第35話 汝、代行を×せよ<2>
「ほれほれ、こっちからは手ぇ出さんからもっと考えて攻めてみ?」
あえておれは何もせずにそのまましゃがんでガードしている。
ルミアはそんなおれの言動に怪訝そうな顔をしたまま、
「穢濁……」
再度、足元に展開するまっくろスライム。
目も鼻もついていなくて、ただ大口を開いたまま腕のようなものを出して地面を這うように進んで、
「影潜」
そうルミアが唱えると穢濁の影の中に全身が沈んだ。
互いに影の中に消えて、こちらの攻撃が届かない状態で移動できるのは強力だが小さな丸い影は地面の上で揺らいでいるのが見える。だったら出て来たところを殴ればいいだけだ。
「キャキャキャ……」
そんな単体ではおれの目に映っているルミアの影に重なるように不気味な声を上げて穢濁が前進する。
こうすることで穢濁の影と重なるようにルミアの影が重なり動くことでおれの視覚に映らず、背後に気づかれず回り込む――
「お、えらい」
だが同じ手は二度使わないようだ。
ルミアはおれの背後から飛び出さずに、目の前に現れた。そしてルミアは穢濁を攻撃させるより先に、そのまま地上投げで無理やりおれのガードを崩そうとした。
「あのスライムで攻撃させる前に、ガードを固めてるおれを投げようとする選択はえらい」
しかしおれはすかさず投げ抜けで、ルミアの手を払い除ける。
「行け」
ルミアは自分の地上投げが通らなかったことに表情一つ変えず、おれが投げを抜けたと同時に、ルミアは後ろに歩いて穢濁に盾にして命令する。開いていた口を閉じたかと思えば、くちばしのように尖りおれに向かって突き出す。
(一人二役キャラは確かに二体を同時に相手しないといけないのはキツいが……)
おれの目にはルミアの体力ゲージが表示されているが、その下に他の《まほうしょうじょ》には無かった《《もう一つのゲージ》》が見えている。
二体同時に攻めれるのは確かに強い。一対一で戦うゲーム性においてルールを無視するかのように二人で襲い掛かって来るとか文面だけ見たら終わってる。
だがその反則さは高難度であるが故に許されている――では、その難易度の高さはどこから来る? 一人で二人分の操作を要求される? それも確かにそうだが……おれも心が折れたのはそこではない。
(ゲージ管理だ)
ルミアともう一体いる穢濁というスライムは自律して動いているわけではなく、ちゃんと自分で操作する必要がある。前に歩かせるのも攻撃させるのも全て命令……いや操縦する必要がある。
それだけでも脳のリソースが削がれるというのに、最もおぞましいのはそのスライムは動くごとにその専用のゲージが減少していく。攻撃すれば更に減っていき、技を撃てばもっと減る。
そしてそのゲージが空になってしまうと――
「上手く動かせているが、ゲージを管理せず動かしているな?」
スライムが稼働できるゲージがゼロになれば強制的に活動を停止する。いや、泥で出来ているのかわからないが穢濁はその場で活動を停止するどころかドロドロに溶けて消えてしまっていた。
「……なに、それ?」
ルミアはそれを知らない。そりゃそうだ。そんなゲージなんて見えているのはおれだけなんだから。
「べつに……どうでもいい。それまでに、勝てば……いい」
「勝ててないんやけどな――そのぉ……穢濁だっけか? そのスライムくんを手足のように動かせるのは素直にすごいで。おれはそれすら慣れなくて諦めたし……でもそこまで鍛えたのなら、もっと上手くなりたくないんか?」
ゲージがゼロになれば一定時間、操作不可能になりゲージが満タンになるまではルミアは単身で戦わなければならない。
一人二役キャラの最大の欠点は操作性の難易度と、もう一つある。
それは、
(単体のキャラ性能は低めになってるはずだ)
分身であるスライムの性能はかなり高い。そら動くだけで専用のゲージが減っていって攻撃するにもそのゲージを管理して戦わんければならないのだからぶっちゃけ強く設定されている。
そっちに性能の高さを持っていかれてるのだから、本体であるルミアの性能は低めになってしまっているはずだ。まぁ、そんなの関係なしにめちゃくちゃしてきた一人二役キャラはいたかもしれないが――
「他の《まほうしょうじょ》は武器もってるのにおまえはその鉤爪と、影を移動するだけ……他になにができるんだ? まずは穢濁のゲージがゼロになる前にいったん休ませてやれ」
せっかく二体で攻めてこそ真価を出せるというのに、酷使しすぎてゲージをゼロにして肝心の味方が使えなくなるのは悪手すぎる。
召喚を解けばゲージは少しずつ回復していく。そしてまた召喚すればいい。一定時間使用不可になって攻めも守りも貧弱になってしまうぐらいなら仕切り直しになってしまってもここはゲージを溜めなおす方がいい。
「だって……そんなこと言われても――」
だがおれの助言に対してルミアはわなわなと震えている。そしておれをキッと睨みつけたまま、
「負けたら……おわりだから……」
そう言うと、下を向いて何も言わなくなってしまう。
これまでなんか機械的な感じでしか喋らなかったのに、おれの言葉にまるで熱を帯びたように感情が宿っていた。光の無かった琥珀の瞳が揺らいでいる。
「そうだ、負けたらおわりだ」
ルミアの言うとおりだ。
負けたらおわり――だったら負けるぐらいなら何も考えずにめちゃくちゃして勝つ。だからどうでもいい。別に構わない。格ゲーに正しい戦い方なんてないし、あったとしても強要してはならない。
そもそもこの世界が格ゲーみたいってのはおれが勝手にそう思ってるだけだ。そう思い込んで動いたらなんとかなってるから、なんて……全部その仕様に助けられてここまで来てる。おれが知っている知識がピンポイントで役立っているだけだ。
しかし少女たちにとっては苦悩や悲哀と共に戦っている。
だから、こそ……何の才能もないおれが唯一この世界には通用する知識が、少しでもこの子たちを成長させられるなら、力を貸したいだけだ。
「勝つか負けるかなら、勝ちたくないか?」
おれはルミアのことは何も知らない。
しかし、目の前で負けたらおわりだと絶望しているその顔を前にして変えてやりたいと思った。おれができる唯一ことで、他の誰かを助けられるならそうしたい。
こんなおれでも、元の世界じゃなんの役にも立たなかったおれでも――せめてこの異世界では誰かの力になりたい。
だから、おれは手を伸ばす。
「い、いや……」
でもおれがゆっくり近づくと、ルミアはおれの手を叩いて拒絶してその場でしゃがみ込んでしまう。
「も、もういや……いやなの……」
それは何かに怯えているようだった。
屈んだまま頭を抱えてイヤイヤと頭を振っている。困った……ってか対戦は終わっていない。
「いや、もう……戦いたくない……」
待て、自分からおれに対戦を挑んできた……はず、だ。
あのとき突然おれに声を掛けてきて、対戦しろと迫って来たのはルミアだった。それなのにまるで人が変わったかのようにルミアは酷く怯えたまま苦しんでいる。そしてついに仰向けのまま倒れてしまった。
「あ、……ああ――もう…………」
「ええ……おいおい、なにがあった……」
そのままおれはぐったりとなって動かなくなったルミアを前に、どうしていいかわからず恐る恐る近づいてみるのだが、
「なんだ……これ……?」
仰向けに倒れるルミアは小さな口を開いて倒れているのだが、
(なにか、いる)
ルミアの口の中に――黒い、蛇?
きも。




