第44話 違和感
ルミアの言っていた遺跡とやらに向かうのだが、その前にどうしても時間が欲しいとフルカノンのパイセンにお願いしたおれは――ソアレとルミアと共に修練場に向かっていた。
ルミアはソアレの手を繋いで着いて来る。なんかソアレにはめちゃくちゃ懐いてるんだけど、
「……なに?」
「なんでもないです」
でも、おれと目が合うとやっぱ機嫌が悪くなる。
しかしこんなことで凹んでる場合ではない。ルミアにも知ってもらいたいからとにかくおれはルミアを修練場に連れて来たわけで。
「ルミア、おまえは《まほう》の使い方さえ覚えればもっと強くなれるから」
「や…………」
しかしルミアはソアレを盾にするようにして後ろに隠れている。
そしてビクビクしている。初めておれと出会ったときはまだ好戦的で対戦できたけれど、思えば《寄生型》の《荒使》に操られていたと思えば……そうか、いまのこのルミアが本当のルミアなんだなって。
「ルミアちゃん、ノリトちゃんはこわくないよ」
「んー……」
しかしソアレがあやすように言ってもルミアはソアレの足にしがみついて動かない。だが、おれも無理やり教えるつもりもない。
(そうだよなぁ)
と、いうより勘違いしていた。《まほうしょうじょ》ってのはなにもソアレみたいに精神は強固なわけではない。ソアレは本当に特別だったんだ。思考が完全に《《おれたち》》に寄ってる。
でもルミアは違う。やりたくないことを強要されているから仕方なく……って感じだ。そらおれらの世界でいうとやりたくないゲームを無理やり遊ばされて、それで負けて、辛い想いをするだけならやらない方がいい。
だから逃げ出した。でも、それはなにもおかしなことじゃない。やりたくないことをやるなんて拷問でしかない。おれは負けたくないからここまで来た。これまでずっと続けて来た。
ソアレも勝ちたいから、どれだけ負けても進み続けた。でも、全員がそういうわけじゃない。やりたくないことはやりたくない……そりゃそうだ。ルミアは戦いたくないから逃げて、その先で《荒使》と出会って今に至るわけだけど何もおかしくない。
この世界の仕様は格ゲーすぎるけど、それをわかっているのはおれだけで……なにもわからないまま戦っているこの子たちはずっと不安だろう。そしてその不安に圧し潰されて、もう戦いたくないから……背を向けた。
「ルミア」
だから、おれはまたひとつ賢くなった。ルミアの元へ近寄る。ルミアも背は小さいが、それでもおれの方がちいさい。なのにおれが近づくとルミアはギュっと両目を閉じてソアレの足元で小さく震えている。
「ごめんな」
だからおれはルミアの前で深々と頭を下げた。
ルミアは親に怒られることを怖がるこどものように舌を向いたまま震えていたけれど、おれが突然謝ったのを見て、おそるおそる両目を開いていた。
「ほんとは戦いたくないんだよな。それなのにおれ、おまえの《まほう》が珍しくてさ……もっと強くなってほしいって、独りよがりにおまえに押し付けようとしてたわ。ごめんな、もう二度としない……そのかわり、遺跡にはついてきてほしい。それだけはルミアにしかわからないからさ」
遺跡に行くにはルミアの助力が必要だ。
だからもしそこで対戦になったとき、おれが全部処理するつもりではいるけど何かあったときルミアも戦えるようにおれの知っていることを教えてやろうと思ったけど、結局それっておれがやりたいだけでルミアが求めてるわけじゃないから。
他の《まほうしょうじょ》と比べて珍しい一人二役の《まほう》だから、きっと今より強くなれると思っておれは一方的に自分の知識を押し付けようとしていた。ルミアの意思を無視して一方的に戦わせようとしていた。
ルミアを追い詰めたヤツらと……同じやんけ。カスやんおれ。
「ん……だいじょう、ぶ……」
だけど、おれの謝罪を受け止めたルミアがソアレの後ろから身体半分だけ出して、そっと肩におれ触れていた。
「……おじ、ちゃん」
いや、おれの呼び方のままなんかよ。
「むずかしいこと、わからないけど……その、ルミアでもできること……ある?」
「ある」
即答。いくらでもある。難しいことはできなくていいし、まずは簡単なことから初めてくれるだけでいい。
それがおれがルミアに対戦したときに言っていたことだ。
「ルミアはゲージ管理さえしっかりすれば絶対強くなれるから。それ以外は求めない。でも、まぁ、もしそれ以外も知りたいなら教える」
ルミアの一人で二役するという攻撃手段。しかし召喚する《穢濁》には専用のゲージがあり動かすだけでも減っていく。そのゲージがゼロになる前に自ら召喚を解いて《穢濁》を動かすことをやめるだけでいい。
闇雲に動かしてゲージがゼロになればそれが回復するまで使用できなくなるというデメリット……しかし自分から召喚を解いて場合のゲージの回復の速度は実は倍以上も違う。
「それだけ……?」
「そう、それだけ。意識を少し変えるだけで大きく変わるんだよ。そこからできることを増やしていけばルミアだって立派な《まほうしょうじょ》ってわけ」
「おお……」
対戦してるときは話を聞いてくれなかったし、拒絶されてしまったがいまはまだなんか聞いてくれそう。もうひとふんばりだ。
「ねぇ、ルミアちゃん……ルミアちゃんはどんな《魔導技》が使えるの?」
ソアレ、おまえ……えらすぎるやろ。
めちゃくちゃいいタイミングでおれではなく、ソアレの口からおれが知りたいことを訊いてくれた。
「そ、それは……」
ひとつだけ知っている。影に潜って移動する《影潜》ってやつ。あれしかルミア単体で使える技は見ていない。
「ルミアちゃん、わたしもね……自分だとこんなの何の役にも立たない――って自分の《魔導技》が使い物にならないって思ってたの」
目を細めて、思い返すように……そっと手を伸ばして、
「でもね、トリノちゃんが教えてくれたんだ。わたしの《まほう》の使い方……ルミアちゃん自信を持って。トリノちゃんが絶対正しい《まほう》の使い方を教えてくれるから――だから、だいじょうぶだよ」
そしてニコっと微笑んで、ソアレはルミアに手を伸ばす。ルミアはチラチラとおれを見て、そしてソアレの手を掴んだ。
「おじちゃんなら、わかるの?」
「そのおじちゃんってのやめない?」
こんなんでもいちおう見た目は幼女なんやで?
「だって……そう、名乗ってた」
「わかりました、おれの負けでいいです」
そら自分で格ゲーおじって名乗ったけど、そのままルミアが聞いててこんな浸透してると思わなくて、もうどう足掻いてもルミアはおれに対してそう呼ぶっぽい。諦めるしかない。でも、おかしいと思わないのか?
「でもさ、おれって、いちおう女の子なのね……その、おじってのはねぇ――」
「トリノちゃん、オンナノコってなに?」
そこでソアレがおれに問い掛ける。え? なんで?? そこ聞く???
「ええ……」
なんなんこの異世界――やっぱどこかおかしい。性別という概念がないのか? だから《おじ》って言葉もないから、ルミアからすればあだ名みたいな感じ?
「……え? なんなん、男とか女とかおらんのここ――」
「なにそれ???」
しかしソアレは首を傾げて、ルミアも頭の上に?マークが出ているようにキョトンとしている。
「……こわっ」
じゃあ《まほうしょうじょ》ってなんなんだ? ソアレもルミアもパイセンもどこから生まれた???
――だめだ。おれも格ゲー以外は何もかも一般人以下だ。うまい言葉が思いつかない。何を訊いても、これに関しては答えを得られそうにない。
「る、ルミア……《魔導技》見せてもらっていいか?」
いまはとにかく話を元に戻そう。ルミアの使える技さえ確認できれば何かしらアドバイスできる。
「うん……」
そしてルミアは目を閉じて、前方に向かって握り締めた手を伸ばしてバっと開いた。
足元に黒い水たまりができたと思えば、それが時間差で銛のような形状をして突出した。ただそれだけだった。だが、十分すぎる。
「……ルミアが、いまできるのは……《影潜》と、この《影穿》だけ――」
「いや、ほんとそれあるなら問題ない」
おれはそのままルミアの両手を握って、
「それでこの《影穿》の使い方だが――」
実践してもらいたいが、きっとルミアは嫌がるかもしれない。せっかく一歩前へ進んでくれたんだから、とりあえず頭の片隅にでも入れてくれればそれでいい。
だからおれはそっとルミアに教える。あとはルミアが実践で……いや、戦いたくないからこれは本当におれの独りよがりだ。でも、知らないと知ってるではあまりにも差がありすぎる。
それにルミアは他の《まほうしょうじょ》と比べて特殊すぎる《まほう》を使うのだから、とりあえず知識として一つ覚えておいてくれるだけでいい。
「まぁ……全部おれが処理すりゃええか」
今すぐ独りで突撃して全部片付ければどれだけ気楽か。しかし遺跡の場所はおれにはわからないし、独りで行けば《寄生型》を出されたら勝ち目がない。
「ルミアちゃん、どう?」
「……ん、こわい、けど……やってみる」
「うん、トリノちゃんの言うとおりにすればどうにかなるよ」
ソアレのおれに対する絶対の信頼はどこから来ているのか……でも目の前でそんな風に言われるとなんだかこそばゆい。
それにルミアも完全に拒絶しているわけではなく、やってみると言ってくれるだけでおれも救われた気分になる。
やりたくないことを無理やりやらされて、ただ負け続けて疲弊して、もう戦いたくないって心が折れそうになっているルミアが、まだギリギリでも前に進もうとしてくれるなら――やっぱ勝ち負けあるゲームなら、勝てなきゃつまらないから。
「……でも、まぁ、なんとかなるかもしれねぇ」
ルミアの《まほう》を出すと、パチパチと手を叩いて称賛するソアレが見える。ああ、温度差……ガチすぎるおれじゃなくて、エンジョイな感じのソアレといっしょのほうがルミアはなんか上手くいきそうな気がする。
おれは勝ち以外許せないし、負けたら次は殺してやるの精神で格ゲーをやっていたけれど、そうじゃなくてただ友達と楽しく遊べればそれでいいって子もいたからさ。価値観は違えども、それを否定するような生き物になってはいけないわけで。
(ルミアのことは……ソアレに任せた方がいいかもな……)
ルミアの銀の髪に、ソアレの金の髪を見ているとまるで月と太陽のように見えて綺麗だった。なんて真っ黒な髪のおれが言ってみる。
「それで、用は済んだか?」
ルミアにちょっぴり信頼度がアップしたことで、なんとか話は聞いてもらえるぐらいには関係が向上したが、なにぶん時間が無い。パイセンがこちらに歩いて来る。そろそろ出発だ。
「ああ、もう……大丈夫かな……」
おれはそのままパイセンに向き合い、ソアレとルミアをコクリと頷いた。
少し遅れたが、これから森の奥地にある遺跡にへ向かうのだが……おれはわからないことだらけで混乱していた。
性別すら存在せず、ただ《まほうしょうじょ》は《荒使》とかいうバケモノと戦っている――この世界は、どうして続いている? おれは、どうしてこの世界に転生したのか。何一つまだ答えはわからないまま。
ただ、おれの胸の中で淀んだ違和感を拭えずにいた。




