第60話 この穢れは禊祓ぬ
今回は三人称で進みます。ご了承ください。
「さて、どうせキミはすぐ終わるだろうし……このままあのトリノとかいうやつを独りにすりゃボクの勝ちだからさっさと終わりにさせてもらうよ」
どれだけ強くても対戦以外は何の役にも立たない幼女の姿をした《転生者》なら、ソアレとルミアを無力化すればあとは《寄生型》を使っておわりだとミソギの中でストーリーは出来上がっている。
トリノ以外の誰もが対戦できずとも能力が低下するなんてこともないのになぜかトリノだけは対戦以外は無力な幼女となる。だがミソギにとってはそんなことどうでもよかった。
それは弱点として明確だから、この異世界で最も危険な存在だからこそ唯一弱点を用意してくれていることに感謝する。
(――王さま……今回はヒヤっとしたけど絶対こいつはそっちに行かせないよ)
ミソギは元の世界で病死した。
トリノと違っていろんなジャンルのゲームに触れているからこそ理解度は深い。格闘ゲームだけは触ったことはなかったが、すぐに理解し頭の中にコントローラーが思い浮かぶならその通りにコマンドを入力すれば技がでると知ればすぐにできた。
ミソギもまた元の世界で何か遺してきたわけでもない。未練もない。だが、現実はクソだということだけは理解している。この異世界は違う。楽しい。なにをしても許されるし、強ければ何をしても構わない。
だから、同意という特権は素晴らしい。
《まほうしょうじょ》であるが故に他者を傷つけることは出来ない。ミソギは《荒使》と名乗っているだけで、本来は《まほうしょうじょ》だ。
対戦以外は決して他者を傷つけられない。
それは今でもそうだ。
だが、同意すれば全てが叶う。
相手が必要な願いを提示し、それを叶えさせるために自分の願いを告げる――そして互いに同意し、対戦する。
ミソギが勝てば、敗者はミソギの思い通りにされてしまうのだ。
希望を見せて、絶望を与える。
なんでこんなことを?
たのしいから。
ただ、それだけ。
現実ではできなかったから、ゲームの世界のようなこの異世界なら何をしても許されるから。
ただ、それだけ。
それ、だけ、だった、のに、
「なぁ……なんで、だ? どうなってる??」
「……ん」
ミソギは信じられなかった。
何が起こっているのかわからなかった。
毒を付与する泡を、技を使うための力を失わせる水溜まりを、そのまま追い詰め、惑わせ、狂わせることがミソギにはできる。
あの《転生者》とかいうイカレたヤツだけは止められなかったが、それでもそれ以外はどうにでもなると思っていた。
それなのに、
「……なに? だって、それ、おじちゃんが――どうすればいいのか、見せてくれてたから――」
「…………………………………………は?」
ルミアの言葉に、ミソギは間抜けな声を出す。
ルミアはあのときミソギに植え付けられていた種とやらのせいで苦しんでいたけれど、それでもずっとトリノとミソギの対戦の様子は見ていた。
そしてそのときにミソギの使う《魔導技》に対して有効な行動は覚えていた。
「ルミアはその泡に触れない……けど、《穢濁》は……ルミアじゃないから」
「だから、ね?」と小さく呟くと、そのまま足元で涎のように黒い穢れを垂らしながら闇黒の獣が口を開く。
そして、腕を伸ばしミソギの放つ触れてはならない紫のしゃぼん玉を割ってしまう。触れている。確かにその泡に触れているはずなのにルミアには一切の異常は見られない。
それもそうだ。一人二役の《まほう》を使うルミアが操る《穢濁》はルミアではない。別の存在だ。もし体力ゲージが共通しているならどうなっていたかわからないが、《穢濁》は専用のゲージで動いているので関係ない。
「なんだよ、それは……」
そしてミソギとトリノの決定的な違いは知識量である。
格闘ゲームに関しての知識は浅く、基本的なルールしかわかっていないミソギにとってルミアのような特殊なタイプの性能をほとんどわかっていない。
ルミアは一度逃げている。
《まほうしょうじょ》から背を向け、戦いたくないから外へ出たとき――ミソギと出会った。そこで操られ、しかしミソギは怠った。
ルミアを絶望した顔が見たいだけだった。
操り、思い通りにいかない道を歩ませ、その姿を見て悦んだだけだ。それがいけなかった。
ルミアの《まほう》をよく知ろうとしなかった。
操るのならば、性能もしっかり把握すべきだった。
何故しなかった? するわけがないさ。
ルミアがここまで来るとは思ってもいなかったからだ。
再び自分の足で歩き、自分の手で選び、戦うことなど絶対に選択することはないと侮った。
その侮りが、ルミアの性能を深く知ることなく――こうして対策不足のまま対戦することとなっている。
トリノが見れば声を上げて笑っていたことだろう。
「別にキミの相手をしてるヒマないんだよね。だから、とっとと終わってほしいんだよね」
だからミソギは袖から伸ばした触手の口を開いて、あのいかなる存在も必ず毒にする霧を撒き散らす。
「もういいよ、どれだけキミが抵抗しようがこればっかりはどうしようもないだろう? どうにもできないだろう?? だから黙ってそのまま朽ち果ててくれよ」
対戦中の全ての空間を毒霧で包み、逃げ場などなく効果が切れるまで永続的に毒状態を付与させる絶対回避不可能の攻撃。それは容赦なくルミアの身体を蝕んだ。
(あいつは……手慣れてた……毒になっても全く動じない……でも、それはあいつが経験者で、何度もそんな状況になってるからだ……コイツはちがう……ただの《まほうしょうじょ》が毒になれば慌てふためいて、苦しみ悶えるに決まってる。そうだ……それであとはボクが小突いて終わりだ。泣き喚けよ……さっさとさぁ!!)
心の中で卑下た声を上げながらミソギは笑う。確定で毒を付与し、確実にルミアの体力を奪い続け、あとは体力ゲージをミリ残しまで削り切ったあと――ミソギが適当に攻撃を当てればおわりだ。
勝ちの道筋はもう出来上がっている。ルミアは……おわりだ。
(いや……いない……)
しかしルミアの姿が空間から消えている。
ミソギは舌打ちをしていた。隠れている――どうせ自身の影に隠れて移動する《魔導技》を使ったのだろう。たしかに移動中は完全に無敵なのだからその間は霧を吸い込む前に隠れれば助かる。
しかし無限にそれができるなら確かに逃げ切れるだろうが、それが出来るのは一定時間だけだ。
(あの黒いイヌコロだけボクの前に動かして……ああ……)
ミソギがルミアを操ってトリノと対戦させたことを思い出す。《穢濁》に重なるように自分の影を使って視覚に移らないように移動する。そして奇襲。
何度も何度も同じ手ばかり使って、もうバレているのだから意味がない。そう、それはミソギも知っている。だからミソギはわざと放置する。
出て来たところを潰せばいいだけだ。霧を展開しているときだけは他の《魔導技》を使えない欠点は隠しているが、そんなもの使えなくてもなんとも思わない。
《影潜》という移動技は確かに便利だが、全身が出てくる瞬間は無防備で、次の行動まで硬直がある。だからどちらから出てこようが、そこを叩いて――
「ん……」
だが、ルミアはミソギに近付くよりも手前で姿を現す。《穢濁》を盾にしながら進んで来る。既にミソギの視界には紫色になったルミアの体力ゲージが映っている。
毒になっている――このまま体力は一定の速度で減少していく。しかしルミアは立ち止まることなくミソギの前へ向かってくる。
「……おじ――ううん、トリノが教えてくれた――」
毒になっても死ぬわけではない。
トリノも毒になったところで慌てることなく、必要な動きしかしなかった。ルミアはその様子をあの苦しみの中で眺めていた。
あれだけ静かに、落ち着いて、いつもは荒々しい言葉で、乱暴な動きで、だけど、対戦しているときのトリノはどれだけ言動が荒々しくても――必要な動きしか選択しない。
ルミアはただ怖かった。
どうしていいかわからなかった。
わからないから、こわかった。
なら、どうすればいいか……知ればそれだけで、変われる。
「いや、だからなんだよ、それでキミが強くなったわけでもなくて、ボクに勝てるわけでもないだろうがぁッ!!」
だがミソギの激昂を前にルミアは決して動じない。
だって、どうすれば勝てるのか――もうわかっているから。
「……《穢濁》――」
そして黒い泥の獣が口を開き、牙が回りながらミソギを襲う。ミソギはすぐにそれをガードする。
(あの《穢濁》とかいうやつを動かせば動かすだけ専用のゲージが消えていく。ならそれが尽きたときがこいつの終わりだ……最初の攻撃さえ防ぎきれば――)
しかしミソギは見落としている。
ルミアのことを知ろうとしなかった。
だから、これは知らないままだ。
「じゃあ、これは――」
ルミアの五指に付着する泥のような黒い爪。ルミアがそのまま地面に触れ、
「影穿――」
ミソギがまだ知らぬ《魔導技》を唱えた。ここからミソギはトリノとの力量の差を知ることとなるだろう。
「それがなんだ……どうせたいした……キミ自身は攻撃するような《まほう》は使えない――――」
ルミアが《まほう》を唱えて何も起きずにいた。それと同時にミソギは飛んでいた。ミソギの頭上目掛けて五指の爪を伸ばす。
だがそれと同時にミソギの足元で蠢く黒い水たまりがゆっくりと銛のような形状に変形していく。
「それがどうしたよ! こんなのガードしてる状態のボクに使ったって…………」
ミソギはいま《穢濁》の攻撃をガードしている。この状態で足元から生える銛と、上空から落ちてくるルミアの攻撃が来る。
攻撃が上と、下から――来る。
ガードはできる。空中から来る攻撃は中段判定――立ってガードすればいい。なら、この下から生える銛は《《どちらだ?》》
(これは……下段判定……なわけが……)
もしそれが同時に来たらどうなる?
中段と下段の判定の攻撃が同時に来た時――ミソギはどちらを選べばいい? 両方は選べない。中段と下段が交互に来るなら立ってガードしてからしゃがめばいいだけだし、逆のタイミングならガードも逆を選べばいい――
だが、同時に来れば――ぴったり同時に中段と下段の判定の攻撃が重なったとき、ミソギはそれをガードできるのか?
答えは否。
ミソギは知らなかった。
《影穿》は下段判定の時間差で発生する銛を生成する攻撃だ。決めた位置に生やせるとはいえ発生が遅く、それだけだと役に立たない。
だが、《穢濁》の攻撃をガードさせることによって縛り上げ――行動も反撃できない状態にしたまま、それを使えば、そのまま更に行動できるルミアがジャンプして攻撃を更に重ねることで、
「……が、ガード不能……連携……??」
ミソギはあり得ない――と、口走る。
それもそうだ。反則だ。ルールを無視する狂気の連携。だがあるのだ。あの世界には――あったのだ。
これは《まほうしょうじょ》たるルミアだからこそ許された攻撃だ。
確かにミソギは立ってガードをした。ルミアの攻撃はガードした――だが、地面から生えた銛の一撃を絶対にガードできない。
ミソギの胴体を、銛が貫いていた。
死にはしない。体力ゲージが消えるだけだ。
そしてルミアの体力はもう『1』になっている。だが、それでもルミアは逃げることはしなかった。戦うことを選んだ。トリノの教えを聞き入れ、言われたとおりにした。
独りでは出来なかった。
独りではどうすればいいかわからなかった。
だけど、もう独りじゃない。
困った時、悩んだ時、何でも教えてくれるヒトがいることがどれだけ心強いか――だからルミアは変われたのだ。
「おわるの……あなたのほうが……」
ルミアは自分自身の弱さで道を間違ってしまった。
だけど、こうしてまた《まほうしょうじょ》として戦っている。
ソアレのように個としての精神が強固ではない者に必要なものは手を差し伸べてくれる優しさだ。
「故に――――」
だから、《まほう》に《才覚》を与える。
「いやだ」
しかし、銛で貫かれるミソギはまだ終わっていない。
対戦は体力がゼロになってはじめて決着がつく。
それなのに、
「いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだボクはこんなこんなのに、こんな格下なんかにまけ、まけ、まける、まけるわけが……、うそだ、こんなのは、こんなことはぁ――」
見えないなにかが割れる音がした。
対戦中は見えない空間の中で戦っている。端を定めるためだ。格闘ゲームは画面端があるからこそ、果てがないからこそ逃げ続けることはできないようになっている。
それを、ミソギは割った。
《まほうしょうじょ》たちは知らない。
だが、《転生者》であるミソギは知っている。
ネット対戦でも、敗北を認められぬ者が――行う、最も許されざる行為。
ルミアが手を伸ばしたとき、ミソギは唐突に画面端よりもさらに奥へと逃げる。そんなこと、できるはずがないのに。
何が起こったのかわからずルミアは目を点にして、間違いなくルミアが勝っていたはずのこの対戦を――無効にした。
「なぁ――……」
それと同時に《荒使》を掴んでミソギに向けて放り投げていた。だがミソギの真横に串刺しになっている《荒使》よりも、ミソギはもっと恐ろしいものを見ている。
ミソギは大罪を犯した。
対戦における許されざる罪を。
「切断したな……? おめぇ…………??」
だから、それを最も許さぬ者を――怒らせた。
無数の《荒使》は既に処理しきっている。その隙間からミソギを見るその視線はもはや殺意だけが籠められていた。
「荒らしだそれは。口プレイすんのもいい、煽るのは勝手にしろ。おまえがここで何をするもの好きにすりゃいい。だがそれはダメだ。それだけはダメだ。それを許すわけにはいかない。それを見過ごしたままにすることは決してできない」
もはや怒りで口調に西の言葉が乗ることも無く、対戦における罪悪の極致を行ったことでトリノの両目は見開いていまにも眼窩から眼球が零れそうだった。
「荒らしは、処理する」
だからこそ、もうトリノはミソギを逃がしはしない。
汝――この《転生者》を×せよ。
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