奇襲をして倒すのが良いと思う」

「俺も篠原の言う通りこちらから仕掛けるべきだと思う」


 篠原、朝比奈が意見を述べ、女の子二名へ目を向ける。


「私もそれで問題ないわ」

「わ、わたしは戦闘では固有能力がないから、皆の意見に従います、、、」


 水無瀬は内気に答え、それとは対照的に桐島が強気に答えた。


 皆の意見が一致したところで、どう立ち回るかの計画を練り始めた。

 その様子を桃原は静かに見つめていた。




 鬱葱とした森の中。

 サクッサクッと複数の足音が響き渡る。

 身長百二十センチほどの暗い緑色の姿をした怪物、ゴブリンが三体横並びで歩いている。

 どこかで見つけたのか、三体とも木苺のような果実を摘まんでおり、周囲に他の生物がいることに気づいている様子はない。

 次の瞬間、スッと軽快な身のこなしで剣を手に持った長身の男が、ゴブリンの行く手を遮るように現れた。

 ゴブリンたちは不意を突かれたことで、驚き慌てふためく中、警戒心が一瞬にして跳ね上がり、目の前の男を急いで排除しなくてはいけない存在であると認識した。


「ぎゃ!ぎゃぎゃ!」


 と警戒音を出し、手にしていた木苺を投げ捨て戦闘態勢に入る。

 武器を手にしていなかったゴブリンたちは獣が威嚇するように両の手を上げ、突撃をするために腰を軽く落とし飛びかかろうとした次の瞬間、対峙する目前の男と視線が合う。

 その男の瞳は翡翠の様に無機質な蛇の眼をしていた。するとどうした事か、ゴブリンの体は声も出せず、視線を動かす事も、指1本すら動かすことができない。唯一呼吸だけする事はできるが、まるで全身が石になったかのように硬直している。

 次の瞬間、足元に違和感を覚えた。踏み締めている大地がぬかるみ始めたのだ。

 すると、ぬかるみの中から泥で出来た無数の腕が絡みつくようにゴブリンの脚部をその場に縫い付けた。


「ぎゃ!?ぎゃぎゃーー!」


 混乱と激情が同時に生じた表情をしつつ、叫び声をあげる事ができた。

 先程まで全てが硬直していた時と違い、今は足が物理的に抑えられ行動を起こすことが出来ない状態だ。

 ゴブリンたちは自身を縛り付ける泥腕と、目の前にいる男を警戒しているが、その警戒をあざ笑うが如く大きな影がゴブリンらに落ちてくる。

 影の正体は大きな丸太だ。古木が朽ちて落ちてきたのではない。誰かが意図的に落としたのだと分かる。その軌道は寸分違わずゴブリンの頭を狙っていたのだ。

 ゴブリンたちは気付くのが一瞬遅れた。しかしながら察知できたとしても足元の泥腕は逃げるという選択肢を奪い去る。

 丸太の質量が空気を押し潰し、轟音とともに地面へ叩きつけられる。土煙が舞い上がり、 その中で小さな影が跳ねるように潰れた。

 土煙が晴れる。

 二体のゴブリンは丸太が直撃したせいで頭は潰れ、屍として横たわっている。

 最後の1体は丸太に潰される事はなかったが、頭を守るため上げた腕に丸太が当たり激しく損傷していた。だらりと垂れ下がる腕からは骨が飛び出している。

 頭も完全には守りきれなかったのか、叫び声をあげるでも恐怖を表現するでもなく、深く深く息をするのがやっとのように見えた。

 足を縛りあげていた泥腕はいつの間にか、ただの泥塊になっていた。拘束を解かれたゴブリンだが、その脚は前に進む事なく膝から崩れ落ちた。


 超能力を行使した巧みな連携による殲滅の後、翡翠の蛇眼をしていた男は生き残ったゴブリンへ接近する。その足取りはゆっくりだが、周囲への警戒を怠らない鋭さが漂っていた。

 ゴブリンと男の距離が縮まり、剣の切っ先が届く範囲に入った途端に男の腕がわずかに動いた。それは予備動作と呼ぶにはあまりにも一瞬で、気付いた時にはもう剣が振り上げられていた。

 剣を追うように見上げた時、ゴブリンと男の視線が交差した。

 次の瞬間、また体の全てが石になったような感覚が襲った。

 しかしゴブリンが男の行為を理解するよりも早く、そして恐怖が襲うよりも早く、その視界を切り裂くように振り下ろされた剣が白い軌跡を描いた。

 森に静寂が戻った。その沈黙の中で、男は剣を鞘に収めた。


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