第38話
エルミナの疑念を晴らすために向かった。だが出ていくころには疑念が確信に変わってしまっていた。考えれば考える程、エルミナに話しかけにくくなっていた。
もっともその分だけ、ルナは喜んでいた。私の気も知らずに。
そんなある日だった。エルミナが数日ぶりに声をかけてきたのだ。
「セラフィナ様、少しうちに時間を頂けまへんやろか?」
いまさら何を話すのか。先日の手紙を含めた品々を思い出してしまう。自分でもわかるほど冷えた目でエルミナを見る。
「すまないが、私はやることがあるのでな」
「……そうなんやな……わかりました」
「ふん、エルミナ! あんたに付き合ってる暇はないのよ! さっさとあっちに行きなさい! 私とセラフィナ様が仲良くしているところを歯噛みしながら見ていると良いわ!」
エルミナは落ち込んだ表情になりつつも、恨むような目をルナに向ける。しかしそれだけで何も言わない。
いつも通りなら言い返していたはずだ。後ろめたさがあるのだろう。エルミナはもう用はないと言わんばかりに部屋から出ていく。
出ていくエルミナを見送ったのを見計らってか、今度はシグルドが私の前までやってきた。
「セラフィナさん、聞いてあげても良かったんじゃないですか?」
「なぜだ?」
シグルドの口の端が吊り上がったように感じた。しかし次の瞬間には残念そうな顔で、
「《《この前の件、気にしているんですね》》。言ったじゃないですか。あくまで僕の心当たりだって。あそこまで無下にしたらエルミナさんも可哀そうではないですか?」
「……そうかも知れんな」
言っていることは分かる。だが証拠が多く出そろいすぎているのだ。たとえこの男が「心当たり」だと言ってもエルミナを信じきれない私がいるのだ。
エルミナの挙動の一つ一つが私の行動を監視しているのではと疑ってしまう。先ほど声をかけてきたのも、もしかしたら情報を引き出そうとしているのかもしれない。
「セラフィナさんには辛いかもしれませんが、それも信ぴょう性を増してきているんですよね。最近、ルミナスでトラブルが多発しているのはご存じですか?」
「トラブル……?」
聞いていない。そもそもルミナスが街になっている件についてはクラリスが「全てはセラフィナ様のご意志」とか言うから、それ以上聞き辛いんだよ。
ホムンクルスたちは全員、私のことを全知全能の神だと思っている。だから私がもし間違えたことを言ったら「お戯れを」なんて言って真相を教えてくれない。むしろ私が遊ばれている気分にすらなる。
「知りませんでしたか」
「セラフィナ様が知らないわけないでしょ! 私たちを試しているのよ! ええと、たしか冒険者が地下大迷宮から帰って来なかったり、地下大迷宮で妨害があったりしてるのよね。軽いのだと盗難が発生していたり。ですよね、セラフィナ様?」
「あ、ああ。その通りだ」
割って入ってきたルナに焦って同意する。ちなみになにも知らない。どうせ知らない、とか言っても「そんなはずはない」と否定されて終わるだけだ。
「そうでしたか。それは失礼しました。ちなみにこの噂、オズさんもご存じですか?」
「ええ、まあ知ってるわ。でも、あんたは何が言いたいわけ?」
オズがシグルドに刺すような目を向ける。
「いえ、ただその犯人がヴァンパイアかもしれない、と言う噂もありましてね」
……ヴァンパイアだと?
自分の顔が強張るのを感じた。この街にいるヴァンパイアは限られている。そしてヴァンパイアの元締めは全てエルミナだ。
頭の中に工作員の言葉が過る。
「あいつ……どういうつもりよ……」
想定外だったのが私だけではなかったらしい。囁くような声をゆっくりと見ると、ルナも目を見開いていた。
「ルナさん? どう、とは?」
「……なんでもないわ。アンタには関係ない」
もはや疑いようがなかった。エルミナは自分の意思でルミナスを混乱に陥れたいのだ。おそらく目的はアーティファクト。そしてほぼ間違いなくヴァリシア王国と繋がっている。
「ヴァンパイア、ね。この町にいるなんて、信じがたいわ。ヴァンパイアと言えば一人いれば街が落ちると言われているのよ?」
「オズさん、あくまで噂ですよ?」
「煙のないところに噂は立たないわ。それなりの証拠もあって噂になっているんでしょ?」
「ええ、まあそうですね。《《僕が知る限りでは証拠はある》》、と聞いてますよ」
なにを言いたいのか、シグルドが私を見て微笑む。まるで「ここまで証拠が揃っていますよ。さあエルミナを処分しましょう」とでも言うように。
私は目線を合わせずさ迷わせる。自分でもわかっている。しかし500年近くも一緒にいたのだ。それを昨日今日あった、何も知らない人族に言われて、できるはずがない。
目線をあわせたら、薄ら笑いを浮かべているシグルドの顔を吹き飛ばしてしまいそうだった。
しかしシグルドの言っていることも理解はできる。もはや避けては通れまい。エルミナと直接、話をする以外にないだろう。
しかし聞いたところで、私を裏切っていたら。既にヴァリシア王国と懇意であれば望み薄だ。
ならばクラリスか?
彼女ならエルミナのことも知っている可能性が高い。しかしエルミナが裏切っているとなるとクラリスも信用できるのか分からなくなってしまった。
クラリスはエルミナに指示を出すことも多い。黒幕がエルミナではなく――クラリスだったら……?
私は出口のない迷路に閉じ込められたかのような、そんな気持ちになっていた。そんなときだった。ルナが小声で話しかけてくる。
「セラフィナ様、やっぱりエルミナは……裏切っているのでしょうか……」
裏切り、か。間違いない。確実に裏切っていると言ってもいいだけの話が出そろってしまっている。心の中では、整理をつけたつもりだった。
しかしいざ、口に出されると、どこかで信じられないという思いがわいてきてしまう。だから私は曖昧に答えることしかできなかった。
「……分からない」
「でも、証拠もそろっているみたいですし……あいつ、どうしたって言うのよ……」
裏切っている。間違いないと言ってもいい。私はそんな裏切っていたエルミナをどうしたいのだろう。
許したいのか、それとも断罪したいのか。もやもやとした気持ちを抱えながら、部屋を眺めることしかできなかった。
シグルドが満足そうに微笑んでいるのにも気づかずに。




