半径2mの世界
崖から飛び降りる寸前、マリーは勇者に声をかける。
「そんなに死にたいなら私が殺してあげる」
マリーは勇者に決闘を申し込む。
あの日の勇者を取り戻すために。
冒険者の町「リーフレット」
この町には冒険者を生業とする人間で溢れている。
なぜなら、この町から1時間ほど歩いた場所に、ダンジョンが密集しているからだ。
「あのダンジョンは……」
「ありゃダメだ。危険すぎる」
そんな話題が飛び交うこの町は活気に満ちていた。雄大な自然とダンジョンが集まるこの地方は、冒険者に愛されている。
「ねぇ、次行くよ」
俺たちは先日の薬草採取で失った道具を買い足しに来ていた。
採集用の麻袋、砥石、使い捨てのナイフ。
「次は……薬草か」
「私が行ってくるから、ゴルはそこで……」
「いいや、俺も行く。」
町の中央には武器や薬草など、それぞれのエキスパートが店を構えている。そのため冒険者にとっては欠かせない。
店の前に来て、マリーは予め復唱していたかのように注文する。
「これとこれ、あとその痛み止め」
「おう嬢ちゃん、べっぴんさんだねぇ。負けてあげるよ。15ゴルドね。あれ、君はどこかで……」
フードを被っていたから、分からなかったのか浮かんだ疑問を霧散させ、笑顔で見送る。
嫌に有名になったものだ。
「次、行くわよ」
1ミリも動揺しないマリーは、俺の手を引いてずかずかと歩いていく。
「フード、外してもいいのに。いいわよ、あなたを馬鹿にするやつは切り殺すから」
物騒なことを言うなこんな道のド真ん中で。
「あぁ、大丈夫。マリーを衛兵に世話させる訳には行かない。」
「ふーん?優しいのね、勇者様?」
「勘弁してくれ」
興味深そうに、フードの奥を覗くマリー。微妙な熱に耐えきれず、俺は顔を逸らした。
ふと、腹が空くような感覚に襲われる。
飲まず食わずで買い出しをしていたからか。
ふと、マリーが立ち止まる。
立ち止まった場所は入り口から見えるように賑わっている。
俺は自分の腹が鳴るのを感じる。
いい匂いが立ち上り、鼻腔をくすぐる。
「行きましょ、お腹、空いたでしょ?」
「あぁ、助かる。物分かりが良すぎるのも気味が悪いが」
マリーのぴくっと耳が動いた直後。
しゃっと自分の喉に突きつけられたナイフを見て、ひゅっと息が止まる。
「何か言った?」
「いや……何も」
「別にいいけど。ゴルの奢りだからね」
「これとこれを一つずつ」
卓にパン、ディーの骨付き肉、麦芽で作った酒が並ぶ。
はむはむと食べ始めるマリーに続く。
夢中に食べ進めるその様は、年相応の子供らしく、微笑ましい。
酒を一口飲むと、癖のある苦味が喉を潤す。
飲んでいると、前からの視線が気になってくる。
「おまえはダメだぞ」
「なんで」
「子供らしくその肉でも食ってろ」
「……」
冷たく刺すような視線と、足に感じる刃の感触。
足に突きつけられているナイフを見て初めて、自分が誰に物を申しているかに気付く。
「あんたの命、私が握ってるってこと忘れたわけじゃないわよね」
「ああ、あぁ。分かったって。ほら」
受け取ったビールを一口飲むと、苦々しい顔をしてそっと俺の方に戻す。
ほら言ったことか……と言おうとした時だった。
「あれ?ゴルじゃねーか」
「え?誰誰?」
「ほら、《《勇者殺しのゴル》》だよぉ!」
大きな声で騒ぐこいつらは、恐らく冒険者だろう。
無視していると、さらに声が大きくなる。
「あーあ!こんなやつがいるとこで飯食ったってまずくて吐いちまう!おっえーぇ」
「やめてあげなよぉ!ぷっ、かわいそうだよぉ!」
よくも公でそこまで騒げるものだ、とそれなりの不快感を覚えていると。
マリーが立ち上がる。
その顔は少し赤くて、苦手なはずの酒をもう一口あおる。
そして、マリーが席を立つ。
その顔に敵意は見られない。だから、そいつらは自分たちが宙に浮いたことに気が付かなかった。
「!?」
どさっと鈍い音を立てて落ちた彼らの顔には困惑の表情と、徐々ににじんでいく恐怖の色。
「ほら」
マリーは剣を《《2本》》彼らに投げると、手をくいくいとあおる。
「は?お、お前なんだよ!!」
「はぁ?そんなのどうでもいいでしょ。かかってきなよ」
「は、はぁ?」
「来ないなら」
と言いかけると、足を踏み込んだマリーの拳が男の腹にめり込む。
椅子、台を蹴散らし転がっていく男。
それに続いて追いかける女。
「ほら、来いってば」
落ちている剣を再度投げるマリー。
「お前らなんて剣を持たないゴルにも勝てないでしょ」
その顔はもう冷めきったように無表情で、手をぎりぎりと握りしめている。
「うわぁぁ!!」
剣を持つも、体がぶるぶると震えて動かない様子で。マリーはそれを見ても足を止める様子はない。
「く、くるな!!!」
必死にブンブンと剣を振り回すも、マリーは怯まない。
「……」
「ズドン」という音ともに男が吹っ飛ぶ。地面に落ちた剣を握りしめて、男の倒れた方向にすたすたと歩いていく。
不穏な想像をしてしまう。
「マリー!やめ……!」
「ガキン!」と音が鳴ったころには、もう男は失神していた。
地面に落ちた剣を腰に納めてこちらに戻ってくると、あくびをして言う。
「行きましょ、ゴル。酔いが冷めたわ」
広場にあるベンチに座った俺たちは顔を見合わせる。
「なにもあそこまで……」
「仕方ないじゃない、お酒のせいよ。ご飯がまずくなった腹いせにね」
「またご飯行きましょう、今度は私たちのことを誰も知らない場所で……ね?」
俺の鼻筋をすうっと撫で、彼女が、俺にしか聞こえないような声で言う。
不覚にも嬉しかった。
自分のために怒ってくれたことも、自分のような嫌われ者にも変わらず側にいてくれること。
「あぁ、次はマリーが奢ってくれるんだろうな」
「私に勝てたら、考えてあげる」
狭かった世界が、手の届く範囲で精一杯だった世界が。
いつの間にか2人がすっぽり入るくらいには広くなっていた。
自分を信じるその手に、いつのまにか手を引かれて。
まだ俺は俺のことを信じることは出来ない。
けれど、彼女だけは信じたいと心の底から思った。
「あぁ。追い付いてみせるよ」
「ふふ、待ってるよ」
読んでいたぢきありがとうございます。
作者も泣いて喜んでいます。




