第31話 迷い子<2>
「なんかすごいっすねぇ……」
パイセンに連れられて、おれとソアレは地下にいた。
この城のような建物の構造をおれは全くといって把握していない。殆ど行動を制限されていたし、檻の中に閉じ込められていたので当然だが。
ぶっちゃけ自由になってもおれは檻と修練場だけしか行き来してなかったけど。
地下を進むと仰々しいバカでかい扉があって、パイセンの首輪が反応してガチャリと鍵が開いたような音がした。
「あのぉ……わたしもついて来てよかったんですか?」
ソアレは昇格したとはいれ《白色》だ。だがそんなこと言ったらおれなんかそもそもランクが無い。首輪はついているが肝心の色が無いのだから。
「構わないさ……あの一度も勝てず、引退するはずだった《まほうしょうじょ》だった子が――今では白色の首輪をつけるまで成長している。この先どうなって行くのか興味があるな。トリノと共に行動していろいろ学ぶのもいいだろう」
やけにべた褒めのパイセンにソアレは耳まで真っ赤にしてプルプル震えている。でも、まぁおれもソアレがこの先どうなっていくのかは気になる。そしていつかおれと対戦してもらいたいぐらいだ。
「それで、こんなとこに連れてきてどうすんの?」
「見てくれ」
そして中に入ると、そこには理科の実験であったような丸いフラスコみたいなのがいっぱい並べてあった。ただし人が入るほどにデカいのだが。
どれも透明の液体が満たされており、一つだけ……女の子がいた。
おれが転生して、目を醒まし、最初に戦った《荒使》の中に取り込まれていた女の子である。見るのはこれで二度目だ。
おれは連行されて檻の中に入れられていたし、そっからソアレのことや――パイセンと戦ったりですっかり忘れていた。だってあのときはおれも《荒使》の繭から出てきたから敵として疑われていたから聞いても教えてくれなかったし。
「……それにしても、きれいな髪だねぇ」
ソアレがフラスコに手を置いてまじまじと見ているが、肩あたりまで伸びたセミロングの髪は雪みたいに真っ白で、なんか胎児みたいに丸まっている――裸で。
「トリノちゃん? どうしたの??」
「はだかぁ……」
またかよ。両手でおれは自分の両目を覆い隠す。
「そろそろ慣れようよ……」
照れるおれを見て呆れているソアレ。でもやっぱねぇ……そんなまじまじと見れませんよ。中身はおじさんなんです。
「それにしてもこれなんなん?」
おれはフラスコを指さしてパイセンに訊いてみる。
「《まほうしょうじょ》同士の対戦は痛みこそあるが怪我はしないが、《荒使》との戦いではそうはいかない……傷つき、下手すれば命に関わることもある」
しかしパイセンのその話を聞いて、おれはこれまでおもっきり格ゲーみたいな仕様の世界で麻痺していたのか死というものが身近にあることを知った。
「対戦に敗れて死ぬことはない……だが、負けを重ねて精神を病む者もいる」
「はぇ~……いや、まぁ、たしかにした〇ばでヤケクソなこと書いてるやつもいたな」
「……なんだ、それは」
「……すまん。こっちの話やわ」
この話はやめとこう。
とにかくこのクソデカフラスコは治療のためのようだ。液体が何で出来ているのかは聞いてもどうせおれには理解できないしやめとこ。
「まだこの子は目を醒まさないが……一つだけはっきりわかっていることがあってな――」
そう言ってパイセンはおれの方を向いて、
「《荒使》の中から少女が出てくるなんて初めてのことなんだ」
結構ショッキングな映像だったよほんと。
頭のてっぺんから真下にぐにゃあ~って開いて……あんなところに詰められてほんとひどい光景だった。
「トリノ……おまえは当たりを引いたんだよ」
マジかよ……元の世界では宝くじをいくら買っても一等賞とは無縁だったのに、こっちでおもっきり運使っちまってるじゃねぇか。
「……当たり、って???」
だが言葉の意味がよくわからない。
「本題に移ろう……私たちは《荒使》の王を倒すというのが第一の目標なのだが――」
そういやそんなのいましたね。
……なんで倒す必要があるんですかね。しかしここで茶化したらおれはきっとパイセンに張り倒される。黙っておこう。
「その前に解決したいのは――《まほうしょうじょ》の失踪についてだ」
そっちの方がはるかにやばい気がする。
「えらい物騒な……」
おれはつい声が漏れてしまった。
「トリノが倒した《荒使》の中にいた少女は、元は私たちと同じ《まほうしょうじょ》だった」
そしてスっとおれの前に数枚の紙の束を渡してくる。
「これがいま失踪している《まほうしょうじょ》をまとめたリストだ」
「え~っと……あ……」
おれの後ろでソアレが覗き見ているが、おれもそこに書かれていた文字を見てピクリと反応してしまう。
「……引退って書いてあるね」
ソアレがそっと自分の首に触れている。引退は《まほうしょうじょ》を辞めた者のこと。
まぁ、おれの世界でも誰かが格ゲー辞めます!って言ってるたびに、あんなもんは挨拶みたいなもんで「おう、また明日な!」って返すのが礼儀だった。
しかしこちらでは重い意味で、戦うことを辞めさせられる。強い者だけが戦い、弱い者は戦うことすら許されない。
正しいと――思う。
弱い者が戦っても負ければ終わりだ。ましてや命が賭かっているのなら戦うべきではない。
おれはチラリと横目でソアレを見ている。
だが、そんな現実を覆す者もいる。事実に背き、逃げることを選ばなかった女の子がいる。
「首輪が漆黒になった状態で負ければ《まほうしょうじょ》であることを辞めなければならない」
パイセンが淡々んをそう言うが、
「でも別に《まほう》が使えなくなるわけじゃないんだろう?」
引退になった《まほうしょうじょ》の首輪がいきなり爆発するとか、《まほう》を奪われるとかそんなデスゲーム的なギミックが仕込まれてるわけではなくただの状態を表しているだけなら、チャンスをやってもいいのでは……と、思うのだが。
「おまえは……負け続ける者を前に、どんな視線を向ける?」
「……勝てないなら辞めろ」
おれがきっとこの世界に来なければ、ただ残酷に切り捨てていたと思う。いや、確信している――孤独に勝ちに拘り続けていたもとの世界にいたおれなら絶対に救いの手など伸ばさない。
「……ソアレはすごいよ」
だからおれはソアレには感謝している。
命を救われたからってのもあるけど……あんな目の前で昔のおれを投影させるような動きをされては、さすがに動く。
負けたら殺してやりたいぐらい憎いって感じさせるほどの怒りを見せていた。だからおれを見ているようで、あのときのおれは独りで全てを調べ、知り、戦い、負け――迷いながらも、勝つために続けた。
回り道をして、やっと手に入れた力だった。
だけどソアレはそんなことしなくていい。勝ち負けがあるなら、誰だって勝ちたい。なら、勝てるように少しでも教えてあげればいい。
ソアレぐらい覚悟があるヤツならいくらでも教えてやりたい。
だから教えて、ソアレは勝った。
「で、引退した《まほうしょうじょ》らがこぞって消えてるってか?」
「失踪した全てというわけではないが、最も多いのは引退した者だな」
「それでおれはどうすりゃいい」
「森へ行って《荒使》を狩ってくれ。それでまた当たりを引けば――」
「まぁ、原因はそいつらだよな」
やるべきことはわかった。
失踪した《まほうしょうじょ》を探しに行けってことね。
「トリノおまえが強いのはわかっているが、単独での行動は慎んでくれよ」
「わかってるって。さすがにそこまでイキりませんって」
対戦するだけなら億回だろうとやってやるが、事件性が強すぎてこんなもん独りでどうこうする気になれない。あとこわい。
「ソアレ、いっしょに行ってやってくれるか?」
「わたしじゃ役に立たないかもですけど……でも……」
「ソアレ、たのむわ。絶対迷子なるし、帰ってこれるか心配だし」
迷うソアレにおれから頼み込む。
何が待ち構えているかわからない。それにいまのソアレならもう独りでも《荒使》に勝てるとおれは信じている。
「と、トリノちゃんがいうなら……、う、うん。わたしもいっしょにいくよ」
迷っていたソアレだったが、おれが頼むとすぐに了承してくれた。
「じゃあすぐ行くか~対戦~たいせん~」
片っ端からぶっ飛ばして、さっさと事件も解決するぞ。
「……ん?」
ふとフラスコを見れば、中で眠る女の子の瞳が開いたような――
「トリノ? なにかあったか?」
「……いや――」
琥珀のような色の瞳が、こちらを見ていた気がした。
だが、もう一度視線をやれば両目は閉じられていた。
気のせい……かな?




