第74話 汝、《荒使》の王を――――
「おいおい、マジか……」
辺り一面真っ白な空間。
地平線? 水平線? なんだかよくわからないけれど、どれだけ遠くを見ても果てが見えない。
ってか、おれ…………元に戻ってるんやけど。
手を見たら丸いしでかいし、腹はでてるし、デブのおっさんに元通り。服は着てる。よかった……死んだときに着てた恰好のまんま。
じゃあここはどこ? あの世かな?? 来世はもうちょいカッコよくしてもらえると助かる。
いや、そんなことよりも……、
「ほんとに死んじまったのか」
閉店したゲーセンの帰り道――トラックに撥ねられて死んじゃって、そのまま目を醒ませば幼女に生まれ変わって転生するし、格ゲーの知識だけでなんとかなって……。
「なんやかんや楽しかったな」
思い返せば、頼られたり……元の世界ではそんなこと一度もなかったし、体験したことないことばかりだった。ましてや異世界に幼女になって転生するとかおもしろい経験もできた。
これが夢でもいい。死んだことで見た最期の夢なら、自分の知識でどうにかなって……気持ちよくさせてもらえたんだ。喜んで逝ける。
「あ、その感じ……トリノくん?」
「え? ……だれっすか――??」
顔も知らないヒトに声かけられて……いや、白いモヤみたいに輪郭だけがボヤけて人っぽい形をしているだけだからオバケか何かかな? こわいね。
なので一歩後ずさりして、おれは恐る恐る声を返す。
「いや、こっちもよく見えないんだけどね……なんとなーくトリノくんなのかなって」
よく聞けばアマツの声だった。しかしやっぱり白いモヤのせいか顔はよく見えない。むこうもこっちの姿はよく見えないそうなので助かってる。
なにせ転生する前のデブのおっさんである。おれの本当の姿を見られるのは正直困る(見た目的な意味で)
「えらい声が野太いけど……もしかして転生する前の姿って感じ?」
「そうやけど……ってかそっちはあんま変わりないな」
「まぁ、転生する前も女性だし」
「……そうっすか」
そしてお互いなんか足元から消えていってるけど――
「あーあ、どうなるのかなこのまま」
と、言われてもおれが答えれるわけもなく。
「あのさ」
でも、おれはまだやっぱり諦めがついていないようで、
「完成させてくれよ、この格ゲー」
「いや、そうしたいけど……アタシも多分死んでるからさ」
「でも、何も憶えてないんだろ??」
「そうだけど……」
死因すら憶えてないなら、死んでないかもしれねぇ。そういうことにしてくれよ。
「だけど、アタシはトリノくんに負けたからもうあの異世界は終わりだって」
「いや、終わってたまるか」
おれは諦めきれない。おれが負けたら《まほうしょうじょ》の記憶はまた一からやり直される。おれのことも忘れられる。そんなのイヤだ。
おれは、あの異世界が気に入ってる。
おれのことを忘れられて、おれもそのまま消えるのが心底耐えられない。
そうだ、おれは……。
「おい、アマツ……おまえの力も何もかも全部おれに寄越せよ」
「いや……なにいってんの……??」
「王さまは……おれが代わりにやってやるってわけや」
「……………………………………………………はい?」
いきなりおれがめちゃくちゃなことを言い出したので、アマツは気の抜けた返事しかできなかった。
だって、《荒使》の王が敗れて消えたら……異世界が終わるになるのなら、また代わりを用意すりゃいい。
そして……転生者の来ない世界にしてしまえばいい。完成すれば――このゲームが未完成だから、新たに操作キャラを必要とされて《転生者》を寄越してくる……そいつが負けたら《まほうしょうじょ》の記憶は消えて、スタート地点に戻される。
どっちもおれは勘弁して欲しい。
異世界は消えて欲しくないし、おれの知ってる《まほうしょうじょ》たちも消したくない。
「いや…………よくばりすぎない???」
「いやいや、おれただの人間。どっちか選べとか無理だから」
おれは勇者でも救世主でもない。ただの一般人。
格闘ゲームしてただけのおじさん。
そんなおれに二択なんか迫るなよ。ファジーガードでどっちも対応するやん。世界か、彼女らか…………どっちもだろうがそんなもん。
「格ゲーやってるおじ、みんな欲望ヤバすぎるってぇ……」
「どっちか選んで負けなら、どっちも選んで勝ちに行くに決まってるやろ」
《異世界》か《まほうしょうじょ》かどっちか選べ?
無理な択ふっかけてくんなよ。おれはどっちも選ぶぞ。
「ってことでほら」
だからおれは手をちょいちょいって振る。
「アンタはこのゲームを完成させろ。おれは代わりに王さまやっとくから」
「ほんとムチャクチャだぁ……」
「いいから、2Fでやってくれ」
「そんな速くできないって……」
そして白いモヤのままのアマツが手を伸ばす。
「おお、なんか光ってる」
アマツもそんなむちゃくちゃな道理が通るわけがない――と、適当に手を伸ばしてみたら急におれの身体が光り出した。
「じゃあ、そういうことで」
「ええ……ほんとに、こんなんでいいの???」
「いいんだって、それに……そっちも同意してるから、通ったんだろ?」
おれの択は通った。
アマツの《王》だったときの力を受け取り、おれはそのまま虹色に光り出している。
また視線が少しずつ低くなっていく。身体も軽くなって、おれはまた……《まほうしょうじょ》だったころの幼女の姿に戻っていた。
ちょっと……ところどころ違うのは――《荒使》の王として変質したからなのか――まぁ、これで王さまが復活したから異世界が消えることはないだろう。
「トリノくんってさ……いや、その……なにもの???」
「は? ただの格ゲーおじやって」
選ばれし存在でも、何かしらの宿命を背負ったわけでもなく、ただ本当にだらだらと生きて、格ゲーだけやってたおじさんでしかない。
でも、
「おれは、あっちの異世界が好きになったんだよ……それにまだあいつらに教えてないこともいっぱいあるし、もっと強くなって欲しいんよ……だから、このまま終わらせたくないだけ」
ただ、それだけ。
「……そうなんだ」
なんか気の抜けた返しをされてしまう。
「そっか…………」
そして小さくそう呟いて、
「トリノくんは……あの異世界、たのしかった?」
「そりゃもう、格ゲーしてたおかげでずっとたのしませてもらったで。だからやっぱ完成した異世界が見たいって思うのは普通やん?」
だから未完成だってのは本当にもったいなくて、おれは本当の完成した世界を見たいと思っている……おれだけじゃない、おれの知っているあの子たちといっしょにだ。
「うん、まぁ……その……がんばってみるよ――死んじゃってると思うけど」
「それならそれでいいさ。異世界が消えないならそれでいい」
それだけで、じゅうぶんなんだ。
「さっきの野太い声と違って、かわいらいい声に変わってるね」
「うるさいねん、さっさといけよ。おれが王さまやるし、《転生者》のおれも生きてるから……だいじょうぶやろ、たぶん」
「たぶんって……こんなことはじめてだからどうなるかアタシにもわかんないけど」
「あかんだらそのときはそのとき……べつに……だってさ……」
もし、このやり方がダメだったとしても、
「おれはずっと憶えてる」
《荒使》側に回れば記憶は保たれる。
なら、王さまになったおれは……《まほうしょうじょ》たちのことを忘れずにずっと……ずっと憶えていられるはずだ。
アマツはその中でずっと同じ時間を過ごし続けたせいで耐えられなかったのだろうが……おれは、どうだろうな。どうにかなるかな。
「ああ、そろそろ消えそうだね……ありがとうトリノくん、アタシを解放してくれて」
「そういうのええって、こっからはおれが好きにするんやから……その、どうなるかはまったく想像できんけど」
《転生者》のおれが消えずに存在する限り、次の《転生者》は現れない。なら……もし、もしもだ……ずっと同じ時間を生きることになったとしても――
「さいご……これでさいごなんだ――トリノくん、きみは本当に何者なんだい??」
「いや、だから……ただのおっさん――」
「格ゲーをしてたトリノくんは、ほんとうは……どれくらい強いんだい??」
そんなこと訊かれてもな……でも、この異世界では確かにおれと同じレベルの相手が存在しなかった。知識だけでどうにかなってしまったから――
「おい、消える前にこっち向け」
そして白いモヤのままのアマツに向かって、おれは誰もいないのにデカい声で言うのもなんか恥ずかしくて……なにせ若かったころ、イキってたおれのことなんて他の誰かに言うのはええ歳したおっさんだと羞恥で死ぬ。
「――――だ」
「ああ、……あーーーー……出たことあるんだ、アレに」
「身バレするから調べんなよ」
「しないってば……ふーん、そっか、そんなヒトがね……」
なんだか満足そうだ。
アレが何かは言わない。教えない。
そしてそのままアマツがゆっくりと消えていく。
「ありがとう、ノリトくん」
「おま……おれの名前――」
そっちは一言も教えてないのに。
「はは、仕返しだよ…………」
まぁ、《転生者》の本当の名前ぐらい知ってたのかね。
最初の白い繭の中で機械の声みたいなんが聴こえてたけど……あのときにいろいろこっちのことは調べてたんだろうな。
でも、おれがどれくらい格ゲーのことを知ってるかまではわからなかったようだが。
「さて……」
おれも元いた世界から、異世界にいた姿に変わり――白い空間の真ん中に置き去りにされるが、
「帰るか――」
アマツは元の世界へ。
おれは異世界へと……帰還する。
目を閉じれば、すんなりと空間はそのまま真っ黒に染まって、おれの意識はそのまま途絶えた。
願わくば、次に目を開いた先に――――おれの求めた場所がありますように。
本日もここまでお読み頂きありがとうございます。
完結まで残りわずかとなりました。
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