第33話 迷い子<4>
「トリノちゃんはやくはやく~」
「ひぃ、ひぃ、やっぱ、この、からだぁ……」
フラスコの中で眠っていた少女が目覚めたのはよかったのだが、なんとそのまま逃走――フルカノンのパイセンも総出で少女を追ってるらしいのだが、かなり上手く逃げているようで見つけられないようだ。
ってかなんで逃げられてんねん。
おれとソアレにパイセンから《荒使》を狩って来いと言っておきながら申し訳ないと謝られた。声だけなのに頭を下げている画が浮かぶ。
とにかく協力をお願いされたのですぐに町まで戻って……いるのだが、対戦が成立しないとおれの身体は本当にただの幼女と化してしまう。
いかに身体が若返ったとしても体力は幼女と同等なので全力疾走しても足の速度はちっとも速くないし、体力も無いのですぐバテる。めっちゃしんどい。
息も絶え絶えの中、おれは必死にソアレの背中を追いかけているが、
「ソアレ……あかん、もう、だめ、しぬ……」
つらい。もう走れない。
ついにおれはその場でへたり込んでしまう。
「トリノちゃん……ほら、しっかりしてぇ」
だがソアレはそんなおれを片手で摘まむように持ち上げて、そのまま背負ってくれた。ちいさくなったおれの身体をソアラは背中で受け止めたまま、
「揺れるからしっかり掴んでてね」
「へい」
もう疲れて声もでない。全身の体重をソアレの背中に預けてぐったりとしたまま。だが逆にソアレは全くといって疲れを見せることなく駆けていく。投げキャラの体力すげぇ……。
いや、そもそも対戦の有無に関わらず他の《まほうしょうじょ》は力も使えるし、いまこうして走ってるソアレも常人を遥かに超えた速度で駆け抜けている。
そういやソアレのダッシュは地面の上を滑る仕様だから足の裏に車輪でもついてるみたいだ。
揺れるといってもほんと電車の中で座って揺られてるみたいな感じだったので眠ってしまいそうだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ついたよ~……あれ? トリノちゃん? 起きてよ~」
おれはソアレの背中で眠ってしまって、気が付けばもう町まで戻っていた。
「やっべ、乗り過ごした!!」
「え? なに?? どゆこと???」
だがおれの前にはソアレの背中。ここは異世界。電車の中ではない。
「いや、こっちの話……ありがとうソアレ」
「どういたしまして。それで……あの女の子を探さないといけなんだよね?」
しかし探すといってもこんな広い場所から女の子を探せって無理あるだろ。もし外に出られたら絶対見つけられないし。
「とりあえず分かれて探すか」
「トリノちゃんひとりでだいじょうぶ?」
「さすがのおれも町の中では迷子にならんよ……とりあえず見つけても見つからなくてもこの前、おれがスティルと対戦した噴水の前で落ち合おう」
そう言うとソアレの表情が曇ったように見えた。
「そういやあれからスティルって――」
「スティル……自分のランクを上げるために他の子たちに対戦をもちかけてわざと負けさせて自分だけ勝ち数を稼いでたんだよね――そのあとに負けた子たちはわたしたちみたいなランクの低かった《まほうしょうじょ》と対戦して負けた分を稼がせるようなことしてたから……」
そんなことまでしてあげるランクに意味があるのかおれにはとても理解できないが、それでもおれがいた世界でもいたのは確か。
「いまは謹慎中で、対戦しちゃダメってことになってるね」
早かれ遅かれスティルがしていた不正は明るみになっていた。ぶっちゃけソアレがスティルと対戦しなくてもあいつは裁かれたようだ。
「そのまえに勝てて……よかったよ」
それでも対戦できなくなる前にソアレは決着をつけようとしたのは――まぁ、やっぱ絶対に勝ちたかったのだろう。
(ランク差関係なしに挑みまくってるソアレがいちばんこわいが)
仮にも不正で上げているとしてもAランクだったスティルにDランクで延々と対戦し続けていたソアレの精神は賞賛に値する。無謀ではあるが、その心の強度は必要なものだ。
その無謀さに知識と経験を備えれば対等に戦えるのがこのゲームのいいところだ。って仕様が格ゲーなだけでソアレたちはわからないけれど。
(だけど……スティルのやったことはいけないことだ)
この話の問題は最後のしわ寄せで理不尽を押し付けられたランクが低かったソアレたちだろう。
「でも、対戦はお互いの同意がないと成立しない仕様だろう? 強制はできないのに……なんで?」
ゲーセンも筐体が向き合っている。その座っている相手のレベルを見て、対戦するかどうかを決めることはできる。
いきなり後ろから無理やり羽交い絞めにされて椅子に座らせるようなことはない。警察呼ぶわそんなもん。だがその逆で自分が先に筐体に座っているなら誰が挑んで来ても対戦しなければならない。
しかしこの世界はお互いに対戦するいう意思が重ならなければ一方的に対戦を起こすことはできない。あの人の言葉を話さない《荒使》ですら後ろからいきなり襲い掛かってこないという紳士っぷりだぞ。
「……《首輪》の色が《灰色》だと……決まった日程までに《白色》にならないとダメなの」
とにかく実力主義であるこの世界ではランクが低いままで停滞することもまたダメなのだそうだ。最初は誰でも初心者だ。おれだって何もしらないまま始めた。
だがこれはきっと解決するのは難しい問題だがランクによる強さは正直アテにならない。このランクの制度のよくないことは昇格ではなく、降格もあるが問題なのだ。
何も知らない初心者がDランクだとしても、もともとがCランクだった存在が降格してDランクになった者が対戦すれば――経験と知識に差がある。初心者が勝つのはもはや運を味方につける以外難しいだろう。
「もしかしたら今回の《まほうしょうじょ》の失踪事件は……スティルにも原因はあるよ……」
下を向いたままギュっと拳を握るソアレ。自身のランクを上げるためだけに、周囲を巻き込み、ついには何人かの《まほうしょうじょ》の引退に追い詰めている。
スティルが自身の勝ち数を稼ぐためにわざと負けてランクが下がってしまった取り巻きの《まほうしょうじょ》らがそのまま他の低ランク帯の《まほうしょうじょ》を啄むむという酷い環境だ。
そしてやがてソアレのように《黒色》にまで落ちたランクのままでも対戦を迫り――ランクを上げるため後がない《まほうしょうじょ》は対戦を同意する。
そして負けてしまう――その先に待っているのは、終わりだけだ。
「おまえは……よくそれでも他の《まほうしょうじょ》と戦わずにスティルと対戦したんだな」
「負けたままがイヤだったの。いつか絶対やっつけてやろうってと思ったら……ランクなんてどうでもよくなっちゃった」
「いや……おれはすごく好きだなそれ」
ただ勝ちたいじゃなくて、勝ちたい相手がいるって考えがとても良い。
おれも強くなろうとしたのはその考えだったから。何も知らないおれにいつも乱入してきては負かせてくるヤツがいた。そいつの顔が歪むぐらいにめちゃくちゃにして勝ちたいというもはや憎しみに近い感情でやっていたぐらいだ。
「え? す、すきぃ……!?」
「ああ、おれはソアレのそんなところに惹かれたんだ」
だからこれは偽りなきおれの本心だ。
しかしそんなおれの言葉を聞いたソアレはなぜか頬も耳も真っ赤にしたまま自分の両頬に触れたまま、蠕動しているのだが大丈夫か?
「も、もう……トリノちゃん、そんなおかしなこといって勘違いしたらどうするんだよぉ……」
「んん? おれは別におかしなこと言ってないが……」
なにをどう勘違いするのだ。
「わ、わたし……向こうのほう探すから~……トリノちゃんは反対の方をおねがいね!!」
「お、おう……わかった、いや、勘違いってどういう――」
「じゃ、じゃあねっ!!!!」
そのままソアレは逃げるようにおれに背を向けて、勢いよく走って行ってしまった。突然、置き去りにされてしまうがとりあえずおれも逃走した少女を探すとしよう。
……あれ?
……いや、ソアレと別れてものの数秒しか経っていないのに、
「…………………………………………おー」
どこから現われた?
なんか振り向いたらおもっきりおれの前に立っている。
ソアレよりは小さな背丈だが、おれが幼女なんで結局見下ろされる形だ。
「いや、おるやん」
めっちゃ普通におれの前にいる。他のみんなは何してんだよ。
「アナタ、が、トリノ……?」
「ですぞ」
なんでおれの名前知ってんだよ。
ソアレより小さいから見上げなくても顔が良く見える。肩あたりまで伸びてる銀の髪。そして琥珀色に照った瞳をしている。やはりフラスコで目が合ったのは見間違えではなかった。
そして真っ黒のゴスロリ衣装。よくできてるなぁ……《まほうしょうじょ》の衣装って。なんでおれだけ白いコートなんだよ。
フラスコの中では裸だったので、ここではちゃんと服を着てくれてるので助かった。しかし、パイセンも言っていたがこの子も《まほうしょうじょ》――どうして《荒使》の中にいたのかも気になるが、とにかくいまはパイセンのところへ連れていこう。
ツンツン。
「はい?」
なんかめっちゃ指先でおれのほっぺたツンツンしてる。
「アナタ、が、トリノ……?」
二回目。
「ですぞ」
なのでこっちも二回目。
「対戦」
ん????
「対戦、して」
いきなりかよ。
いや、でも、ここはパイセンのところに連れていくのが――
「対戦、して」
今日ぶっちゃけ《荒使》の《兵士型》とかいう雑魚しか処理ってないから、ちゃんと対人戦したくてぇ……でも、いきなり名前も知らない《まほうしょうじょ》の子と対戦していいのだろうか。
「ルミアは、ルミア……」
「ああ、ルミアっていうのね」
「対戦、して」
めっちゃやる気あるやん。
うう、こんなやる気ある子に挑まれてはおれも我慢ができない。
「対戦して、対戦して、対戦して、対戦して――対戦、対戦、対戦、対戦対戦対戦対戦対戦対戦対戦対戦対戦対戦対戦対戦対戦対戦」
「やべぇ」
そもそも両目の光が抜け落ちているし、壊れたおもちゃみたいに何度も何度もおれに対戦を切望してくるのはさすがに怖かったが、おれもそこまで言われてはもう耐えられなかった。
「ああ、じゃあ……対戦、するかぁ」
おれはそのままルミアの突然の対戦の申し出を受けることにした。




