第40話
ヴァンパイアの噂を知ってからしばらくが経った。私の悩みは相変わらず変わっていない。普段はエルミナと喧嘩ばかりしているルナの態度も、悩みを加速させていた。
朝、終わらない考えに頭を悩ませているときだった。部屋が突如ノックされた。
考えを中断され、やや不機嫌になりつつも、普段と変わらない調子で入室の許可を与えると、クラリスが入ってくる。
「セラフィナ様、ついにこの時が来ました」
どういうことだ。やはりエルミナだけではなくクラリスもヴァリシア王国へと取り込まれていて――私を亡き者にしようとしに来たということか?
どこで間違えてしまったのか。後悔をしても遅い。そうだ、ホムンクルスたちは私を誇張し、崇拝しすぎていたのだ。その化けの皮がはがれた結果、私の元へ謀反に来たのだろう。
言い逃れはない。
「そう、か」
次の言葉を待つ。クラリスが口を開き告げる。
「国王軍が、攻めてきました」
……どういうことだ。
反旗を翻し私を倒しに来たんじゃないのか?
頭がまったく追いつかず、呆けていると轟音が鳴り響き部屋の半分が吹き飛ばされた。
なにが起きている?
クラリスの計略か?
「なんだこれは!?」
「……国王軍です。まったく、派手にやってくれたものですね。だれの部屋だと思っているのでしょうか」
国王軍? クラリスと繋がっていたのではないのか?
しかしそんな悠長な考えすらも許さないらしい。
破壊の衝撃で舞いあがる粉塵が視界を奪う中で、剣閃が音もなく首筋を目掛けて飛んできたのだ。私はそれを最小限の動きで避ける。
奇襲のつもりだろうが、部屋の半分を吹き飛ばされた後だ。私も警戒をしている。当たるわけがない。
「失敗ですか。骨が折れますね、まったく」
収まった粉塵の先を見て目を見開いた。
そこにいたのはクラリスに指示を与えられたエルミナではない。シグルドだった。
どういうことだ。私を本当に騙していたのはシグルドだったということか?
疑問が駆け巡る。しかしシグルドは待ってはくれないらしい。今度は無数の火球を作り上げて、私の元へと向けてきた。
理由はどうあれ、シグルドが私のことを本気で狙ってきているのは分かる。しかも奇襲まで仕掛けて、だ。黙ってやられるわけにはいかない。
迫る火球を前に、吹雪を巻き起こす。辺りが瞬時に熱を失い、冷たい風が火球を受け止める。火球はその冷気と暴風に耐え切れず、全て消え去った。
しかし猛攻は止まらない。シグルドは音もなく背後に回り込んでいたのだ。鈍く光る剣が視界の端に映り、反射的に身を翻す。
「本当に厄介ですね」
忌々しそうに顔を歪めて舌打ちをするシグルド。ここ最近、一緒に過ごしてきたが一度も見たことがない表情だった。
「どういうつもりだ?」
「あなたが邪魔なので排除する、ということですよ」
魔法では効果が薄いと感じたのかシグルドは駆け出して、剣を振りかざす。
―—速い。先ほどの剣閃といい、魔法学院教授というには剣の腕が立ちすぎている。そもそも本当に魔法学院教授か?
「くっ」
思わず声をあげる。最小限の動きで避けていたが、瓦礫に足を取られてしまった。その隙をシグルドは見逃さなかった。
受けてしまってはただでは済まない。直感がそう告げていた。私は瞬時に剣を生み出し斬撃を受け止めた。
「……まったく、《《俺》》の剣を受け止めるやつなんて初めてですよ」
たしかに素晴らしい一撃だった。だが受け止められないほどじゃない。ギチギチと奏でる金属音が、シグルドと私の剣が拮抗していることを表していた。
「なぜ私に向かってくる」
「先ほどの話では分かりませんでしたか」
「セラフィナ様! その男はベルモンド王国の魔法学院教ではありません! ヴァリシア王国最強の騎士団の団長でルミナスへ工作活動を仕掛けていた男! そして英雄のギフトを持つ男です!」
英雄のギフトだと?
ずいぶんと大層なギフト名だ。少なくとも今まで見てきたどんなギフトよりも強力だというのがすぐにわかる。
剣をとっても、魔法をとっても、確かに《《英雄》》というギフト名に相応しい力を持っている。そのギフトはまさに先ほどまでのやり取りでそん色のないものだった。
だが私にはもっと重要なことがあった。工作員の正体だ。私に近付いてエルミナとの不仲を誘い、内部から破壊しようとしたのか。
たしかにタイミングが良すぎた。エルミナの部屋に行っているとき、なぜこの男はいたのか。そして不安になるようなことを煽ってきた。それだけではない。ヴァンパイアの噂を流したのも、この男に違いない。
「やれやれ、俺の自己紹介などしなくて良いものを」
「……そうか」
怒りに身体が熱くなるのを感じた。500年近くも共にしたエルミナの仲を、こんなたかだか数十年しか生きない人族たちに、壊されようとしていたのか。
ヴァリシア王国。どうやら私に楯突きたいらしい。後悔させてやる。
「覚悟はできているんだろうな」
「それはこちらのセリフだ。エルミナ!」
シグルドが叫ぶと、どこからともなく蝙蝠が現れた。そしてその蝙蝠が一つになると、エルミナが立っていた。
「……エルミナ、どういうことだ?」
「セラフィナ様と対峙するのは辛いけど……これも全部、計画のためやわ。堪忍してください」
目の前の光景が信じられなかった。シグルドが工作員として、エルミナに罪を着せたわけじゃないのか?
言葉が足りない。いくら「私のため」と言ったところでシグルドと手を組んでいるエルミナを信じることはできなかった。
しかしそれでもエルミナを前にすると、どうしても躊躇してしまう。その隙にエルミナは血で作られた槍を向け突いてくる。
エルミナは隙だらけだった。いくらでも反撃できる。わかっている。でも避けることしかできなかった。そんな私にさらにつけ込んでくる。鋼鉄よりも硬い血の雨を降らせながら、槍を突いてきたのだ。
本当に甘いな。そう思いながらもエルミナの真意を聞き出すべく私は語りかける。
「なぜ私と戦う」
「すべては計画のためやと言うてはりますやろ」
……その計画というのがなんなのか、言葉が足りないんだよ。私のためと言いつつ、本当はヴァリシア王国のためじゃないのか。
「話しをするとはずいぶんと余裕だな」
背後から聞こえた声に振り返ろうとするも、目の前のエルミナがそれを許さない。
そうだった。シグルドとエルミナ、二人を同時に相手しているのだ。背後で魔力が高まるのを感じる。冷静に血の雨と槍を火球で蒸発させていなす。そのままシグルドの魔力を消し去るべく振り返ったそのときだった。
「シグルド・アークベイン。あなたもずいぶんと余裕ですね。こちらも二人いるのですよ」
シグルドの背後に、転移魔法で移動してきたクラリスが巨大な炎柱を振りかざす。
——ごぉぉぉん!!
廃墟となりつつある部屋に新しく大きな穴が増える。穴は下の階まで続いており、さすがの英雄ギフトとはいえ無傷とはいかないだろう。
そう、たかをくくっていた。クラリスを信頼していたと言ってもいい。それが甘かった。
「かはっ」
苦しそうなクラリスの声。瓦礫から飛び出したシグルドが彼女を斬っていたのだ。
血の海が広がり始めている。その出血量が傷の深さを物語っている。急いで向かいたかったが、そう簡単にはいかない。シグルドが目の前に立っていた。
「気になるか? だろうなぁ、あの傷じゃ十分も持たないだろうよ」
ニタニタと笑うシグルドに極限まで凝縮した魔力を矢のようにして放つ。
もともといけ好かないやつだった。躊躇する必要など何もない。
「なっ」
驚きの声と共に、シグルドは反射的に飛びのいたようだった。標的を失った魔力の矢は背後の瓦礫にぶつかると、瓦礫を跡形もなく消滅させた。
外したか。油断して当たれば良いものを。奇襲には失敗した。しかし当たれば必殺。私は逃げ場を塞ぐかのように無数の矢を放つが、それでもシグルドは紙一重で避けていく。
「くっ! 騎士団の魔力を総動員したほどの魔力をポンポンと……! どうなっている!」
「どうなっている、とはこちらのセリフだ。逃げ場を塞ぐように狙っているというのに」
どれくらい経過したか。クラリスは全く動かず血の海を広げている。まずいな。焦りのせいか、矢の精度も落ちている気がする。
そんなときだった。突如、私とシグルドの間に霧が現れたのだ。鉄臭い香りが鼻をくすぐる。
血の霧。こんな芸当ができるのは始祖ヴァンパイアであるエルミナだけだ。しかしなぜ?
いや、しかしこれはチャンスでもある。重症のクラリスを救うには今しかない。私は再び魔法の矢を放った。
「がはっ」
苦痛の声が響く。低い声だ。シグルドだろう。だが瓦礫のように消し飛ばすつもりで放ったはずだ。威力が足りなかったのか?
頭を振るう。シグルドは後でいい。私の魔力を食らったのだから軽傷とは言い難いはずだ。それよりもクラリスだ。
濃霧の中、クラリスの元に駆ける。するとそこにはエルミナがいて治療にあたっていた。
「ごめんなさい、クラリスお姉さま」
「……分かっているので大丈夫ですよ、エルミナ……」
……どういうことだ。てっきりエルミナとシグルドは手を組んでいるものだと思っていた。
しかしこの現状を見ればエルミナはヴァリシア王国とはつながりが薄く裏切っていなかった、と言うことになる。
混乱している私をクラリスが虚ろな目で射抜く。
「それよりもセラフィナ様……シグルドを捕縛してください……」
そうだ、少なくともエルミナはクラリスの治療にあたっている。そうなれば優先するのは目の前の脅威。つまりシグルドなのは間違いない。
肯いてシグルドの元へ行くと気絶していた。だが私の魔力を持ってしても気絶で済むとは、英雄というギフトについては本当に驚かされる。。
私は魔力を封じる手錠を作ると、シグルドにかける。すると、それを察したかのように霧が晴れてきた。おそらくエルミナが霧化を解いたんだろう。
晴れた霧の先でエルミナはクラリスに肩を貸していた。その様子を見て頬が緩むのを感じる。
しかしやらないといけないことも当然ある。そう――
「さて、エルミナ。話しを聞かせてもらおうか」




