消したはずの灯火
崖から飛び降りる寸前、マリーは勇者に声をかける。
「そんなに死にたいなら私が殺してあげる」
マリーは勇者に決闘を申し込む。
あの日の勇者を取り戻すために。
サイクロプスを討伐したことで、俺は一つランクが上がった。
出来ることも増えた。
そう、ダンジョンに行けるようになった。
「これが申請書です。内容をよく読み、サインをお願いします」
受付の女性が「契約書」と大きく書かれた紙を取り出し、マリーに手渡す。
ダンジョン探索はただの依頼よりもはるかに稼ぎが良い。
しかし、冒険者にとってダンジョンは、生き死にの狭間であり、天国と地獄のようなもの。
罠、遭難、イレギュラーが起こることもあるし、ダンジョンの中は暗く、油断すればすぐに死ぬ。
だから、ダンジョンに行くためには許可が必要だった。
「……」
申請書の説明欄を真剣に見つめるマリー。
ここまで真面目に読む人はいない。
長いし、退屈で、読む価値もないと多くが思っているだろう。
けれど、マリーの見ている姿は真剣そのもので、真面目な彼女が垣間見えた。
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ダンジョンの入り口、石畳の上で粛々と剣を研いでいる。
剣を研ぐマリーの顔には恐怖の欠片も張り付いていない。
「シャッシャッ」と研ぐ音が静かな辺りに響く。
周りに冒険者がたくさんいるのに、そこだけは隔絶されたようだった。
研ぎ終わると刃先をじっと見つめ、ダンジョンの方を見る。
火花のような静かに弾けるような目が、ダンジョンの奥を見据えている。
「マリー、怖くないのか?」
「怖いわけないでしょ、勇者の名が廃る」
声に動揺など1ミリも無い。
その恐怖心を捨て去るまでにどれだけの鍛練を積んだのか。
そんなマリーの後ろ姿に見惚れていた。
悔しくも、「頼もしい」と思ってしまう。
俺なんかとは……
「何を下向いてるのよ、そんなんじゃすぐ死ぬわよ」
マリーの視線が突き刺さり、淀んだ心が引き上げられる。
年下とは思えないほどに落ち着いていて、目は澄みきっている。
研ぎ終わった剣を腰に差すと、こちらを一瞥して俺にアイコンタクトを取る。
「準備はできたか」と、言わんばかりに。
「あぁ、行こう」
階段のように段差のある岩場を降りていく。
明かりもなく、頼れるのは手元の松明だけ。
俺は片手に松明をもち、マリーの後ろを歩いていた。
「ねぇ、ゴル。私がなんて呼ばれているか知ってる?」
「知らない」
その表情からはどうともとれない。
マリーのことは最近知ったばかりで、そんなことは知らない。
そんな話をしていると、微かに寒気がするような感覚。
目の前にはレッサーゾンビが来ていた。
ぐしゃ、ぐしゃと足音を立てる。
終わりのない暗闇から生まれる、腐した肉の集合体。
そいつはぐちゃぐちゃと足音をたて、鋭い爪をたて冒険者の腸をえぐる。
その鋭い爪には身を痺れさせる強毒がある。
幽霊なんかよりずっと気味が悪いし、汚い。
「おい!前」
俺が言い終わるよりも前に
レッサーゾンビの首は落ちていた。
さっと剣を振って残り血を振り落とす。
「行くよ、ゴル」
何事もなかったように、先を進む。
「ねぇ、さっきの話だけどね。私、バーサーカーって呼ばれてたの」
「……」
「勇者らしくないわよね。この手で何人も叩き潰してきた」
彼女は、足元に落ちている骨を見ながら淡々と話す。
ダンジョンには色々なものが落ちている。
財布、剣……もしくは、命。
ダンジョンは落ちたものを取り込み、再構成し、やがてそれは新たな体を持つ。
例えば……
かつっ、かつっ、と軽く響く。
かつっかつっかつっかつ…かつ…かつかつかつ
「前!」
「分かってる」
白く硬い手に握られた剣を受け止め、弾いた。
よろけた体に吸い込まれるように剣を。
関節の隙間に入れ込んだ剣は鋭く。骨と骨の繋ぎ目を断つ。
「からんからん」と崩れる骸骨。
一瞬。暗闇の中で剣の鈍い光が瞬いた。
「誰彼構わず挑んで。倒して、蹴飛ばして、切ってきた。後悔はしてない」
「けどね、私が望んでた勇者には遠くなっていく気がするの。あの人みたいな……」」
一緒に居てまだ間もない。
けれど、俺にはこの子が強いということだけは嫌でも分かった。
「マリー……お前、強いんだな」
「……今頃?あなたに一太刀浴びせた時点で分からせていたかと思っていたけど……
足りなかったみたいね……?」
まずい、地雷を踏んでしまった。
目の前の鋭い視線は、剣の刃先よりも危うい。
「まぁ、いいわ。次に進みましょう」
その時だった。
恐る恐る進んでいくと、突然悲鳴が聞こえた。
俺たちは走り寄っていく。
徐々に見えてくるその情景に絶句した。
一人がレッサーゾンビの群れに襲われていた。ひたり、ひたりとその冒険者に近づいていく。その数は軽く50を超える。
「ひっ…誰か!…誰か」
その状況を見たマリーは試すような目でこちらを見る。
「ゴル。どうする」
こんなの、無理だ。
2人だけであの群れなんて……
けれどもし助けなかったら……でも……
「選びなさい、ゴル。あなたがどちらを選んでも、あなたについていく」
拳を振るわせながら、目を揺らす。
まるで……確かめるように。
怖い、手が震えてしまう。
こんな感覚何時ぶりだろうか。
それでも、俺は。
「マリー、悪い。付き合わせちまうな」
「うん、分かってたよ。あなたならそう言うと思ってた」
「行こう」
俺たちは走り出す。
消したはずの火が燻っている。
今でもまだ剣を振るうのは怖い。
でも俺はこの子の。
マリーの前では勇者でいたい。
読んでくださりありがとうございます。
作者も泣いて喜んでいます。




