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第37話

 先日のエルミナとシグルドの会話を思い出すたびに、胸の奥で不穏な感情が渦巻いていた。エルミナがそんなことをするはずはない、と言い聞かせている。しかし時間が経つにつれて不安は大きくなっていった。


 それにここ最近、エルミナの様子がどこかおかしい。どうも私と距離を取ろうとしている。いやそれよりも避けているという方が正しいかもしれない。いつもルナと喧嘩までして私を取り合っていたエルミナが、だ。


 その様子を見て、もはや我慢ならなかった。小さな罪悪感を心の奥に抱えながら、私はエルミナの部屋へと勝手に入っていくのだった。






 まずは机周辺。そういえば500年近くも一緒にいるが、部屋に入るのは初めてかもしれない。


 まあ自分自身のこと(男に戻るための研究)で忙しかったから仕方ないか。そもそもホムンクルスたちを作った理由も男に戻るためだったはずだ。


 自分自身で試すわけにもいかず、研究に研究を重ね、苦労の末に生み出されたのがホムンクルスたちだ。つまり彼女らが全て女なのは私の代わりの実験台だったのだ。


 最初は私と同じエルフのホムンクルス、つまりクラリスを作った。だがクラリスを男にすることは結局できなかった。エルフだからダメなのか、と考えた私は様々な種族で試していった。


 結果はすべて惨敗だった。実験が失敗するたびに次のホムンクルスを作っていたが、意思のあるホムンクルスたちを処分する気にもなれなかった。その結果、こうして200を超えるホムンクルスたちが私に従っているのだ。


 そんな懐かしいような、悔しいような失敗の歴史を思い返しながら引き出しを開ける。そこには500年近く一緒に過ごした思い出の品が丁寧に保管されていた。その中に見慣れない黒い手帳が混じっていた。


 なんだこれは。


 手帳を開いてみると、見慣れない暗号や王都の地図、そして私の行動記録が細かく記されていた。


 王都の地図はエルミナの組織(奈落の瞳)で使うのに勉強したってことだろうか。いや、それよりも私の行動記録がこんなに細かく記載してある。これはどういうことだ。


 見方によっては私を監視していたようにも見えなくない。だがこれがどんな意味を持っていたのか、これだけでは判断できないな。


 そう思い次に進むと鍵のかかった引き出しに当たった。


「鍵か」


 魔法で鍵を解除し、引き出しを開ける。どれも当たり障りのないものだった。やはりなにもない、杞憂きゆうだったかと思ったそのときだった。


 奥から一通の手紙が出てきた。その宛先を見て驚愕きょうがくした。ヴァリシア王国にあてた手紙だ。


 エルミナがヴァリシア王国と繋がっていた内通者だとでもいうのか?


 嫌な汗が背を伝う。高鳴る心臓と、やや震える手を抑えながらすぐに戻せるよう、丁寧に手紙を開けて中を見る。


 そこに書いてあったのは私とルミナスの情報だった。


 黒だ。これを見る限り、完全な黒。エルミナを疑いたくはない。しかしこればかりは言い逃れができない。


 どうすれば良いのだ。だれに話せばいいんだ。でも誰だ。私を神格化しているホムンクルスたちにこんな相談ができるか?


 それにエルミナが裏切っていたとすれば、他のホムンクルスたちも裏切っていないとは限らない。


 そんなときだった。突如声をかけられ、肩を震わせる。


「あれ、セラフィナさんじゃないですか」


 シグルドだ。頭が混乱して周囲の状況まで気を配れていなかった。どうにもここ最近、そう言ったことが続いているな。良くない状況ではあるが、解決策も思い浮かばない。


「……あ、ああ。どうした?」

「いえ、ちょっと扉が開いていて、隙間から見えたのがセラフィナさんだったので、どうしたのだろう、と思って声をかけたんですよ」

「そう、か」

「ところでここ、エルミナさんの部屋では?」

「……少し気になることがあってな」


 シグルドが眉をひそめる。


「もしかして、《《エルミナさんのことを疑っているのですか?》》」


 声を上げかけてしまった。この男には何も説明していないはずだ。なのになぜだ。まるで私の心を読んでいるかのように。その鋭い目が心の中を見抜いているような気にすらなる。


 この目と洞察力だけを見ると、本当に魔法学院教授か疑いたくなるくらいだ。


「疑う? いったい何をだ? なぜそう思う」

「おや、その様子だとてっきりこの街に工作員を放とうとしている噂を知っているのかと思いました。僕が言いたいのは、《《その工作員がエルミナさんだと思っているのか》》、と言うことですよ」


 その言葉に沈黙で答えるしかなかった。


 シグルドの言っていることは一言一句、私の思っていることを言語化しているからだ。しかし一方で、エルミナを疑いたくない気持ちもある。


 だから答えることができなかった。


「……その様子だと、正しいということでしょうか」

「……そう、だな……」

「なるほど。しかし心のどこかではまだ疑いたくない気持ちもある、と言ったところですかね」


 心を見透かすようなことを。再び沈黙で答える。


「そうですか。ですが……僕の元にも情報が来ることがありましてね。僕としてもエルミナさんがかなり怪しいと思っています」

「心当たりがあるのか?」

「ええ、残念ながら」


 シグルドは残念そうに続ける。


「先日、騎士団長が牢に捕えられた、と聞きましてね。それがどうもセラフィナさんとルミナスへ一緒に来た騎士団長のようなのですよ。罪状は《《虚偽報告》》」


 最悪だった。クラリスがお膳立ぜんだてしたシナリオが崩壊していたのだ。もはやヴァリシア王国は私たちが生きているというのを知っていると思った方が良い。


「そう、か。騎士団長が捕まってしまったか。良いやつだったのだがな。だがエルミナが工作員だというのとは繋がらないと思うが、そこはどう説明する?」

「それは簡単ですよ。エルミナさんがルミナスへ戻ったタイミングと《《騎士団長が牢に入ったタイミングが被るんですよ》》」


 シグルドが見透かすような目を向けて続ける。


「もともとルミナスの住人だったエルミナさんは、セラフィナさんが生きていることを知っていた。それを王国へ密告したのですよ。そうして騎士団長が囚われたこと、そして虚偽申告の罪が確定したことを確認し――ルミナスへ戻ってきたのです」


 たしかにエルミナは私がワイバーンごときに後れを取ることはないと知っている。加えて奈落の瞳という組織、そしてクラリスの転移を考えれば知る手段はいくらでもあっただろう。


 この前、二人で話していた内容と辻褄つじつまがあってしまう。


 だが私はこの話を聞いてもなお、心のどこかでエルミナに裏切っていて欲しくないという気持ちがあった。


「セラフィナさん、あくまで僕の心当たりですから必ずそう、と言うわけではありませんよ。とはいえ、この状況が既にセラフィナさんの心を物語っていると言っても良いかもしれませんがね」


 シグルドが口の端を吊り上げる。


「さて、僕はそろそろ行きます。セラフィナさん、疑いたくない気持ちはわかりますが――足元をすくわれぬよう気をつけて下さい」


 それだけを言い残してシグルドが部屋から出ていく。


 残された私は手に持っていた手紙をゆっくりと戻しながら、本当にエルミナが裏切っているのか、という疑問に一人で向き合い続けるのだった。

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