第52話 汝、■■■を×せよ<6>
決してミソギは動かなかった。
おれが動かないから、動く必要はないと――ただ何もせず自ら滅びていく様を眺めているおれの行為はもはや自殺と変わらない。だから放置していた。
そして霧が晴れる。
永続的に霧が出続けるわけではなく、時間経過で消えるようなのだがそんなことはもう関係ないだろう。だっておれの体力は見事なまでにミリ単位にまで減らされて、あと一発どんな攻撃でも当たれば負けなのだから。
「……こいつ」
だが圧倒的有利だというのにミソギの顔は不愉快そうに歪んでいる。
気に入らないだろう。おれの体力はもう目視では残量が確認できないほどに消えて無くなっているというのに腕を組んだまま仁王立ちしているのだから。
「命乞いしてほしかったか? 助けてくださいって懇願すりゃよかったか?? もしかして《荒使》に寝返りゃ満足だったか???」
だがおれはミソギの思惑を裏切るように、この絶望的すぎる状況を前にして決して心は折れることなく前を向いている。
それが本当に気に入らないのだろう。
やり口がカスのこいつはどうせボロボロになっていく獲物を前に、慌てふためく様子が見たかったのだろう。対処のしようのない回避不能の全体攻撃みたいな霧を撒き散らして、イキったおれの顔を歪めたかったのだろう。
だが、おれは全く怖気づくこともなく――そりゃそうだ。
だってこれが格ゲーの仕様通りならば、毒では死なない。
おれが今まで見て来た格闘ゲームの中にも毒状態にして体力を減らす攻撃手段なんて何度も見ている。それは確かに強力だ。
毒を解除しなければ延々と体力は減り続ける……しかし、その毒という状態異常でRPGだったり他のジャンルのゲームなら死んでしまうかもしれない。
だが格闘ゲームはそれで決着はつかない。
かならず体力を……仮にゲージではなく数値にして置き換えることが出来るのならばおれの体力は『1』で止まるようになっている。
その『1』を『0』にするには直接、ミソギ本体による攻撃で削り落とさなければならない。ミソギから攻めてくれれば迎撃する気満々だったからだ。しかしそれはしてこなかった。
動いてくれれば、終わったのに――
「なんだよ、なんなんだよホントにさぁ! つまらないつまらないつまらない……絶対に毒になるんだ。体力が減ったら焦って動くもんだろ? 動くべきだろうがぁ!! 狩られるヤツが、なんでそんなに大人しいんだよおもしろくない!!」
だからこそ、ミソギは思い描いたとおりの結末にならなかったことに憤怒していた。戦い方に性格が出すぎである。
どうせ痛めつけて、ボロボロになっていく様を眺めて、そして許してを懇願するおれを見たかったのだろう。そんなことさせるかよ、ボケ。
「ああ、そうかい……わかった、テメェのその元気な理由はよくわかった」
楽しみ方は人それぞれだ。好きにすればいい。
だが、おれの目の前で――おれの知っているヒトを傷つけるようなやつは――おれは主人公なんかじゃない。そこらへんに転がっているただのおっさんでしかない。
だが、この世界でおれは戦う術を持っている。
持っているのに、使わないわけにはいかないだろう。
「つまんないよ、キミはさ。キミが負けても玩具にするのは無しだ。そこらへんに棄ててやる」
そしてミソギの袖口から触手が顔を出すと、腕に絡まっている。
「ふぅーーーーーー……」
ただひたすらにおれは大きく息を吐いて、
「おれを負かせてからほざけ――――」
逃げられぬ絶望が、諦めが心を殺す。
おれの体力ゲージは紫のまま削り取られ、あとひとつ何が当たっても終わる。毒のダメージでは決しておれの体力をゼロにはできない。
だからこれ以上おれの体力ゲージを紫色に染めたとしても、失った体力はもう元には戻らないけれど、その毒でおれが敗北することはない。
毒によるダメージで決着はつかないようになっている。必ず最後は本体であるミソギの攻撃でおれの体力をゼロにする必要があるのなら――
「じゃあ、今度こそ終わりにしてあげる。ゲージも溜まったしさ」
何もしていないのに時間経過でミソギのゲージは回復するのか、よく見れば毒の霧で空になった三本の技ゲージがもうすでに一本だけ回復している。いや、それはズルいだろ。おれにもくれよ。
そして《まほう》に名を与え、威力を増す《才覚》ならば――ガードしたとしても体力ゲージは削れ、ゼロになる。おれはミソギが放つもっとも強力な攻撃をガードすることも許されない。
たとえガードできたとしても、おれのいまの体力は確実に毒によって減り続けミリ単位の目視すら叶わなくなったあまりにも短い体力ゲージ。攻撃をガードすれば体力は削れ、間違いなくゼロになる――詰みである。
おれは上を向いた。
ミリ残しの体力ゲージ。何を食らっても、ガードしても終わってしまう状況。体力差は圧倒的不利。逃げるところもなく、立ち向かわなければ勝ちに手は届かない。
おれが諦めたように見えるのだろう。
ミソギは今から自分の手で全て終わらせるという達成感にその表情は狂気に溢れ、笑いながら腕に絡みついた何重にも連なった触手が鋭く突出し、いままさにおれの全身を貫かんと迫っている。
おまえの負けだ――と、ミソギの表情は勝利を確信しているように見えた。。
いつだってそうだ。
でも、何度だって見た。
こんなこと、幾千と見た。
これは初めてではない。
この程度の状況、窮地と判断したことはあったか?
否。
あり得ない。だからおれはそれを否定する。
格闘ゲームは、体力ゲージをゼロにして初めて勝利となる。
時間制限で体力が多い方が……いや、他に勝利条件があったとしても――おれの体力がミリ単位の極小ほどのものしか残っていなかったとしても、
「死ななきゃ安い……な」
まぁ、これはワンタッチから永パでコンボ決めて終わらせる世界じゃないが……それでも本当にその通りの素晴らしい言葉だと思う。
意味が違っていても、おれはこの言葉が大好きだ。完全に体力をゼロにしていないのに勝利したと勘違いしているその気楽な脳内を中身ごと叩き割ってやりたい。
「ああ、そうだ……テメェが何者だろうと関係ねぇ……」
いまは散々おれのことを舐め腐ったその言動を、根底からねじ伏せるためだけに戦う。舐められるのだけは絶対に許せない。おれが強くなった理由が、そんなやつらを一人残らずぶっ潰すためだ。負の感情が、おれをここまで育て上げた。
そう、ただおれはこいつが許せない。だからこそ、
「言ったはずだ……俺はテメェを吹っ飛ばすってな――」
おまえのそのくだらねぇ企み、根本から叩き折ってやる。
「死ね、死ね、死ね、怖がれ、怯えろ、震えろ――砕けろ……全部ゥ!!!!」
ドリルのように回る触手を突き立てながら、おれに目掛けて終わりの一撃を放つ。ゲージを吐いて出した《才覚》による《まほう》の攻撃はガードしても体力が削れる。そしておれの体力はもう1ミリしか残っていない。
ガードはできない。
いや……《《ガードする必要などない》》。
「フォース・マジック……」
脳内で入力される《→↘↓↙←+攻撃ボタン》によって、小さく呟かれる《まほう》の言葉。
おれはただ両手を開いたまま、目の前にかざしただけだ。
それが諦めの意思表示に見えたのか、ミソギはこれまででいちばん愉快な顔をしていた。その愉快を、歪ませてやるための表示だというのに。
「――フォールン・レイ」
そして《まほう》に名を与える。
その《まほう》はミソギの槍のように鋭く尖った触手の先端が、開いた両手に触れたとき成立する。
「――――――――――――――――へ?」
それはあまりにも情けないミソギの声だった。
おれにあと一度だけ、なんでもいい。なんでもいいから攻撃を当てれば勝ちならば――ガードが許されない攻撃を使えば確実だっただろう。
しかし攻撃はあまりにも直線的で、単調すぎた。
まっすぐ走って、まっすぐ攻撃をしてくる。ガードはしてはいけません。
だから? なら全て否定すればいい。
「ガァッ!!!?」
ミソギの攻撃は間違いなくおれに当たっていた。
しかしそれは当たったのではない。おれの構えた両手に触れた。触れてしまった。だから、発動する――おれの《才覚》を与えた《まほう》が。
――そう、当て身技だ。
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