第75話 《まほうしょうじょ》は『魔法使い』
なんだろう……めっちゃ揺れてる。
すっごい揺れてる。
もうそれはそれはすんごい揺れてる。
「死なないでぇ……死んじゃやだぁ……」
なんかおれの身体が右に左に揺らされてる。
ゆっくりと瞼を開けば、ソアレが大粒の涙を流しながらおれの身体を揺さぶりまくってるわけで。
いや、あのね……仮にもおれは自分の胸を手刀で貫いてそのままぶっ倒れたわけで――そんなブンブン揺らしたら絶対良くないよね?
「……え、ああ……そ……」
どうやらおれは生きてるようだ。痛みも苦しみもなく、ただ眠っていただけのようにしか感じない。ソアレには大丈夫だと声をかけようとしたのだけれど、
「と、と……トリノちゃあああんっ!!!」
「あばば」
おれが目を開いたと同時に揺れが更に増す。上下に揺れまくってわけがわからん。ソアレがブレて見えてこのまま、また気絶してしまいそうだ。
「だいじょうぶ、トリノ……生きてる」
しかしそこはルミアがソアレの裾を引っ張ることで、やっと揺れがおさまった。せっかく生きて帰ってこれたのにそのまま永遠の眠りにつくところだった。
「あ、……ご、ごめんね――――」
「いや、おれのほうこそ遅くなった」
さっさと処理して帰るつもりだったのだけれど、こんなに時間が掛かってしまって本当に申し訳ない。
「その……トリノちゃん、髪と目……どうしたの?」
「どうしたって、どうなってるんだ??」
鏡もないのでどうなっているのかわからない。
「片目が金色で……髪も……金色が混じってるっていうか……」
「ほーん、でもまぁ、特に違和感ないしだいじょうぶやろ」
だが、おれはアマツの代わりに《荒使》の王になってしまった。
対戦は終わったが、おれは《まほうしょうじょ》ではなくなった。
「ソアレ、わるい」
だからおれは深々と頭を下げて、
「約束守れなくてさ」
世界が終わってしまうのも、ソアレたちの記憶が消えてしまうのも嫌でどっちも欲張って無しにするためにおれが王さまの代わりを務めることになってしまった。
ひとつだけわかることは、おれは帰れない。
この塔で……ずっといなくてはいけない。
「どうして? いっしょに、帰ろうよ」
だけどソアレはおれの手を引いたまま、
「うまく説明できないけど……帰れないんだよなぁ」
そしておれは自分の《首輪》を指させば、もうそれはなんの色も滲んでいない透明なものに変わっている。ランクは消え、おれは《まほうしょうじょ》ではなくなっている。
「そんなの関係ないよ。だってわたし、まだトリノちゃんに教えてもらってないよ? もっと強くなりたいもん……いろんなことを教えて、もらわないと――」
しかしおれはゆっくりと手を離して、
「もうソアレに教えることはない」
別におれは先生でも師匠でもなんでもないし、ソアレにもアドバイスした程度でそれ以上のことはしていない。
ソアレは、もう十分つよい。
ぶっちゃけ……もっといろんなことを教えて、もっと強くなってほしい。
でも、もうそんな時間が残されていないから――ここまで、来れたソアレを信じておれは突き離す。
おれはただ、何も失いたくないから……どちらかなんて選べないから、ソアレをきっと傷つけてしまうとわかっていてもこの選択を選んだんだろう。
中身はやっぱりただのどこにでもいるおっさんでしかないんだ。
だからこの心地よかった異世界が消えるのも、おれのことを慕ってくれた《まほうしょうじょ》たちがおれのことを忘れてしまうなんてことも嫌で――おれが情けないヤツだから、だからこうなってる。
「や、やだ……そんなの…………」
おれの拒絶にソアレが震えながら腕を伸ばすが、それでもおれは後ろに下がってソアレの手の届かないように離れていく。
そして突然、地震が起きたみたいに大きく揺れる。
別れが、近づいている。
《王》と会えるのも、戦えるのも――《虹色》がいて初めて成立する。いま、ここにそのランクに達している者がいない以上、また次の《虹色》が現れるまで、その姿は隠匿される。
そして塔が急に音を立てて崩れ始まる。
ってかおれもこっからはどうなるかもうわからない。
「トリノちゃんッ!!」
「これ、ありがとうな」
初めてソアレと出会ったときから借りていたマントを投げ返す。
両手でそれを抱きかかえたままソアレはおれを見ている。
塔は真ん中で綺麗に割れていた。ソアレの足元でルミアがくっついて、ソアレもおれを追いかけては来なかった。
「なぁ、ソアレ」
でも、こんなところで終わりじゃないだろう。
おれがそう言うと、塔が崩壊していく――けれどソアレとルミアの足元には光があふれ出し、ふたりの身体が吸い込まれていく。
「これで終わりちゃうって……おれはずっと待ってるからよ。ソアレが《虹色》ぐらいめっちゃ強くなれば――また、会えるやん?」
だってそれが《王》と対戦するためのルールならば、この異世界はまだ終わっていないのだから――これまで通りのルールを遵守すればなんの問題もない。
その言葉を聞いて、ソアレの瞳から消えていた光が灯り出す。
「そ、そうだ……そうだね――うん、うんっ!! わたし、もっと、もっと……つよくなって、またトリノちゃんに会いにいく!!」
そう力強く声を上げると、ルミアもまたコクリと頷いて、
「ルミア……も、がんばる……トリノ……と、また会いたいから……」
ふたりからそんな風に言ってもらえるだけでおれはもう十分だ。いまにも泣きそうだけど、恥ずかしいから頑張って耐える。
「待ってる」
さようならなんて、言うわけがない。
だって、おれもこれを望んでいたのだから。
最悪な未来とか、最低な結末とか――おれはただの一般人だ。転生してもそれは変わらない。だから、ここで書き換えてやった。
《転生者》の敗北で消えてしまう《まほうしょうじょ》の記憶も。
《荒使》の王の敗北で消えてしまう《異世界》の存在も
何もかも、手を加えた神さまがいたとして……口添えした女神さまがいるとして、でもおれたちの目の前に現れないのなら――このままずっと放っておいてくれ。
ここからは、この世界を本当に作った者と――この世界に転生したおれが続けていくからよ。
「トリノちゃんは……なんでもできるすごい《まほうしょうじょ》だね」
涙を浮かべているけど、これがお別れじゃないってわかったのかソアレの顔は満面の笑顔だった。
「おれは《魔法使い》だからな」
《まほう》に名を与えるならおれは《魔法》だった。
おれの思い描く知識ならば形にできた。もっと上手くできたのかもしれないが格ゲーのことでしか再現できなかった。これまでも、ずっとこの力のおかげでなんとかできた。
けれど、これはおれがそんな《魔法》に頼らず、おれの意思だけで選んだ結果だ。
この異世界は終わらせないし、ソアレたちの記憶も消さない。
おれは元の世界じゃ何も果たせなかったし、けれども後悔することもなく空っぽなまま生きてきた人間だけれど……生まれ変わったこの異世界で、少しでも変われたかなって。
「またね、トリノちゃん――――」
「またな」
そしてソアレとルミアはふたり手を振って、消えていった。
塔は崩れていく。
おれは、このままどこへ行く。
どこでもいいさ。
ソアレが、ルミアが……《まほうしょうじょ》たちが――また、会いに来てくれるまで、いくらでも待ち続ければいい。
おれは選んだんだ。
自ら捨てるようなことはしない。
いつまでも、ずっと、孤独のままであろうとも――おれは《まほうしょうじょ》のことを信じ続けてやる。
本日もここまでお読み頂きありがとうございます。
次回、終章にて完結です。
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それでは完結まであとわずかですがよろしくお願いします。




